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この悪魔にラブソングを


〇普通。

 これは気弱な青年、香川幸太郎が後に『ザ・クリーナー』と呼ばれるシリアルキラーになるまでの物語である。
 彼の出自は極めてフツーだ。政令指定都市S市のベッドダウンK市出身。中小企業の会社員である父と介護施設に勤める母親。生活に余裕はなかったが、両親の愛情に恵まれて育った。三流の類だが地元の大学にも通うことができ、卒業後は親元を離れ、S市に本社があるとある企業(SE系)に就職する。同郷の同世代に生まれた者とほぼほぼ似たようなライフケースだ。そしてそのまま10年が経過する。

〇リストラ。そして……

 ある日、香川は人事部に呼び出される。業績悪化に伴う人員整理。今なら退職金が出せる……。香川は受け入れざるを得なかった。会社のため社会のため懸命に取り組んできたつもりだが、大きな手柄がない自分は単なる消耗品に過ぎないのだろう。だが、不思議と怒りは沸いてこなかった。それが社会というものなのだ。ただ、一度きりの人生だ。自分の好きなことに取り組まないと損だな、と思った。香川は密かに抱えてきた感情を、いわば夢を実現することに決めた。人を殺す夢を——。

〇殺しの初心者

 人を殺すことにさいして、香川は確固たるルールを決めている。それは〝クズ〟しか殺さないこと。もちろん、自分の基準でだが。最初のターゲットは夜の繁華街で〝元気な若者たち〟。酔った勢いと数を頼みに周囲にやんちゃを巻き散らかす害虫は一匹でも多く駆除しなければならない。香川は、〝善は急げ〟とばかりに、家にあった果物ナイフを隠し持って街に出る。そして——。
 返り討ちにあった。

〇トライアンドエラー。

 
 不用意に彼らに近づき、尋常ではない雰囲気を醸し出していたせいか、香川はナイフを取り出す間もなく、袋叩きにあう。命からがら何とか逃げ出すことに成功した彼は大いに反省する。闇雲に襲い掛かっても無駄だな。そして、再チャレンジに当たって準備を始めた。体力づくりのために、ジム通い。ターゲットの観察と行動予測。警察無線やSNSの監視。アリバイ作りとして〝トレーダー〟としての表向きの職を偽装など。殺し方のメインは事故を装うトラップを作成することに決めた。特殊部隊の戦闘技術を記した本などは存在するが、一朝一夕で身につくものではない。銃器の扱いはもってのほか。自分にできることをやるだけで、ありもので何とかするしかない。こうして半年を費やし、リベンジの時が来た。

〇準備が大事

 
 老朽化した建物の崩壊に巻き込んで〝元気な若者〟たちを、大量に処分した香川は一喜一憂することなく次の準備を始める。セクハラパワハラを繰り返す、某中小企業の役員だ。調査の結果、クロと判明し、次のターゲットに決定した。二度ほど失敗し、結局、包丁でさした。詰めが甘い。反省。次の機会に生かすことを誓う。今度はコンビニの女子高校生のバイトに、やたらと難癖つける老害ジジイ……。直接始末。成功。初めて計画通りに。だが驕ることなかれ。もっと上手くやる方法があったかもしれない……。次は……、通学路でよく見るあの中学生の男の子はいじめの対象になっていないか? 調査が必要だ。

〇街をきれいに情報提供者の正体は、S市中央

 
 犯行繰り返す香川に匿名で情報を提供するものがいる。検討の結果、有益なものは使わせてもらった。情報提供者の正体は、警察署捜査一課主任:金森カナ。彼女は一連の事故・殺人に香川が関わったと睨んでいた。証拠もある。いつでも逮捕できる状況だが、見逃している。結果的にクズどもが消え、この街が〝きれい〟になっている。警察は基本的に被害者がいないと動けない。ヤツにはもう少し〝清掃活動〟に従事してもらう。とっておきのクズとして、薬物を小学生に売りさばいている売人の情報を掴ませた。新参の反社組織ヤキニク・ドラゴンが勢力を拡大しようとしているのだ。そのまま組織の勢力を削いでくれれば、それでよし。動かなければ、動くように脅すだけだ。この街で正義を成すには搦手が必要なのだ。

〇努力あるのみ

 
 情報提供者の思惑に気付いた香川は、その情報を反社組織に流す。反社側が潜入させた警察内部のスパイ(調査済)を通じて、互いを混乱・消耗させるためだ。弱ったクズを叩いた方が効率がよい。夢の継続を邪魔するならば、警察もまた〝クズ〟である。香川は思考する。人殺しのために努力することは別に苦ではないのだ。

〇応援。そして、大事な発表。

 
 香川には別に正義感などなく、ただ自分の欲望に忠実でいたいだけだ。だから自分の基準のクズだけを殺す。本当はいい人かも知れないのに。だが、被害者の表面上はまさに嫌なヤツ。ホラー映画の最初の方でアダルティなことをしようとするバカップルのように描かれているので、むしろ殺されてスカッとする。また香川自身、シリアルキラー映画史上最弱と言ってもよい存在。だが自分の弱点を正面から見つめ奮闘する様は、ついつい応援したくなる。殺人鬼に感情移入する不謹慎な感情が芽生えてくる不思議な作品だ。最後にみなさんにお詫び申し上げます。大事なことを言い忘れていました。この映画、ミュージカルです。


2042年2月 日本 ©「この悪魔にラブソングを」制作委員会

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