【短編】 坂を上る少女
坂を上ってくる少女が、私に手を振った。
何か話があるのかもしれないと思って、私は坂の上で三十分も待っていたのだが、少女はなかなか上ってこない。
普通なら、三分もあれば上れる坂なのに……。
「いつまで待っても、彼女は坂の上に辿り着けないわ」
声に振り向くと、メガネをかけたスーツ姿の女性が立っていた。
「彼女はそういう宿命を持った少女だから、君はもう帰りなさい」
私は、女性の言葉を無視してそのあとも少女を待った。
しかし、日が落ちて何も見えなくなったので、坂を下って少女を見つけようとしたが、一番下まで行っても彼女の姿はなかった。
翌日、学校で坂を上ってくる少女の話をすると、自分も見たことがあるとか、あれは妖怪だとか、見たら不幸や幸福になるという話をする生徒が続出した。
「その子の手を握ったら、結婚させられて、妖怪になっちゃうんだって」
「いや、その子を見ると幸運になれるけど、二回以上見たら逆に不幸になるって俺は聞いたよ」
みんなの話は支離滅裂だが、ようするに、坂を上ってくる少女は何らかの形で存在するということだ。
それで、学校が終わったあとにまた坂の上に行ってみると、やっぱり少女は坂を上っていて、私に手を振っていた。
「何度来ても、君は少女と出会えないのだから、帰って宿題でもしなさい」
昨日と同じ、メガネスーツの女性が私の肩に手を置いてそう言った。
「あの少女は、坂を上りながら手を振るというたった数秒間の中に閉じ込められた存在だから、あなたとは永遠に出会えないの」
私には意味がよく分からなかったが、少女は、その時間の檻みたいなものに閉じ込められていることは何となく分かった。
でも、それならなおさら少女を時間の檻から出してあげなくてはいけないし、メガネスーツのあなたはいったい誰なのですかと私は質問した。
「あたしは、あの少女の十年後の存在よ。でも、あなたみたいに十年前のあたしを見て引き込まれてしまう人がいるから、こうやって毎日坂の上で説得をしているの」
私はさらに意味が分からなくなって、その夜はよく眠れなかったのを今でも覚えている。
その後、私は坂の上に行くのをずっと避けていた。
でも十年後、風が気持ちよかったので、なんとなく坂の上に行ってみると、昔と同じメガネスーツの女性が立っていた。
「ああ、あなたね。元気にしてた?」
私は、十年前と全く変わらない彼女を、思わず抱き締めてしまった。
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