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【短編】 何でもある村と、何もない村

 一本道を歩いていると、明らかに別々の場所へ向かう、二股に分かれた道に出くわすことがよくある。
 私は目的のない旅人なので、どっちに行っても別に構わない。
 でも、適当に道を選んだせいで山賊に身ぐるみ剥がされたり、疫病にかかって数週間死ぬ思いをしたことがあった。
 大抵は、どちらの道に進んでも気楽な旅が続くだけなのだが、二股に分かれた道を見ると、いつも嫌な気分になる。

「右へ行けば、何でもある村、そして左へ行けば、何もない村にたどり着けるが、お前はどちらへ進みたいのか?」
 ある二股の道にさしかかったとき、悪魔のように角を生やした屈強そうな男が立っていて、私にそう尋ねた。
「私はただ旅を続けたいだけで、どこへ行きたいということはないけど、できれば安全な道に進みたいのですが」
「安全な道などない」
「それは、長く旅を続けてきた経験で、私自身もよく知っていますが、その左右の道の先にある村について情報があれば、教えてくれませんか?」
「情報が欲しければ、千円出せば教えてやらないこともない」
 私は自分の財布を見てみたが、九百九十八円しかなかったので、情報を聞き出すことはあきらめた。
 そして落ちていた枝を適当に投げて、それが示した道に進むことにした。
「あ、今なら五百円でも、村の情報を教えてやらないこともないのだが……」
 私は、悪魔のような男に手を振りながら、左の道の先ににあるという何もない村に進むことにした。

 何もない村は、民家が所々にあって、農地が広がっているだけで、本当に何もなさそうな村だった。
 その村には宿もないみたいだし、野宿するしかないかと思っていると、馬車に乗った農夫が声をかけてきて、行くところがないなら、うちに来ればいいと言ってくれた。
 私はありがたいと思って農夫の家に行くと、そこには、数時間前に二股の道で会った悪魔みたいな男がいた。
「やっぱりあんたもここに来たか」
 そう彼は言って、溜息をついた。
「ここの主人は俺のような悪魔みたいな奴でも受け入れてくれるから、これ以上負担をかけないように、あんたを、何でもある村のほうに行かせようと思ったんだけどね」
「何でもある村とは、どんな村なのですか?」
「そこは、いろんなお店やサービス、そして仕事のチャンスがあって、人々が全く不自由しない理想郷だけど、お金がなきゃ人間以下の扱いを受ける村さ」
「君は、酷いやつだな」
「まあ、今夜はよく眠ればいいよ」

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