見出し画像

【短編】 歴史管理人

 私は、古い歴史上の英雄として、一部の歴史好きに知られる人物である。
 しかしそれは伝説として語られたり、後世の書物で紹介されたりしているだけで、私は、本当に存在していた人物ではない。
「超有名なジャンヌ・ダルクや、天草四郎も本当は存在しないわ」と、歴史管理人は言う。「でも、人々が求めている物語を提供できれば、それでいいじゃない?」
 当の本人からすれば、それほど有名ではないにしても、英雄にまで祭り上げられたのに、後世の人々に嘘をつき続けているようで、とても心が痛かった。
「うーん、それなら今から現世に生まれ落ちて、そこで一から英雄になるという方法もあるけど……」

 私は歴史管理人の提案に乗って、現世に生まれることにした。
 両親は、ごく普通の夫婦で、私は十二歳まで順調に成長したが、中学校と呼ばれる十代の子どもが通う学校へ行っているとき、いじめというものを受けた。
 いじめとは、標的になる人物を決めて、身体的、または精神的な苦痛を与えるものだ。
 いじめる側は、そのことによって自分の優位性を確認することで、一時的な満足を得ることを目的としているらしい。
「お前、なんかうざいから不登校とか、引越しとか、自殺とかして、俺の前から消えて欲しいんだよね。」
「じゃあ、君が学校に来なければいい」
「ああ? 何で俺が、お前なんかに指図されなきゃいけないの?」
「私には学校に通う権利があるし、君に学校へ来るなという権限は一切ない。だから学校で気に食わないことがあるなら、君が学校へ来なければすぐに問題が解決するということさ」
「お前って、なんか、喋り方が前から気に入らないんだよね」
「喋り方については、不快に思ったのなら申し訳ないが、私は英雄だからこうなってしまう」
「英雄って何だよ。お前は馬鹿か?」

 私と、いじめる側の彼は、とりとめのない会話を続けたすえ、私は馬鹿な人間だから相手にして居られないということになって、何となく仲良くなった。
「私の前世はアウレなんとかという名前の英雄で、弱い立場にある人々を決して見捨てなかった」
「お前って、やっぱ変ってるわ。いつだって、強いやつが弱いやつを支配してるのがこの世の中だろ?」
 歴史管理人は、いつも私たちのやりとりを笑いながら眺めている。
「この人、いつもいるけど、お前の彼女?」
「彼女は歴史管理人で、たぶん人間じゃない」
「よくわかんないけど、これから三人でカラオケいこうぜ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?