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【短編】 戦場で

 神様が泣いていた。私は辺りに転がった何かの残骸に足を取られながら、幼い子供の姿をした神様に近付いた。さまざまな大きさのコンクリート塊やガラス片、むき出しの鉄筋や水道管、壊れた時計、イス、ぬいぐるみ、スプーン、聖書……。私の姿に気付いた神様は、大切なオモチャをなくした子供みたいにベソをかきながら小さな手を差し出した。
「あのね」神様は私に言った。「君は僕の母さんなの?」
 私は神様の手を握り、たぶん違うわと神様に言った。
「僕の母さんでないなら、君はいったい誰なんだい?」

 私は幼い神様の手を引きながら、瓦礫に埋もれた灰色の街を歩いた。ときおり空から遠い雷鳴のような音が響き、黒い影のような飛行機が私達の頭上を飛んで行った。
「今日は五つも見たよ」神様は飛行機を指差しながら言った。「あいつ、どこへ飛んで行くんだろう……。自分のお家へ帰るのかな」
 飛行機の姿が見えなくなると、私達はふたたび歩き出した。
「あのね、僕ね、きのう夢の中で死んだよ。それからね、鳥の国へ飛んで行ったよ。あのね、死んだらね、みんな空を飛べるんだって」

 瓦礫の道をしばらく進むと、行くあてのない人々の群が目に入ってきた。でもその半分は、死んで動かなくなった人達だった。
「あの、ちょっと……」地面に横たわっていた男が、ふいに私の足首を掴んだ。「俺、もう死んでるのかな?」
 私は、よく分からないのゴメンなさいと言って、死んだ男の手を自分の足首からはがした。
「あんた、俺の恋人に似てるんだよ。だから何かを知っているかと思ったのさ。驚かせて悪かったな……」
 死んだ男はそれ以上何も言わなかった。
 私が男の相手をしている間、神様は私の手を離れ、近くにいた女の子と話をしていた。女の子は赤い服を着ているように見えたが、近寄ってみると、その女の子は全身が血まみれになっていた。
 女の子は、私に気付くと親しげに微笑した。
「さようなら」女の子は血まみれの姿で私にそう挨拶した。「会ったときはサヨナラで、別れるときはコンニチハって言うことにしてるの。だって悲しいでしょ、別れるときにサヨナラなんて」
 私は女の子を抱き締めた。
「あったかい……。きっとあなたはあたしの姉さんなのよ。だって、いま姉さんに抱きしめられたときと同じ気持ちなんですもの」
 空からまた、遠い雷鳴が聞こえた。黒い影が頭上に迫っていた。
「あなたが姉さんでないなら、誰があたしの姉さんなの?」女の子は私の目を見ながら言った。
 私は、あなたの姉さんになってもいいよと言って、神様と女の子を物陰に押し込んだ。その瞬間に光が炸裂して、すべてが壊され、私は誰かの姉さんになれた。でも今度は、誰かの母さんや恋人になってあげてもいいと思った。

(2010/01作)

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