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【短編】 雨に唄えば

 曇った空から、一本の赤い傘がゆらゆらと地上に降ってきた。
「ねえ、この傘、売ったらいくらになるかな?」
 妹はそう言うが、中古屋に売っても、たぶん千円ぐらいにしかならない。
 だから売るよりも、自分たちで使ったほうがいいんじゃないかと、私は妹に言った。
「たしかに、傘があれば雨に濡れなくていいし、買えば一万円もするからね」
 私は、お前が使えばいいと言って、その赤い傘を妹に渡した。
「わあ、本当にいいの? 自分の傘なんて初めてだから、なんだか緊張しちゃうよ」

 それから一週間ぐらいあと、妹は泣きながら家に戻ってきた。
「同級生の男子にね、傘を持っているなんて生意気だって言われてね、無理やり取り上げられたの」
 私は溜息をついたあと、その同級生の家に行き、玄関に出てきたその子の襟首を掴んで妹の傘を返せと言った。
「うう……。その傘は、ボスに献上したからもうここにはないよ。本当だよ」
 私はそのボスとやらのところへ行って、それらしき奴を二、三発殴った。
 すると彼は、涙を流しながら素直に傘を返してくれた。
 あまり手荒なことはやりたくなかったが、妹の悲しい顔を見るのは耐えられない。

 さらに一カ月後、私と妹が住んでいる家に、中世風の甲冑姿の青年が現れた。
「その傘は、われわれの世界で最強の聖剣が姿を変えたもので、世界を救うためにどうしても必要なものなのです」
 事情はよく分かったが、あなたの世界のことなんて知らないし、妹が気に入っている傘だから、あなたに譲る気は全くないと私は言った。
 すると青年は、剣を鞘から出していきなり切りかかってきたので、私はとっさに足で彼を蹴とばした。
 かなり遠くまで飛んだみたいだし、世界を救うとかそんな馬鹿なことで死んでいなければいいなと私は思った。

 そのあとも、妹の赤い傘を欲しがる連中がいろいろ現れて、その度に私は撃退した。
「兄さんはもう頑張らなくていいから、この傘を中古屋に売りましょ」
 正直、私も疲れてきたから、妹の意見に賛成した。
「この傘は、なかなか作りもしっかりしているし、デザインもいいね。五千円でどうですか?」
 中古屋の思わぬ高額買取の提案を聞いて、私と妹は、傘を売ることを即決した。
 店から帰る途中、私と妹はファミレスに入って、値段が高めの贅沢なメニューを注文した。
「今なら、こちらの特別メニューの注文すると、有名デザイナー監修の傘をプレゼントしているのですが……」

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