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【短編】 百年病

 私は、あるときから冬の寒さを感じなくなった。
 真冬になっても部屋で暖房を使うことがなくなったし、夏場のような薄着で過ごしても何も問題がない。
 初めは、光熱費が節約できてラッキーだなと思っていたのだが、真冬にTシャツ姿で出歩くと、さすがに変な目で見られてしまう。
「これは百年病という、最近流行し始めている病気ですね」
 なんとなく不安になって病院に行ったら、一通りの検査を受けたあとに医師からそう言われた。
「百年病は、体のあらゆる感覚がなくなっていく病気で、温度の感覚がなくなるのが典型的な初期症状です」
 そういえば、夏場も特に暑さは感じなかった。
「百年病になると、まず温度感覚が失われたあと、痛覚や触覚といった皮膚感覚が無くなり、最終的には聴覚や視覚まで失われるケースもあります」
 医師の説明を聞いたあと、私は背筋が寒くなって体が震えた。
「でも、ほとんどの患者は温度感覚が失われるだけで、それ以上の感覚が失われるのはレアケースなので、特に気にしなければ普通の生活を送ることができますよ」

 医師の話だと百年病には治療法がなく、ただ慣れるしかないということだった。
 ネットで調べてみると、百年病は最近増えている病気ということもあって、同じ病気を抱える人たちのコミュニティーサイトを見つけることができた。
「温度感覚がなくなっても、体そのものは以前と同じなので、寒い時は厚着、暑いときは薄着をしないと体が持ちません。でも、その点だけ注意すれば、何とか普通に生活できるかなと……」
 サイトには、百年病とどう付き合ったらいいかというコメントが沢山あって、それを読むだけで不安な気持ちが少し軽くなった。
「百年病っていうのは、温度感覚などのストレスが少なくなって寿命が長くなる人も多いということで名付けられた病名で、実はプラスの面もあるんだよね」
 だから、寿命が伸びるなら、百年病は病気じゃなくて人間の進化じゃないかという意見も多く見られる。
「でも、温度感覚がなくなるのは季節を感じられなくなるのと同じで、単に視覚的に夏の入道雲や、冬の雪景色を目で見るだけじゃ、ただ写真を眺めているのと同じ気がする」
 百年病のコミュニティーサイトで、こんなネガティブなコメントをする人は珍しい。
「わたしたちの百年病は、きっと世界の歪みに感覚を合わせるために発生したもので、寿命が多少伸びたとしても、世界は今よりもっと歪み続けるだけ」

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