【短編】 異民族の人
ある夏、異民族の人が近所に引越してきた。
異民族の人は、私の家まで挨拶に来て、三リットル入りの業務用アイスクリームを引っ越し祝いに持ってきた。
しかし、私は貧乏なので冷蔵庫を持っていない。だから貰っても食べきれないことを説明すると、異民族の人は悲しそうな顔をしながら帰っていった。
しかし数日後、異民族の人は大きな冷蔵庫を持って再び現れたのである。
「これでアイスクリームを冷やせるね」と異民族の人は晴れやかな顔で言うのだが、その冷蔵庫は新品みたいだし、そんな高価なものは貰えないと言って断った。
ずいぶん気前のいい民族だなと思ってネットで調べてみると、彼らは祖国を持たない流浪の民族だということが分かった。数千年前まではどこかに定住していたようだが、ある理由で民族ごと旅を始めたのだという。現在では、民族がまとまって移動しているわけではなく、それぞれが、ばらばらに旅を続けているのだが、彼らにとっては旅をすることが民族の証になっている。
異民族の人はその後も、食品やテレビや車などを私の家に持ってきた。最初に出会ったときに、自分の貧乏生活を告白したことがまずかったのか、異民族の人は、あらゆるものを私に与えようとするのである。
「確かに私は、冷蔵庫もテレビも持たない貧乏人だ。しかし、だからといって他人が思うほど惨めな気持ちで生活しているわけではない」
ある時、たまりかねた私は、異民族の人にそう説明した。すると、がっくりと肩を落とした彼の後ろから、一人の女性が現れたのだ。
「父が失礼なことをしてすみません。でも、父はあなたと仲良くなりたいだけなのです。今日はすき焼きの材料を持ってきたので、一緒に食べていただけませんか?」
その後も、異民族の人の娘は、たびたび私の家に来ては料理をふるまってくれた。そして、一年後に彼女と私は結婚し、さらに一年後には子供も生まれた。異民族の人は、私たちの子供が生まれるのを見届けると、旅に出ると言って私たちの元から去った。そして子供は二十歳になると、民族の血がうずくのか、自分も旅に出ると言って家を飛び出していった。私の妻になった異民族の彼女も、きっと旅に出たい気持ちはあるのだろうが、「移動することだけが旅ではありません」と言って笑っている。
ところで君たちの民族は、みんな旅好きで気前がいいのかと尋ねると、「気前がいいのは父だけです」と彼女は言って遠い空を見た。
(2019/03/08新作)
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