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【短編】 探偵の職業体験

 なぜか私は、誰かの別荘に泊まっていて、なぜか事件の推理をすることになった。
「ちょうど探偵さんがいるなんて、不幸中の幸いね」
 別荘を所有している六十代のマダムはそう言うが、私は浮気調査専門の探偵である。
 別荘に泊まったいたのは、マダムと私以外に、マダムの友人が三人いて、殺されたのはマダムの友人の一人だった。
「遅れてすみません、道に迷っちゃって」
 探偵の職業体験をしたいという中学生の女の子も途中でやってきて、私は、職業体験の指導をしながら殺人事件の推理もしなければならなくなった。
 女の子は、シャーロックホームズみたいな帽子を被ってやる気満々である。

「死体っていうのは、けっこう生々しいですね」
 中学生の職業体験にしては刺激が強すぎるかもしれないが、探偵の私も死体をまじまじと見るのは初めてだった。
「状況を整理すると、事件現場は別荘の食堂で、被害者が血で書いたと思われる『H・H』という文字が残っています」
 中学生の女の子はそう言って、さも当然のように現場を仕切り始めた。
「この文字は、きっと被害者が命つきる前に残したダイイングメッセージと呼ばれるあれです」
 そこで、女の子が『H・H』のイニシャルを持つ人はいますかと聞くと、マダムが手を挙げた。
「わたくしは広小路ひろ子と申しますが、先輩探偵さんとずっとリビングいましたので」
 女の子は腕を組んでウームと唸ると、もしかしたら『H・H』じゃなくて、『I・I』というイニシャルなのかもしれないわと言った。
「僕は犬山一郎で、もう一人は犬山伊一郎で、イニシャルは二人とも『I・I』だけど、僕たち双子は同じ部屋でアニメを観ていただけなんだけど」
 私は女の子の暴走に溜息をつきながら、何となく事件現場の食堂を見渡してみた。
 するとケチャップの赤い容器が部屋の隅に転がっているを見つけた。
「犯人はマダム、あなたです!」
 女の子は突然、マダムを指さしながらそう言った。
「いったんは容疑が晴れた人物が、実は犯人だったというのが定番ですから」
 私は、現場の空気を無視して、倒れている人の体をゆすってみた。
 するとそのその人は、ウーンと言いながら目を覚ました。
「すごくお腹が減ったから、マイケチャップを持って食堂に言ったら、バナナの皮ですべってね。気を失う前にハングリーの『H』を二回書きたかっただけなのさ」
 そういえば、バナナの皮が落ちていたことには気づかなかったな。

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