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男女の小説

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「男女」のやり取りがメインになっていたり、印象的だったりする話。
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記事一覧

【短編】 ルーシーは赤ソーセージの夢を見るか?

 ぐにぐにと赤ソーセージを穴に突っ込む作業をしていたら、キンコンと鐘が鳴った。  僕は指を穴からぬいて息をつき、足元のリュックから弁当箱を取り出す。 「愛するあなたへ」  弁当包みに挟まれた手紙の冒頭は、いつもその言葉で始まる。 「今日のお弁当も赤ソーセージだけど、ブロッコリーと卵が手に入ったから、とてもよい色どりになりました。昨夜はあなたとけんかして嫌な気分になったわ。でも朝になったら、やっぱりあなたのことが好きだと気づきました」  僕はその手紙を無表情で読んだあと、弁当箱

【短編】 リコーダー革命

 女子のリコーダーをこっそり舐めることが、男子の間で流行っていた。 「だって、好きな女子が咥えたところを舐めるんだぜ。何だかドキドキするだろ」  じゃあ好きじゃない女子のリコーダーには、ドキドキしないのか。 「まあ、女子のリコーダーってだけで、何だかモヤモヤするけど」  ドキドキとかモヤモヤとか、僕にはよく分からない。 「そっか。俺たちまだ小学生だし、この気持ちが何なのか、俺にもよく分からないよ」  学校の帰り道に、親友のトモハルとそんな話をしながら、僕は、彼が少し遠くへ行っ

【短編】 君に、胸キュン

 中学に入学したとき、初めて話した女子が、僕を「糞虫」と呼んだ。 「あなたは糞虫だから、売店で牛乳買ってきてよ」  僕は意味も分からず、彼女が床に投げた小銭を拾い、二〇〇ミリリットルの牛乳パックを買って教室に戻った。 「糞虫のくせに、よくできたじゃない。次も、あなたに命令するわ」  彼女はクラスでもかなり浮いた存在で、なぜか僕にだけいろいろと命令をする。 「今日は暑くて死にそうだから、糞虫のあなたが、あたしを涼しくしなさい」  教室にはエアコンがないから、僕は仕方なくノートを

【短編】 メロンクリームソーダ

 合宿所の狭い廊下だ。  邪魔な感じで椅子を置いて座っている女がいたので、私は体を壁にはわせるように歩いた。  でも結局、足がぶつかって椅子の脚が壊れ、女は後ろに転げる瞬間に悲鳴を上げた。 「あんた何なの! 頭ガンって思い切りぶつけちゃって! あーいったー、さいあく……」 「ご、ごめんなさい。全然悪気はなくて、椅子が壊れるなんて想像も……」  そう釈明しながら、倒れた女の体を起こそうとすると、女は急に私の体に抱き着いてきた。 「悪いと思っているなら、あたしの言うこと聞いてくれ

【短編】 恋と妖精とスチールウール

 僕は恋に落ちた。  なぜなら彼女の足が地面から離れて、ふわふわと浮かんでいたから。 「あの、話があるんだけど」  僕はそう話しかけるのだけど、彼女はいつもふわふわ漂っているので捕まえるのが大変なのだ。 「ちょっと、足をつかむのはやめてよ!」 「ごめん。でも君はいつもふわふわしてるし、同じクラスにいてもまとに話すことができないから」  僕が手を放すと、彼女は不機嫌な顔でふわふわ浮かびながら溜息をついた。 「わたしは妖精の血を引いているから、いつもふわふわしているしかないの」

【短編】 物語の結末

 私の恋人は、話の結末が分からないと不安で物語が読めない。 「だって嫌な終わり方だって分かっていたら、初めから読まなきゃいいし」  まだ恋人になる前、彼女はそう言っていた。 「わざわざ時間をかけて物語を読んだのに、終わり方がひどいって詐欺だと思うのよね」  私は、物語というのは展開や結末が分からないからこそ面白いのだと、ずっと疑うことすらしなかった。  だから、自分とは真逆の彼女の言葉を聞いたとき、私は急に体のバランスを崩して電柱のコンクリートに頭を激しくぶつけ、そのあと救急

【短編】 美女と野獣とエトセトラ

 私は学校一番の美少女で、山田は学校一番のブサイクな男子だ。  でもそれは学校のみんながそう言っているだけで、美的感覚のない私にはよく理解できない。  「漫画やアニメだったら、二人が付き合って、色んな騒動を起こすっていうラブコメ展開を期待!」  親友の清子は、そんなことを言って、よく私を茶化す。 「自分のほうがイケメンだから君にふさわしいっていう馬鹿男子が現れて山田と決闘することになったり、自分の容姿に自信が持てない山田が闇の組織にそそのかされて学校を爆破したり……」  清子

【短編】 坂を上る少女

 坂を上ってくる少女が、私に手を振った。  何か話があるのかもしれないと思って、私は坂の上で三十分も待っていたのだが、少女はなかなか上ってこない。  普通なら、三分もあれば上れる坂なのに……。 「いつまで待っても、彼女は坂の上に辿り着けないわ」  声に振り向くと、メガネをかけたスーツ姿の女性が立っていた。 「彼女はそういう宿命を持った少女だから、君はもう帰りなさい」  私は、女性の言葉を無視してそのあとも少女を待った。  しかし、日が落ちて何も見えなくなったので、坂を下って少

【短編】 レジスターガール

「世界に絶望している人は、同時に世界から絶望されている」と書かれた街角のポスター。  僕は、世界とか絶望とか言われてもあまりピンとこなかったで、ポスターを十秒間眺めたあと、その場を去って、いつも買い物をしているスーパーへ向かった。 「合計で七七七円になります」と、夜のレジを担当している、いつもの女の子は言った。  消費期限間近で半額になった弁当や惣菜、そしてコーラ、朝食用のパンでこの値段。  戦争が始まる前は、五~六〇〇円ぐらいで同じものが買えて、もっと安かった。 「千円お

【短編】 夢の中

 真夜中、電話のベルが狂ったように鳴った。200回ほどベルが鳴ったところで、僕は目をこすりながら電話に出た。 「ついさっき夢の中で会った者だが」と電話の向こうから男の声は言った。「あんた、どうして俺のこと殴ったんだ? 酷いじゃないか!」  僕は男が何を言いたいのかよく分からなかったが、もう一度同じ言葉を聞き直すのも面倒だと思った。 「多分、人違いだね」と僕は言った。「僕は誰も殴ってないし、ここ半年夢は見ていない。失礼する」  僕は受話器を置いてベッドにもぐりこんだ。  しかし

【短編】 世界の死

 夢を見る機械というものがある。ひどく年代物の機械で、見た目や大きさは食パンを縦に入れて焼くトースターに似ている。機械の側面には赤と緑のランプがぽつんぽつんと並んでいて、まるで左右色違いの目を持ったロボットの顔のようにも見える。 「そんなもので、本当に夢なんか見られるの?」と彼女は言った。ソファーに寝そべって煙草を吹かしながら、テーブルの上に置かれたその奇妙な機械を退屈そうに眺めている。 「人間が夢を見るための機械じゃないよ」と僕は彼女に言った。「機械が勝手に夢を見るのさ」

【短編】 夏の鐘

 夏の鐘は春の鐘より軽く響く。しかし秋の鐘は、夏の鐘よりもっと軽いのだという。 「秋の鐘7号を下さい」と僕は金物屋の主人に言った。「一番響きの軽いやつを」  主人は面倒臭そうな顔で在庫の棚をあさると、埃のかぶった箱を一つ取り出した。 「これ、10年前の鐘だよ」と主人は、箱に積もった埃をはらいながら言った。「近ごろ鐘を買う人なんて、ほとんどいないもんでね」  そんなやり取りをしていると、一人の女が店にやってきた。 「夏のピストル32番を下さい」と女は主人に言った。「一番涼しげな

【短編】 化石

 それは詩の朗読みたいに聞こえた。 「あなたの恋人と思われる化石が、二万年前の地層から発見されました」  電話の相手は確かにそう言っていた。 「身元確認のために、ぜひ現地までお越し願えないかと」  僕はさっそく会社に休みを取った。  事情はなんとか理解してもらえたが、有給扱いにはしてもらえなかった。 「彼女の顔なんてもう思い出せないよ。わざわざ僕が現地まで行かなくても」 「皆さんそうおっしゃいます。あまりにも長い時間が経過した、不安だとね。でも実際に会ってみると、嘘みたい

【短編】 恋の魔法

 トランポリンとランポリントは双子ではありません。この世に一秒違いで生まれた赤の担任でした。  赤は副担任のランポリント先生のことを愛していましたが、それに嫉妬した正担任のトランポリン先生は最近学校を休みがちです。 「肺!」  教室の後ろノセキの女が元気に手を挙げました。 「トランポリン先生はきっと恋をなさっているんです。だってアタシもノセキに恋してるから、先生のお気持ちよく分かるの」  副担任のランポリント先生は、誰も座っていない正担任席を眺めました。 「肺!」  今度はノ