科学者なのに心霊現象に遭った友人の話

液体窒素って知ってるか、空気中の窒素を-200度ぐらいに冷やしたものだ。 実験でモノを冷やすのによく使われているんだが...
これは大学院時代、友人から聞いた話なんだが、狭い世界で身元がバレるかもしれないので脚色を入れておく。

その研究室では、安全なところにボンベを置いて、配管で研究室まで運ぶんだと。
ボンベは爆発する危険もあるし、堅牢な場所に置いておくのがいいからな。
ボンベが空になるとアラートが鳴って、その場にいた学生が予備のボンベに流路を切り替えに行く。 ところが、そのアラートが問題なんだ。
ボンベを切り替えたばかりなのに、時々アラートが鳴る。 地下のボンベ室に残量を見に行っても、空のボンベにはつながっておらず、残量のあるボンベにきちんとつながっている。
教授は施設の老朽化だろうと言っていたが、友人はアラートのタイミングが奇妙だという。そのアラートは必ず、深夜、友人の同級生のA氏が実験している間に鳴るというのだ。
A氏は成績優秀、鳴り物入りで研究室に入ってきた期待の学生だ。それに比べて友人は、遅咲きとはいえど着実に成果を上げていたらしく、二人合わせて研究室の双璧といえるような存在だったのだとか。
また、A氏の驚くべき成績に対して後ろ暗い噂もいくつかあったが、A氏を妬むが故だろう。
そんな彼を呼び出すようにアラートが鳴る。

ある日、A氏と友人の二人が深夜実験をしていると、突然アラートが鳴った。ちょうどA氏は手が離せないタイミングであり、友人は快くボンベの様子を見に行ったのだという。
地下に降りていくと、なんだか肌寒い。 夏の終わりなのにも関わらずである。 息が白い気がしてくる。
深夜、ほとんど人がいない建物の、薄暗い場所。
一人でいるには心細い。
それに心霊現象じみたアラート。
きっと、気のせいだろう。
そう思い込んで速足で階段を下るが、次第に息が詰まったような感覚に陥る。

恐怖が友人を染め上げてゆく。

やっとのことでボンベ室へたどり着き、ボンベを切り替えてアラートを解除、ほっと一息をついた瞬間。

見てしまったのだ。

見えてしまった。
この世のものでないモノが。

明らかに顔が肥大した、何かが。

友人は頂点に達した恐怖のあまり、逃げ出そうとするが体が動かない。 そのまま意識が遠くなり、ひんやりとした床に倒れこんでしまったんだそうな。 次に意識を取り戻したのは翌朝、近くの病院でのことだった。
曰く、なかなか戻ってこなかった友人を心配したA氏がボンベ室に様子を見に行ったところを発見され、一命をとりとめたとのことだった。
応急処置もなされ、しばらくしたら酸素マスクも外してよいと言われ、友人は後遺症なく退院した。

翌年、研究棟の建て替えがあってからは、アラートの誤報もなくなった。
やはり教授は施設の老朽化が誤報の原因だろうと言っていたが...
これは志半ばで死んでしまった研究者の霊が、A氏を連れて行こうとアラートを鳴らしているのだと...
友人はそう感じたという。

と、友人の話はここまでだ。 だが僕は疑い深いんだ
しかも理系の研究をするようなヤツだ。 どんなことも理屈で考えてしまうクセがある。 そして、おそらく気がついてはいけなかった可能性に、気が付いてしまったのだ。

液体窒素。マイナス200度のとても冷たい液体。
実は液化ガスは、分類上「高圧ガス」に含まれるんだ。
仮に、ボンベ室の付近に液体窒素も保管されていたら...
いや、やはり幽霊の仕業にしておこう。
僕もアラートで呼ばれてしまうかもしれないからね。

この話はフィクションです。

Twitter版より一部修正、加筆してあります。

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