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転生したら山野井涼絵だった

「嫌がらせ?もちろん、しましたわ」
 私はアクリア王国第1王子、エドワード殿下――私の婚約者でもある――の批判めいた質問を肯定した。卒業パーティーの会場に、どよめきが広がる。私はそのどよめきに動じず、殿下の腕にすがりついて目をうるませている平民上がりの女を見据えた。嫌がらせをしたのは本当か?もちろん。

「き、君は……次期王妃だというのに何故」
「私の婚約者の周りをチョロチョロする虫を追い払おうとしただけですわ」
「リリーはただの友人であると何度も説明したはずだ!」
「ええ。でも納得できませんでしたから」
  2人きりで男女が過ごす。ただのお友達だと言われても信用出来るはずがない。だいたい、殿下はともかく女の方は自分から距離を置くべきでしょうに。見せつけるようにベタベタベタベタと……私はもう、嫌なの。疲れ果てたわ。毎日が、毎日が、灰色。この女が現れてから。

「……今なら。謝罪をすれば婚約破棄のみで許そう」

  ため息混じりの殿下のお言葉に私は一瞬だけ目を見開いた。

「謝罪することなど、なにもありませんわ」
「……君を罪人にしたくない」
 「私はいつかこの女を殺しますよ」
 リリーはひっ!と悲鳴をあげて殿下の後ろに姿を隠した。殿下は今まで見た事のないような険しい表情を浮かべている。

「わかった……マーガレット・マグノリアとの婚約を破棄する。そして、国外追放とする」

  今度はどよめきは起こらなかった。ただ、静寂が訪れた。私はドレスの裾を持ち上げカーテシーをした。なにもかも、どうでも良かった。ここじゃないどこかへ行きたい。なにもかも要らない。
  数日後、公爵家で臥せっていた私の元へエドワード殿下とあの女との婚約成立の報せが届いた。何がただの友人なんでしょう。もう二度と誰も信じたくない。ベッドの隣でしくしく泣いている侍女のマーサのことすら信じられない。嘘泣きをしてる。私のことを嘲笑っている。主人である公爵に媚びを売るために私の気持ちを慮っているふりをしている。そうとしか思えない。
「うるさいわ、マーサ。出ていって」
  マーサは肩を震わせて部屋を出ていった。私は枕元から小瓶を取りだした。中身は赤い液体。すべてを、終わらせることの出来る液体。あははは。これで殿下とあの女との婚約に泥をつけることが出来るわ。さようなら。この憎たらしい世界。この憎たらしい自分。すべて。私は小瓶の蓋を開け、一息に飲み干した。マーガレット・マグノリアは16歳で命を落とした――


  ママー、もう起きようよ!

 聞き覚えのないようなあるような、そんな声が聞こえてくる。どこかしら、ここは?いつもと違う場所で眠ってしまったの?なんだか寝ている場所が固い。いえ、私は毒薬を飲んで死んだはず。ではここは天国?

「ママ!起きなきゃ!朝だよ!」

「きゃあ!」

 私は勢いよく飛び起きた。

「やっと起きたねえ」

 横を見るとニコニコ笑う子供が二人。男の子と女の子だ。どちらも見覚えがない。

「ママ、朝ごはんなーに?」

「ママ……?」
 
私はゆっくり瞬きをする。男の子が不安そうな顔で私を見つめる。

「どうしたの?ママ」

「んにやーお」

「きゃっ」

  擦り寄ってきた茶色いふわふわの生き物に思わず悲鳴をあげる。

「な、なにこれ」

「なにって、猫ちゃんだよ、茶トラくんだよ、どうしたのママ?」

 恐る恐る耳の間あたりを撫でると、「猫ちゃん」は勢いよく顔の向きを変え私の指先を噛んだ。いたい。

「ママ?パパ呼んでこようか?」

 男の子が不安そうに聞く。私は頷く。パパというなら私の旦那様でしょう。いつ結婚したのか子供を産んだのか記憶にないけれど。

「どうした、スズエ」

やってきた男はエドワード殿下とは似ても似つかない、黒髪のぽっちゃりした男だった。上背はエドワード殿下より高いかもしれない。私は驚愕する。

「ただのおじさんじゃありませんか」
 「おまえだってただのおばさんだろ」

  男は笑いながら言った。私がただのおばさんですって?

「私はマーガレット・マグノリア。16歳ですわ。おばさんだなんて言わないでくださる?!」

「はいはい。まーたごっこ遊びか。ほどほどにしてくれよ、こどもたちが不安がるだろう」

ちらりと子供たちを見れば、確かに2人とも心配そうな表情だ。

「ママ、どうしたの?ママはママでしょ?ママの名前言えるよ。山野井涼絵だよ」

「誰ですの?それは。私はマーガレット・マグノリア。アクリア王国の公爵令嬢ですのよ!」

「はいはい、マーガレットさん。こどもたちのためにパンを焼いてくれるか?保育園遅れるからさ」

男が言う。パンを焼く?私が?なぜ?

「あなたが焼きなさい。もちろん私の分も」

「なんでだよ」

「なにがなんでだよ、なんですの?」

 睨みつけると男は怯んだようだった。

「いや、その、いつもおまえがやってくれるじゃん……」

「やりたくありませんわ!」

「あー、わかった……おい、ユキト、食パンって冷凍庫か?」

「僕、食パンたべないよ」

「あたちもー」

「えっ、ミチは食べるだろ?ユキトは普段何を食べてるんだっけ?スズエ教えてくれ」

「知るわけないじゃありませんか……私はスズエではなく、マーガレット・マグノリア。あなた方とは初対面ですわ」

「……コンビニ行くか……」

 男が諦めたようにつぶやくと、こどもたちが歓声を上げた。こんびに、がなんなのかはわからないけれどいい所のようね。

「マーガレットさんよ、あんたも来る?」

「ええ、行くわ。この世界を見て回りたいし」

「大した世界じゃないぞ」

「ええ、その様ね。この部屋もとっても狭苦しいし。ベッドは固いし布団はフカフカじゃないし……侍女はいないのかしら?出かけるのなら支度をしたいわ」 

「じじょ?うちは長男と長女でおしまいだ。もしかして頭うったのか?」

「……もういいわ」

   ベッドから降りると、ふっとこの家の間取りが頭に浮かんだ。不思議な感覚だわ。
私の足は洗面所に向かう。なんだか体が重たいわ。そして鏡に映る自分の姿を見て……私は大きな大きな悲鳴をあげた。

「な、な、な!?これが私!?」

   鏡に映っていたのは太った女だった。生活感溢れる、疲れきった女。艶の無い黒髪、荒れた肌。ダルダルのシャツ。褒められ続けていた背筋が、曲がっている。これは誰?!

「おい、今日のおまえはなんかいつもより変だぞ」

背後から男が声をかけてくる。

「わ、私は……」

 これは自ら命を絶った罰なのかしら。



続かない。

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