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『“ジョーカー”パンツ』

知人に、洋裁の得意な方がいる。
僕は、“おばさん”と呼んでいる。

おばさんと言っても、母と同じ年齢なので70代半ば。

でも、すごくしっかりしている。

すでに現役ではく、頼まれることがあれば応じるという感じだ。

多分、ものすごく仕事が出来る方、出来た方だろうなといつも思う。

現役時代は、オーダーのドレスを縫っていたと聞いたことがある。




自宅に、履くことがなかったジョガーパンツがあった。

それをおばさんに直してほしいと思った。

膝より少し上に切り替えしがあるのと、サンドベージュの色味が気に入っていた。

だから、それを直して、履きたかった。

つまりあの“ジョガーパンツ”の“ジョガー”たるところをバッサリといって、履きたいと考えたわけです。

おばさんのことだから、ササッと仕上げてしまうに違いない。

おばさんに連絡をすると、ご主人と旅行に出かけるから、戻ったらという話になった。
1週間でもなく、2週間でもなく、頃合いをみて、連絡を入れると、戻っていた。

が、しかし、感染者になっていた。

それからしばらく経ち、おばさんとご主人も快復したと聞き、お願いすると、あっという間に仕上げてしまった。


技術のあるというのは、早さだけではない。
技術と、そこに裏打ちされた実力があるから、幾通りものアプローチを思いつける。
そして、素人の僕に対して、高をくくったりはしない。

ワイドなストレートのチノパンツを、サーカスパンツのように出来ないですかね?

すると、出来る出来ないにとどまらず、アプローチを教えてくれる。

僕の、まったく自分だけのものだけれど…座右の銘がある。それは、こう。

『紳士たるもの ベストドレッサーであれ』
地味過ぎず、派手で過ぎということなのだろう。

作家の山口瞳さんの一文だ。

そして、昨日おもしろい一文を見つけた。
これかぁ!と、思わず唸っしまった。

『お洒落は捨てるものではない。お洒落は、“回す”もの』。


仕上がったパンツの寸法や縫い目を一通り、おばさんが見せる。

「それにしても、大変でしたね」そう、水を向けてみた。「もうすっかり、良いんですか?」

「もうすっかり。“あと”もなく、ね。でも、心当たりがないんです、本当に」言い、おばさんは「待ちましたか?」と続けた。

「いいえ、それは何も。でも、とにかく大事に至らず、残らず…それが何よりでしたね」

「えぇ。老夫婦二人なものだから、あるものでしのげました」そう、笑いながら、おばさんが言う。

「何というか…言い方はアレですが…とんだ“お土産”で…」

「本当ね!とんだ“お土産”を貰いましたよ!」

ふたりで笑いあった。


履く機会がなかった“ジョガーパンツ”は、“ジョガー”たるところをバッサリいき、カタチを変えた。
カタチを変え、“ジョーカー”パンツになった。

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