彼方に遠ざかる青空の太陽
軽度認知障害に1人当たり1年300万円の点滴が認可された日に捧ぐ
困っているか、楽しみがあるか、ニュースを知っているか、その質問だけで軽度認知症に導かれる世の中に変わってしまった日々に捧ぐ
(実際に点滴にいたるまでにはいくつかの検査のクリアが必要です)
・・・
「じゃ、今日も始めますね 患者さん入りまーす」
「質問しますね ニュース知ってますか?」
「いいえテレビ見ないし」
「じゃ、軽度認知症 点滴だね 21番点滴台に用意して」
「先生、きょう300人目ですよ まだやるんですか?」
「だって君、軽度認知障害は増えているんだ っていうか検査すれば陽性の人がうじゃうじゃ見つかる いままでは日常生活で困るぐらいの症状が出てから調べていただろう? 今は攻めの検査と治療だよ 人間みんな物忘れはある そのうえでPETや髄液検査をやりまくれば陽性の人が増えるっていう算段さ それに今年平気でも来年は認知症かもしれないだろう? 毎年検査希望の人が現れるって寸法さ」
「そんなに高いのに検査を希望する人いるんですか?」
「何いってんだい そのためのテレビだろ? 僕がテレビに出て、調べないと無症状の初期の認知症を見逃してしまう 医師がみないといけない 検査陽性の気が付かず無症状で働く軽度認知障害がたくさんいるって言って誘導するのさ」
「へええ・・・」
「軽度認知障害っていうと硬いよね 軽い物忘れっていうようにしてるんだ 点滴をしても後ろ指さされない軽い物忘れの人々が日本に何人いるとおもっているんだい? それを掘り起こすんだよ」
「そうですよね 人助け社会のため 安心安全 それが私たちの使命ですね さて、センセ 今日も時間がありません いつもの通り次の患者さんに行きましょう お願いします」
「何か困っていることありますか? 楽しみは? 気になるニュースは?」
「妻が意地悪でいつも困ってまーす でも自分は困ってません 年金少なくお金ないから趣味やれませーん でも携帯の無料ゲームが趣味かな 最近のニュースは役に立たなくてみてないから知りませーん 自分じゃわからないから奥さんに聞きまーす」
「失見当識もあるし完全に軽度認知障害 PETや髄液検査も終わってるし 看護師さーん301番点滴台に」「はーい 準備できてまーす」
「センセ、この注射すごい熱心ですね 他の患者さんやめて予約全部この注射にしたんでしたっけ PET検査施設までM&Aしちゃって」
「君ね、軽度認知障害は治らないんだ 大切な仕事だよ それに感冒とちがって終わりがなく増え続けるんだ 我々には大きなドル箱なんだ 社会的大問題だよ 検査で網をかけて治療をする 我々を救わなくてどうする」
「先生がテレビで言っていた「症状のない検査陽性の認知症 国民全員がPET検査」っていうのはコロナのときの全例PCR検査みたいでしびれました」
「そうだろう みんな同じさ 症状がなくても検査で陽性にすれば病気化できるんだ それで治療 検査、分離、治療 それが基本の三位一体の術だよ」
「ふーん さすが 知らなかった すごいですね センスいい儲け方 そしてテレビに出れるし でも前は一生懸命に普通の患者さんを見ていたのに 断って今は軽度認知症の点滴ばっかり 生命の重さに差があるんですか」
「僕は患者の体重と売上額の差はわかるが、君には生命の重さが分かるのかい?」
「そんな難しい話わからないです わたし 体重ぐらいならわかるけど 今日はこの患者さんでおしまいでいいですか?」
「あぁ そうだな いっぱい喋ったし疲れたよ さっきの人が最後だろ?」
「はい! やっと終わりました おつかれさまでした」
・・・
「そういえば先生 この前の会話覚えています? 私たちちょっと前に先生の物忘れお知らせしたの知ってます?」
「そうなの?」
「先生困ったりしてません?」
「何も困ってないよ 今日も点滴の指示出してたじゃないか 患者さんに質問もして 僕の楽しみは点滴のための診療さ それが趣味さ ニュース? 全部忘れたな 思い出せない テレビ見ないからかな」
「センセ、いいところに気が付きましたね! 思い出せない そこです! 自分の検査施設に行ったの憶えてます?」
「いや? 忙しすぎか 僕が軽度認知症なのかな? じゃ念のため悪化しないように僕にも点滴やっておいてもらおうか 初めてだから慎重にね」
「35番の点滴台用意してくださーい 先生入りまーす」
・・・
「じゃあチクっとしますね 初めてなんですよね? これ」
「当たり前じゃないか 初めてだよ 念のためにやるんだし あ、痛 あぁ君が僕のクリニックの看護師でよかった 相変わらず腕がいいねぇ」
「ありがとうございます そういえばここに、もう一人先生いるの知ってます?」
「そんなわけないだろう 僕が院長だよ PET検査施設の施設長も僕だろ」
「おっしゃるとおりです・・・ ゴホゴホ あ、咳喘息なのでカゼじゃないです お気になさらないでください」
「あぁ大丈夫だよ そういえばちょっと前にひどい感冒が流行っていたねぇ 一緒に大層な防護服やゴーグルをやったじゃないか 意味もないのに 暑かったねぇ あれは何年前かなぁ 珍しい注射もしたんだっけ 金属が混入してどうしようとか言ってたやつ みんなで打ち合ったね 何回やったんだっけ・・・」
「そうでしたね 私も忘れました さ、先生、点滴落ちるので ゆっくりされてください もう昔のことはおしまいにしましょう」
「ああ ありがとう やさしいね ”彼方に遠ざかる青空の太陽” のようだ 最近のことみたいなのに、ずっと遠くに感じる もう戻ってこないんな あのギラギラしたしっかりした意識の感じ あ、君、この注射は初めてだからゆっくりね」
「はーいわかりました じゃいきますね チクッとします・・・」
・・・
「やれやれ300人注射したって言う思い出や医師の使命やらなんやら一人で勝手にやる患者と医者の一人芝居の会話が終わらないと点滴できないのは困ったものね こっちは忙しいのに」
「”僕が軽度認知症なのかな”なんて、もう始めたの何年も前だしこの注射も何回目かしら この人は前フリが長くて疲れちゃうわ 院長先生の友達って言うから一人芝居や話しに合わせてるけど 同じ会話毎月すると疲れちゃう」
「あらら先生また寝ちゃった 若いのにかわいそうかな ”生命の重さ”とか注射の指示とかドル箱とか今日も診療してるみたいな口調だったわ 来月も同じかしら・・・」
・・・
「どうだい彼は?」
「あ、院長先生 今日も一人芝居いつもどおり長いし疲れました 今日は2人の話で終わらせました ええ ええ いつも通り 今日も何百人も点滴していっぱい儲けたって話しているうちに寝ちゃいました」
「たくさん儲けた優秀な男だったんだけどな 以前僕の親が世話になったこともあってね ただ自分に打ちすぎたかな いいものって信じてたから やれって言われたらやるやつだったから出世したし」
「私たちは救われましたね 地雷を逃げ切って」
「君は脳神経細胞に遺伝子導入して脳細胞内でスパイクタンパク質を大量生産させたかったかい?」
「そんなの嫌ですぅ」
「だろ? それに・・・」
「それに不要タンパク質は粘土みたいなアミロイドにして細胞内にコンパクトにしまっておく けれどもそのアミロイドがいつまでもたくさんあると脳神経細胞の生命活動にじゃまになって細胞が傷んで減っていく でしょ?」
「君も勉強したね」
「先生が何回も言っていたのでおぼえちゃいました」
「この高い注射もこの人だけだし 先生は嫌いなんですよね この点滴も」
「あたりまえじゃないか 原因とけっか・・・」
「アミロイドは蓄積した結果であって、それを無くそうとしたところで原因じゃない だからやっても認知症は治らないんだよ だから点滴やっても認知症は進行してるんだよ 止めることすらできない 人間の老化のシステムが関係しているけれど未知の世界だ 老化は生きているっていうことの表裏 だから止められれない 死と生と裏表(うらおもて) ですよね」
「すごいな、君は 声色までマネできて そのとおりだよ データ見ればわかるように数年経て数ポイント改善するかどうか、だ やっても進行していくんだ 改善もわずかだ しないかもしれない それに海外じゃ効果も無いって認可もされてないし 自分の脳神経細胞内のものに反応するものを打ちたい? 脳神経内科のエキスパートの君はどう思う? 彼だけは家族がどうしてもって言うから特別だね」
「私もこの注射やりたくないです 海外で避けられているものやるわけないじゃないですか それにちょっと前、アミロイドに関する有名な論文が撤回された話をしてくださったじゃないですか メカニズム的にもちょっと・・・」
「そうだろう? それに治るわけでもないし 脳神経細胞が細胞内にかかえている物質に抗体を反応させたら何が起きるかわかるかい?」
「脳神経細胞の内部の物質に抗体が結合する・・・ 抗原抗体の複合体ができる そこに炎症が起きる・・・」
「ビンゴ! この注射の副作用をみてごらん」
「あぁ・・・ やっぱり私これいいです アミロイドは通常の人間でも普通から産生されて無くなっているかもって言われているし 脳神経細胞内の物質に反応する抗体なんてイヤですぅ」
「僕もおなじだよ」
・・・・
「そういえば彼、遠ざかる青空のなんとかって言ってました いつもおんなじなのに今日は新鮮な感じ!でした あの言葉なんだったんでしょう」
「彼方に遠ざかる青空の太陽、かい?」
「あ、そうそう それです」
「それはね、僕らが高校の同級生で演劇部だった時の演目の名前だよ よくそんな言葉を・・・」
「ほら、認知の人って童謡とか子供の頃のこととか、昔のことしゃべるじゃないですか まだらに思い出して 最近のこと全部忘れているのに」
「まだらか・・・ でも懐かしいな こいつも若い時はいいやつだったんだけどな 河原に寝転んで青空見ている時に 青色に吸い込まれるような太陽を見て、こいつが ”彼方に遠ざかる太陽ってかっこいいな” ってつぶやいたんだ 僕らは文化祭の演目を考えていたんだ 僕が青空をつけて”彼方に遠ざかる青空の太陽”にしたら、やつはそれだ!って サボっていたくせに急にやつはやる気を出して主役をやったのさ なつかしいな 儲かったりするやる気がでるモノだと、がぜんがんばっちゃうんだよな、やつ」
「先生のことは忘れても、先生がつけた演目の名前は忘れないものなんですね」
「しかたないさ もう昔の話だよ 人間なんて覚えてくれている人がいなくなれば消えてしまうものさ 僕が覚えていればいいだけの話さ 彼は充分、自分のやりたいことをやったんだからいいんだよ」
「でも無くなるなんて、ちょっと悲しい」
「だから貴重なんじゃないかな 今、こうやって一緒に働いているのが
今日も僕らは無心に脇目も振らず一生懸命、協力して働いて生きてるじゃないか
それでいいんだよ それで・・・
僕らは彼みたいにお金がお金を産むような暮らしじゃないから寝てられないし 自分や家族のためだよ 働こう さあさあ仕事しよう 患者さんが待ってるよ 心身ともに健康でありたいと願う人間が今を支えるし、未来を作るんだ いろんな困った普通の人々を支えないと
カーテンしめて暗くしてあげて 彼も一人芝居で疲れただろう ゆっくりしていってもらおう」
「わかりました 点滴の速度確認して・・・ でも”遠ざかる太陽”・・・ いい言葉ね 意識の太陽がゆっくり去って彼方にみんな消えていく感じ
彼がみたものも感じたものも脳神経細胞が傷んじゃえば消えちゃう がんばって何千本も遺伝子治療の注射したのに どんな財産も彼を救えない 儚(はかない)ものね・・・
カーテン閉めますね
お・や・す・み・な・さ・い」