見出し画像

🟢緑色蛍光の物語  Xで(おまけ)の文章しか読めなくなった日に

僕は大学院で培養細胞に遺伝子導入する実験を繰り返していました。

生き物から細胞を採取して培養するものを初代培養、がん化したり無限に増殖し続けられる細胞の培養は継代培養と呼びます。初代培養は清潔な環境下でのミクロの作業が必要ですが僕はその両方が行えます。

脳神経内科医なので神経細胞系が多かったのですが、遺伝子導入すると神経系細胞は傷んでしまってうまくいきませんでした。苦労ばかり。

そこでHEK細胞(ヒト胎児腎細胞293)で実験系を組み立てました。

医局では遺伝子導入実験やった人がいなかったので自分で全部構築しました。遺伝子導入された細胞はGFP緑色蛍光タンパク質も作るので緑蛍光🟢に輝いて識別できます。

☆☆☆

自分たちでまず実験に必要な遺伝子DNAを合成します。DNAは配列で性質が決まるので設計した通りの配列のDNAをいろんな方法でつなぎ合わせて作ります。業者に委託することもできます。

次に実験にはDNAが大量に必要なので、この合成した少量の遺伝子を大腸菌内で増えるプラスミドという輪っかの形の遺伝子に組み込みます。プラスミドは市販されているので酵素のハサミ✂️で切って切れ目を入れて自分たちの遺伝子を入れて両端を繋ぎます。ちょっと大きめの輪っかになります。

その輪っかを大腸菌に導入。プラスミドを持った大腸菌を大きなフラスコで温めながら増やすと同じ大腸菌が増えるのでプラスミドも一緒に倍々に増えていきます。大腸菌を回収して遺伝子回収します。DNAを直接増やすのが難しいし高価なので生き物の力を借りるわけです。

☆☆☆

やっとここで培養細胞に遺伝子導入になります。

培養細胞に遺伝子を振り掛けても細胞膜を通過しないので、細胞膜を通過させる試薬を遺伝子と結合させて振りかけます。

リポフェクション法
というものを用いました。細胞膜は帯電しています。そこで細胞膜に静電気でくっつきやすく生き物の細胞膜が取り込みやすい物質が試薬として売られています。それを使います。

プラスミドを培養細胞に導入すると緑色蛍光が光ります。美しい風景。でもその光も数日で無くなってしまいます。培養細胞内にある不要な輪っかのプラスミド遺伝子は分解されてしまうからです。

これでは遺伝子が持つ性質を調べる前に壊れてしまって探査する時間がありません。

そこで起きたことを報告してみんなで相談しました。
「じゃあ輪っかを切って一本鎖にして遺伝子導入してみよう。遺伝子を酵素のハサミ✂️で分解して遺伝子導入してみよう」
という作戦に。

培養細胞の核にある遺伝子は長い鎖。そこに輪っかでは入りません。一本鎖にしたり細かくしないと組み込まれないだろう、と。
そこで輪っかプラスミドを酵素反応させて一箇所に切れ目を入れました。そうすると一本のDNAの鎖になります。

☆☆☆

再び一本鎖DNAの培養細胞へ導入。

一本鎖にした遺伝子を培養細胞に導入すると緑色蛍光🟢を発します。ずっと培養を続けるといつまでも緑色蛍光🟢の細胞がポツンポツンとシャーレに現れてきます。その細胞だけを小さなガラスのリング状の筒で囲って回収。一個の培養細胞をピペットで回収。それを培養して増やします

なんということでしょう(リフォーム風)!シャーレの底の培養細胞の全部が緑色蛍光🟢🟢🟢🟢🟢!美しい風景です。緑色蛍光🟢持つということは自分たちが作った遺伝子も持っているということ。細胞を回収して目的のタンパク質が作られているかウエスタンブロットというもので確認。遺伝子そのものはノーザンブロットというものを行います。

こういった一つの細胞から作った細胞群をセルラインと呼びます。細胞の系列。ある程度増やしたら細胞が傷まないように超低温で冷凍。僕はたくさんのセルラインのストックのバンクを作り自分で組み立てた細胞死のアッセイ系で観察を続けました

☆☆☆

それでは、なぜ輪っかのプラスミドを分解して一本鎖にして培養細胞に遺伝子導入したらいつまでも緑色蛍光🟢を発するようになったのでしょう?

それは培養細胞の核内の遺伝子に僕らが作った遺伝子が組み込まれたからです。培養細胞が分裂するときにもけなげに組み込まれた遺伝子も培養細胞の元々ある遺伝子とともに複製を続けてくれたからです

こんなふうに細胞は変化しやすく柔らかいものです。簡単に遺伝子が書き変わってしまうのです。

自然界でもこのことは観察されています。カマキリのお腹に寄生するハリガネムシ。このハリガネムシの遺伝子にカマキリの遺伝子が混入していることを理研が明らかにしています。「遺伝子の水平伝播」と呼ばれる現象です。普段から生き物たちは遺伝子を交換することがあるのです。生き物の世界全体が大きなジーンバンクのようです。

☆☆☆

でも僕らのこの方法には問題点がありました。
HEK239培養細胞の遺伝子へ僕らが作った人工遺伝子が
①どこに
②何コピー
遺伝子導入されたか不明です。いくつかの条件が一定になるように設定して細胞の生き死にのアッセイをしていきました。

核転写因子のアッセイ系も組み立てたりしていました。

その後技術は進み、今では目的の場所に遺伝子導入する方法が開発されるようになりました。治療に用いられて臨床応用されるまでになっています。患者さんから細胞を取り出して必要な遺伝子操作をして体に戻す治療です。

こういった患者さんの遺伝子治療は
「体外に一旦取り出した細胞」の「決められた部分に」「決められた遺伝子操作」をして体に戻すという作業をします。

ですから原理的には体全体の細胞の遺伝子には影響が出ません。間違えても現在の遺伝子治療では人間の体全体に遺伝子導入剤を点滴したりして遺伝子導入はしません。

体にある無数の細胞のどの細胞に入るかわからないからです。そして遺伝子導入されたとしても、僕の実験みたいに遺伝子導入された人体の細胞核の「どの部分に」「何コピー」「何の遺伝子がどれぐらい導入」されるかコントロールできずわからないからです。もともとある遺伝子の良い働きをじゃまして不都合が起きてしまうかもしれません。

危険なので人体全体に遺伝子導入するという作業は行わないわけです。

それが緑色蛍光🟢のお話し。思い出。

生き物の遺伝子は柔らかく変化しやすい ということを覚えておきましょう。大切にしないといけないものです


☆☆☆

2023年10月20日に僕のXはこれらの文章の(おまけ)の部分しか読めないというちょっと危うい感じになりました。以下がおまけ。

(おまけ) 遺伝子導入された細胞は色々な挙動を示します。緑色蛍光を発した細胞が順調に増殖したり継代できるのは幸運。突然増えなくなってしまったり形が変わったりして植え継いでいる間に細胞が死滅してしまうことがほとんどでした。

神経細胞系などはもっとナーバス。分裂自体しなくなったり元とは似つかない変な細胞になってしまったり。

いったん核内の遺伝子に遺伝子導入できたとしても細胞分裂する時とかに生き物が長い間に無限の試行錯誤で調節してきた正常遺伝子でないと死滅したりおかしなことが起きてしまうようです。精密な機械のギアに適当にギアを追加はできないのです。

やっぱり遺伝子の働きは邪魔しちゃいけないんだなぁって当直の夜に蛍光実体顕微鏡を見ながら独り思っていました

(おまけ2) 書くとこれだけなんだけど、スゴイ失敗の山だらけ。当時の大学院生は大学の無給の勤務医として働いていました。なのでこの実験をしつつ大学病院のベットコントロールや救急、外来、当直もしていました。良くやりました。培養している間に夜明けに。自分をたまにほめるようにしています

☆☆☆

思い出を書いただけなのになぁ・・・

フォロワーさんからの報告
なんかちょっと悲しい

おまけしか読めないって教えてくださいました


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?