「アカツキ」と「脳内ビッグバンし続けた漫画家の一年」
はじめに
こんにちは。漫画家のひな鳥、黒川です。
アカツキに17新卒として入社し、2年前にアカツキを辞め、今は外から少しだけお仕事させていただいています。
何やら怪しげなタイトルではじまっていますが、、、
記事全体のテーマは「認知」についてです。
「認知」を重要視するアカツキの話と
「認知」によって、止まっていた筆が進み始めた漫画家の話。
その交差点から、「認知」とは何なのか、考えていきます。
「アカツキ」と「認知」
アカツキには、ミッション・コアバリューなどの大切にしたい組織の価値観や、経営・事業戦略などの時流に合わせて変化する経営方針を定期的に認知する機会があります。
(入社時にはオンボーディング、入社後は月一でグループ全体の共有会、週一で事業ごとの共有会があります)
そして、そこにとどまらず、なぜその価値観を大切にしているのか、なぜその方針に至ったのか、前提となる知識や背景も認知できるように設計されています。
前提となる知識や背景は、経営メンバーによる膨大なインプットから抽出されており、その多くは書籍から取り入れられているものが多いです。
なので、根幹をなす重要な書籍については、オンボーディング時に内容を認知する場があります。
また、次点で重要とされる書籍や今HOTな書籍などについても、月一で輪読会を実施しています。
部署によっては、書籍購入の福利厚生も。
それほど「認知」に注力しているのです。
「漫画家」と「認知」
一方、漫画家としての僕の話を。
アカツキを辞めて1年弱が経とうとしていた頃、
筆が完全に止まっていました。
何を描いても下剋上的に成り上がっていくストーリーになってしまい(もちろん世の中にこのタイプで面白い作品はたくさんあるが、僕のは完全下位互換)、陳腐なものしか書けない自分の引き出しのなさに絶望。
何でもいいから突破口はないか、ともがき苦しんでいました。
そんなとき、アカツキで少し仕事を手伝ってもらえないかと声をかけていただきました。
突破口を求めていた僕にとっては、渡りに船。
お仕事させていただくことに。
結果、これをきっかけに「脳内ビッグバン」が発生。
あとあと筆が進むことに繋がるのです、、、
「脳内ビッグバン」を引き起こした「認知」
お願いされた業務は、先ほどあった「次点で重要とされる書籍の輪読会」関連でした。
具体的には、アカツキのメンバーが書籍の内容を認知しやすいように、要約して届けるお仕事。
一番最初の本は、近内悠太さんの「世界は贈与でできている」でした。
どんな本か、一言で説明したいところですが、どんな言葉で切り出してもチープになってしまうほど、骨太な本です。
(イメージだけでも伝えるとしたら、「贈与」「ウィトゲンシュタイン哲学」という2つの概念から世界の成り立ちを説明する本、といった感じ)
読み終わった瞬間、自分の頭の中で何かが弾け出し、「自分が生きているこの世界のことをもっと知りたい」という知的好奇心が全身に走り出しました。(これを「脳内ビッグバン」と名付けています)
「宇宙はどのように誕生した?なぜ137億年前とわかる?」
「生物はどのように誕生した?そもそも生物の定義は?」
「なぜ戦争がなくならないのか?」
「名前も知らないような国の人々はどんな暮らしをしているのか?」
「なぜ花びらはカラフルで茎や葉は緑なのか?」
「僕の住む街はカップルが多い気がする。なぜ?僕のバイアス?」
「なぜ僕は妻が好きなのだろうか?好きだから妻なのか?」
と目に入るもの全てに疑問が止まらない状態。
なぜか?
それは、著者近内悠太さんの「世界の捉え方」の一端に触れることで、自分の中に新しい「世界の捉え方」を追加できたからだと思っています。
新しい「世界の捉え方」が追加されると、今まで意味を持っていなかったあらゆるものが意味を持ち始める。
今までの僕にとって、先ほどの疑問の答えが意味を持たなかったように。
そして、この「世界の捉え方を追加すること」こそが「認知」なのではないかと、今では考えています。
なぜアカツキは「認知」を重要視するのか?
アカツキの話に戻りましょう。
もし、一緒に働く仲間と、とある「世界の捉え方」が共有できていないとどうなるのか、考えてみます。
状況としては、ある人にとって意味を持つことが、ある人にとっては意味の持ちようがないものとなっています。
例えば、アカツキでは「二項対立に陥らないことの重要性」を多くのメンバーが認知しています。
「事業」と「組織」、「力」と「愛」の両立。
「力なき愛は無力、愛なき力は暴力」。
この「世界の捉え方」を持っていない場合、業績を重視する人であれば、組織が傷もうがそこに大きな意味を持たず、売り上げを追いかけるでしょう。
一方、組織の関係性を重視する人であれば、業績がまずかろうがそこに大きな意味を持たず、関係性を良好にすることに注力するでしょう。
一時的にはそれで良いかもしれません。
ただ、長期的にみた場合や、社の命運を左右する重要局面では悪い方向に出ることが容易に予想できます。
アカツキは長期視点で世の中に価値提供をしたい会社であり、重要局面においても各メンバーが自律して推進していくことを理想とする組織です。
それを達成する上ではやはり「認知」が重要になってくるのです。
「脳内ビッグバン」し続けた漫画家の一年
僕の物語で締めさせていただきます。
一度ビッグバンが起きてしまえば、その後、宇宙(世界)は自然と膨張していきます。
アカツキの仕事で読む本だけでなく、自身の興味・関心の赴くままに本を読み漁り、各メディアで気になる情報を摂取し、未知なる体験ができそうな仕事は全て受けました。
新たな「世界の捉え方」を取得する →
「新たに意味を持ったもの」を詳しく知る →
それらを仕事や日々の生活の中で身をもって体感する
このループを続ける中で、引き出しが増えていき、漫画のアイデアもぽつりぽつりと溜まっていったのです。
しかし、気づけば半年以上、筆を握っていないことに気づく。
ビッグバン生活が楽しかったこともありますが、どこか描くことを避けていたのかもしれない。
ふとある日、溜まったアイデアから一番ワクワクするものを引き出す。
机に向かう。
「あぁ、筆ってこんなに軽かったんだな」
おわりに
この記事を執筆中(2023年12月現在)も描き始めた漫画に向き合っています。
相も変わらず壁に当たり続けていますが、今までにない感触もあり、自分自身わくわくしております。
この記事で書いた物語がハッピーエンドになりますように。