小説『明鏡の惑い』第二十一章「留まる夏」紹介文
1997年の六里ヶ原にも、夏休みがめぐってきた。
中学校で留夏子が貸してくれた本に、悠太郎は読み耽っていた。
それはトマス・アクィナスの『神学大全』からの抄訳本で、留夏子の母の陽奈子先生が線を引きながら読んだ跡があった。
夏休みのある日の午後、なぜか留夏子と合流した悠太郎は、この優れた先輩と照月湖のほとりで長い長い会話を交わす。
質料と形相について。ハビトゥスについて。
時間について。永遠について。
留夏子の名前の由来もまた明らかになる。
静かな思いのうちに、ふたりの会話がひと段落したとき、突如として英語で助けを求める叫び声がした。
それはレストラン照月湖ポカラ・ガーデンで働くチャンドラカルナさんの声であった。
チャンドラさんは観光ホテル明鏡閣へ逃げてゆく。
起こり得る混乱から明鏡閣を救うべく、留夏子と悠太郎はチャンドラさんの後を追う。