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予行演習殺人【短編小説#32】

「何故こうなってしまったのか。」
両手両足を縛られた男は必死になって湖の上でもがいていた。

ある時、友人との飲みの場で予行演習の話になった。何の予行演習かといえば、手足を縛られた状態で海に放り出された時に、無事に生還するための予行演習である。

物騒な世の中、何が起こるか分からない。仮に海に投げ出された時に、一度経験があるだけで生存可能性が格段に上がるはずだと友人は言った。

確かに私もそう思った。求められるのは、泳ぎ方などの技術的な面よりか、むしろ何がなんでも生き抜いてやるという精神面が大きいと思ったのだ。

一度予行演習をしないかと言われて誘いに乗ったのが、運の尽き。今、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる。

溺れる寸前の脳裏では、ギリギリのところで迎えに来てくれるだろうという楽観的な考えと同時に、実は友人は私を殺そうとしていたのではないか、という恐怖心が入り混じっていた。

しかし、周りに船は見当たらない。ここで溺れたとしても助けるのには間に合わないだろう。そう思った時、友人に騙されたのだという考えが強くなった。友人は私を殺そうとしていたのだ。それにまんまと引っかかったのだ。走馬灯のように友人との思い出が頭に浮かぶ。

次の瞬間、何かが吹っ切れた。男の中には恨みをこえた殺意が芽生えていた。生きてやる。生きて必ず彼を殺してやると決めた。そして、亀が前に進むようなスピードで、陸に向かって蹴伸びをし始めた。

3日後、陸に上がった男は、友人の元を訪ねていた。友人の前に姿を表すと、友人は驚いたようにこう言った。

「素晴らしい!予行演習は成功だ!君なら生き抜けると思って、湖に放り投げたんだ。生死を彷徨う状況下で何が君を支えたのかよければ教えてくれないか。」と。

男は「教えるより体験した方が分かる」と言い放ち、友人の手足を無理やり縛った後、海に放り投げた。

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