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夜に雨が降ると
電車を降りたら、大雨やってん。
改札口を出たら、駅の外に幕張ってんのとちがう?
っていうくらいざぁああっと降ってんねん。
昼間はあたしみたいな大学生がぎょうさん行き来してる駅やけど、さすがに夜この時間にこの駅で降りたのはあたし含めて数人だけやった。
しゃあない。
雨が降り込まない程度の駅の入り口のところでぼんやり立っていた。
駅前の道を車が通過すると、そのライトが雨の幕にあたってふわっと明るくなる。
うわ、雨、強すぎや。
一緒に電車から降りた他の人たちも、この雨の勢いに圧倒されてる。
久しぶりの大雨や。
それでも、みんな意を決して傘を取り出すと雨の中に出ていく。
あ、あの人、傘なしで走って行った。
頑張りや。気いつけて。
どうやらその場に残されたのはあたし一人。
傘持ってないもん。しばらく雨宿りや。
少々の雨やったら濡れて帰るくらいは平気やけど、ちょっとこの雨はキツすぎる。
雨脚が緩んだら濡れてもええから、ぱああっと走って下宿に帰ろ。
でも、今はもうちょいここでぼんやりしとこか。
「あの」
うわ。急に声がかかってびびった。
後ろにまだもう一人立ってはったんや。
どうしたん?
「僕、●●町の方に行くんですけど、方向が同じやったら一緒に入っていきませんか?」
スーツ姿の若い男の人。背、高いな。
あんまり見上げて顔をジロジロ見たら失礼かな。
「僕の傘、大きいんで」
その人は持っている傘を見せてくれた。
笑いもせえへん。大真面目や。
悪い人やなさそうや。行く方角も同じやし。
あたしはうなずいた。
「はい」
2人で雨の中を相合い傘して歩いた。
雨混じりのもわっとした空気の中に、隣の男の人の香りがした。
働く男の人ってこんな香りなんかな。
それにしてもこの人、なんも喋らへんなぁ。
むしろお世話になってるあたしが、何か喋るべき?
でも、何を話したらええかわからへん。
全然知らん人やもん。
気まずいな。
でも、あたしらずっと黙ってるね。はは。
もう分かれ道が来た。
あたしの下宿はここから曲がってすぐのところや。
ちょうど雨も小降りになってきた。
「あの。ここでいいです。私、こっちなので」
「あ、はい」
「ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀する。
「はい」
男の人はやっぱり大真面目でにこりともせえへんかった。
小雨の中を小走りしながら角を曲がるあたし。
たぶんあの人は、そのまま真っ直ぐ歩いていったんやな。
ちょっと猫背な感じで淡々と歩いていったんやろな。
ほんまは、雨宿りが長引いても平気やった。
一人で濡れながら下宿に帰るのも平気やった。
気づいててん。
あの男の人は、あたしの歩調に合わせて歩いてくれはった。
走る車からの水しぶきをやり過ごす時、一緒に立ち止まってくれはった。
あたしの左肩は濡れへんかったけど、多分あの人の右肩はぐっしょり濡れてた。
夜に雨が降ると、勇気を出して差しかけてくれた大きな傘を思い出す。
夜に雨が降ると、不器用だったあの時のこと100万回思い出すねん。