怪談ジゴロ

誰かが怪異に襲われた時、その男は現れる。
その名はカズマ。都市伝説を口説く男。

第1話 こっくりさん

 放課後の5年2組。

 夕陽が差し込む教室の中、わたしたちは異様な雰囲気に飲まれ、動けずにいた。
 面白半分で見物をしていた子たちは逃げ去り、残されたのは十円玉に指を置いた3人。

 みのりはもう泣きべそをかいているし、沙耶香の顔色は真っ青。
 わたしも、ほんの少し理性のバランスが崩れれば、悲鳴を上げて逃げ出しそうなくらい追い込まれている。

「こっくりさんこっくりさん、どうぞお帰りください……」
『いいえ』

 指を置いた十円玉は紙の上を滑り、鳥居の下に書かれた拒絶の文言を指し示す。

「こっくりさんこっくりさん、お願いです、帰って下さい」
『 だ め 』
「ひぅ!?」

 みのりが小さな悲鳴を漏らす。
 動かないよう力を込めて押さえ付けているのに、十円玉は動きを止めない。

「沙耶香、分かったから。冗談はやめて!」
「恭子こそ、こんなので怖がると思ったの!?」

 言い返す唇が震えている。『こっくりさんなんている訳ないでしょ』と、あきれ顔で参加した沙耶香のいたずらでもないのだとしたら――

『  こ  ろ  す  ころす ころす ころす ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす』
「きゃぁぁぁ!!??」

 狂ったように同じ三文字を指し示す硬貨から、悲鳴を上げ指を離しそうになったその時。

「ご指名ありがとうございます、カズマですッ! フゥフゥ~~ッ!!」

 わたし達の指の上から十円玉に置かれた、大人のひとさし指。

 驚いて見上げると、びっちり決めたリーゼントを、片手で撫で上げる男の人と目が合った。

 強い油の匂い。ワックスじゃなく、ポマードってものだろうか。もみあげが長い。60年代のハリウッドスターみたいな濃い顔立ちをしている。

「あ……あなた誰ですか!? こ、校内は、関係者以外立ち入り禁止です!!」

 沙耶香も混乱したのか、どもりながらも委員長らしい毅然とした態度で詰問する。男は肩をすくめ立てた指を振ると、口元を歪め苦笑を浮かべてみせた。

「いいかいお嬢さん、今質問するのは俺にじゃないだろ?」

 男――カズマさんが小さく顎を動かし指すのは、机の上に広げられた、五十音の書かれた紙。ビックリしたせいか、動きが止まっている。

 うん? っていうことは、やっぱりわたしたちが動かしてたの? それとも、こっくりさんも予想外のことに戸惑ってる? そもそも、指を離すんじゃなく、途中で他人が加わっても良かったんだっけ……??

「さあ、こっくりちゃん。パーリーはお開きだ。帰ってくれないとこの小さなレディたちも困っているよ?」
「……パーティー……?」

『いいえ』

 長い間のあと、こっくりさんは十円玉で拒絶を示す。

『  こ  ろ  す  ころす ころす ころす ころすころす』
「いやぁぁぁ! また!!」

 ふたたび動き始めた十円玉に、みのりが悲鳴を上げる。カズマさんは安心させるように、ぽんぽんとみのりの頭を軽く叩くと、ため息を吐きながら首を振った。

「やれやれ。まったくわがままな仔猫ちゃんだぜ」

 カズマさんの言葉に硬貨の動きが止まる。
 長い長い沈黙のなか、十円玉はゆっくり動き出した。

『  ね          ね こ じ や な い も ん  』

 最後の『ん』を指し示すやいなや、十円玉はすぐさま鳥居のマークに飛び込み動きを止めた。

「……か……帰ってくれたの?」

 かすれ声でつぶやく沙耶香。恐るおそる、こわばった指をゆっくり十円玉から離してみる。

「フゥ~~ワッ!! またのご指名、お待ちしております!」

 ばばっと、派手な身振りでジャケットの乱れを治し、摘み上げた十円玉をさり気なくポケットに落とし込んだカズマさんは、胸ポケットから取り出した櫛で髪を撫で付けつつ、教室を後にした。

「えっと……あの人、なに?」

 涙目のみのりがぽつりと漏らす。

「それはわたしも知りたいかなって……」

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