つれづれ雑記*最終回、の話*
最近はあまりテレビを見ないようになったが、私も幼い頃は昭和の子どもの例に漏れず、テレビっ子だった。
と言っても、半世紀も前のこと。
テレビは家に1台しかなく、チャンネル権(死語かな)は父が持っていた。
親は就寝時間に厳しくて、中学生になるまで夜は平日は8時か9時まで、だった。
そんな制限の中でも、好きなテレビ番組というのはあって。
クイズ番組、時代劇、刑事物、等等。(チャンネル権主の父親の影響が顕著に出ていますね)
テレビ番組編成で使われる、クールという言葉が一般にも周知されるようになったのはいつからなのだろう。
最近の連ドラは全部でだいたい10話か11話、ということが多い。最終回は2段構えだったり、スペシャルドラマがあることも。
このひと続きをクールと呼ぶ、らしい。およそ3ヶ月で1クール。1年で4クール。
ちょうど春夏秋冬の季節で変わっていく感じだ。
昔は、少なくとも私が子どもの頃は、こんなに目まぐるしく番組は変わらなかったように思うのだが、どうなのだろう。
そう、今で言えば、サザエさんだのコナンくんだの、みたいに、長い期間、同じ番組が放送されていたように思うのだけど。
もちろん、同じ番組、特にドラマとか、をいつまでもやってるわけにはいかないだろう。ずっと続いているようでも、順々に交替はしていたと思う。それでも、それは少なくとも年単位だったように記憶している。(中には10年以上も続くお化け番組も存在した)
男の子たちが見ていた(そして私もよく見ていた)ウルトラマンとか仮面ライダーとかは、1年で交替していたように思うし、父が見ていた(そして私もよく見ていた)時代劇も1年か2年でひとつのシリーズが終わり、また次のシリーズが翌年か翌々年に始まったりしていた。
のんびりした時代、というのだろうか。それがテレビ番組にも表れていたものだ。
というわけでテレビ番組はどれもだいたい、最低1年は放送されていた。そのため、私は、最終回、というものにはあまり馴染みがなかった。
免疫がなかったのだ。
毎週楽しみに見ている時代劇だの、アニメだの、刑事ドラマだのが、ある日を境に終わってしまうということに、慣れていなかった。
自分の好きな番組は永久に続き、いつまでも見られるように思い込んでいたのだ。
だから、来週の予告を見ていていきなり「来週は最終回」なんて宣言されると、それはそれは大きな衝撃を受ける。
そう、今のように諸情報が川のように流れる時代とは違って、知らせはいつも突然だった。(もしかしたら、私が疎いだけでちゃんと周知されていたのかもしれないが)
最終回は突然に。
終わりは唐突にやってくる。
しかもこの時代。ビデオもDVDもない。当然、見逃し配信などというものもない。絶対にリアルで見るしかない。何かの理由で見逃してしまったら、もう2度と見返すことはできないのだ。
何とシビアだったことか。
私が小学生高学年の頃に毎週見ていた時代劇があって。
タイトルも出演者も、記憶が曖昧でうろ覚えなのだが、簡単に言ってしまうと浪人と渡世人のバディ物、だったと思う。
浪人は腕が立っておそろしく強い。ただ、びっくりしたり怒ったりするとシャックリが止まらなくなるという弱点があり、そこがちょっと可愛かったりする。お酒とおからが大好きで、洒脱で自由気まま。
渡世人は曲がったことが大嫌いな正義漢。剣術は自己流だけど意外に強い。でもクモが大の苦手で、見ると震えが止まらなくなり、たちまち戦線離脱となる。
ひょんな出会いから街道を一緒に旅することになったこのふたりが行く先々で様々なトラブルに巻き込まれ、事件を解決したり人助けをしたりする。このふたりの友情?とでもいうのか、息のあったやり取りや掛け合いがとても心地よく面白い。ラス立ち(だいたいラスト15分前くらいに設定されている最後の大立ち回りのこと)の殺陣もカッコよかった。毎週、ふたりの旅をワクワクしながら見るのを楽しみにしていた。
2年ほど続いた、この番組が最終回の日は、大変だった。
早々に晩御飯を済ませお風呂にも入り、始まる前にちゃんとお手洗いにも行って。
数分前からテレビの前にきちんと正座して待ち構えた。
最終回は決して悲しい結末ではなく、寂しくも希望に満ちたものだったのだが、終わってしまうと、私はもう残念で残念でたまらず、涙目になっていたらしい。後で父に笑われた。
今は年に数えられないほどたくさんの最終回がある。
その意味では、現代人は最終回に慣れている、のかもしれない。
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#時代劇好きだったんだよなぁ