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つれづれ雑記*憧れの長い髪、の話*

 子どもの頃、長い髪に憧れていた。
 昭和の時代、長い髪は女性の美しさの象徴(のひとつ)だった。
 
 私の母は非常に合理主義で、子どもの髪なんて小ざっぱりして手入れが簡単であればあるほどいい、という意見だった。
 私の髪ははすごいくせっ毛でウネウネしていて硬く、量も多い。雨の日や湿度の高い日は湿気を吸った髪はウネウネの上にゴワゴワとなり、ボワボワと膨らみ、ピンピンと跳ねる。
 全然言うことを聞いてくれないこの髪は、確かに短いほうが扱いやすい。
 なので、子どもの頃、私の意向などには関係なく、私の髪はいつも今で言うところのベリーショートだった。
 それも散髪屋さんとか美容院などという小洒落たところへは行かない。
 そろそろ伸びてきたなあ、という頃になると、首にタオルを巻いてゴミ袋に穴を開けたお手製ケープを被り、新聞紙を敷き詰めた部屋の真ん中に置かれた椅子に座らされ、母が切る。
 アイロン用の霧吹きで髪を湿らし、クシでといてチョキチョキ。
 母は手先がたいそう器用な人ではあったが、別にプロの美容師などではない。見よう見まねの全くの素人だ。そして、大変なせっかちでもあった。
 そんな母が切るのだから、毎回、結構大胆に切る。バッサバッサと切る。情け容赦なく切る。
 そして当然、出来上がりはご想像どおり、ショートカット、どころかチョンチョン、というやつ。

 私が小学生だった頃、女の子の髪型はおかっぱ、今で言うボブが多かった。ショートカットもいたにはいたが、私みたいにめっちゃ短いのは少なかった。
 
 いくらなんでも切り過ぎちゃうん? 
 どうせ切るんやったら短くしといたら世話ないやん、さっぱりしててええやろ。
 そんなん、お母さんの感想やんか。
 何でも、「さっぱり」で片付けんといてか。
 
 母に髪を切ってもらった後、私はいつも不機嫌で、口ゲンカになることもままあった。
 が結局、母のよくわからない理屈に押されて泣き寝入り。文字通り、不貞腐れて泣きながら寝てしまったこともあったように記憶している。

 そんなふうだったから、なおさら長い髪に憧れた。
 さっきも書いたが、同級生の女子はボブが多く、その中に数人、長い髪の子がいた。
 風になびくサラサラの長い髪。
 後頭部の少し高いところで結ったポニーテールも可愛いし、編んでお下げ髪にしているのもいい。
 羨ましかった。
 いつか髪を長くしてみたいなあ。そんなことをぼんやりと考えていた。
 そんな頃、ストレートパーマなるものが存在することを知る。本来、髪にウェーブをつけるべきパーマで、ウネウネ髪を真っ直ぐにする。実に画期的だ。目からウロコ。
 これなら、私も憧れのサラサラストレートになれる?のだろうか。
 
 そして数年後、成長した私は大人の財力(言うほど大したことはないけど)に物を言わせることにした。
 その前に、とにかくある程度は伸ばさなければならないという難関があったのだけど。
 「うっとおしいから切ったらどう?」という母親の声と、実際、伸ばしかけの髪のうっとおしさを耐えて、何とか肩を少し越えたくらいまで伸ばした。
 
 そして、美容院へ行き、なけなしのバイト代をはたいてストレートパーマをかけた。

 少し調べてみたのだが、ストレートパーマは私がn十年前にしたものと、現在のものはずいぶん違うようだ。現在はくせっ毛をストレートにするのには、縮毛矯正というものがあるそうな。当時はそんなものはなかったし、私が今からする話は相当に古いものだということを予めご了承いただきたい。
 
 その当時のストレートパーマは、言ってみれば、洗い張り、に似ていた。
 着物を解いて、一枚布に戻してから水洗いして糊付けし、板に張り付けて布面を整え、また縫い直す。
 あんな感じに、髪を少しずつ分けて薬剤を塗り、プラスチックの板に張り付けるのだ。髪が長くて量も多いと板の数も多いので、どんどん重たくなる。首が肩にめりこみそうだった。しかも、薬剤は2種類あって塗り直すので、時間もかかる。
 施術を始める前に、美容師さんに「ご飯、ちゃんと食べてきましたか?」と聞かれたことを思い出す。
 
 確かにものすごく疲れたが、私の髪は自分のものとは思えないほどサラサラになった。
 風に髪がなびく、という経験は生まれて初めてだ。嬉しかった。

 しかし、これを長く続けるのは無理だった。
 まず、料金が高い。安月給のペーペーには正直、辛い。
 それから髪がものすごく傷む。洗髪時には髪がまるで板のようになって、指が通りにくい。ドライヤーで乾かすのが怖くなる。「いいコンディショナーをたっぷり使ってくださいね」と美容師さんにも言われていたが、さもありなん。
 そういうわけで、サラサラストレートヘアの感触を数回堪能した後、あっさりやめることにした。
 次に考えたのが、逆転の発想。
 元々くせっ毛なのなら、それを利用すればいいじゃないか。
 長くした髪の下半分にゆるくパーマをかけた。裾パーマというやつだ。こうしておいて高めのポニーテールにすると勝手にクルンと巻いてくれるので収まりがいい。編んでお団子にするのも簡単に出来る。便利じゃないか。しかも、憧れていたポニーテール、だ。

 しかし、これも長く続けるのは無理だった。
 ずっとポニーテールにしていると頭が痛くなることがわかったのだ。生え際が引っ張られているのも気になる。そして、後頭部に髪があると壁や椅子にもたれられない。
 そして最大のネックは、やはり髪の傷みが半端ないということ。
 
 しばらくして、私はあっさり髪を切ることにした。周りはずいぶんびっくりして「何かあった?」とか「失恋?」とか聞かれたりもしたけど。

 短くなった私の髪に、母はご満悦だった。
「ほら、やっぱり短い方がええやろ?さっぱりして」(また「さっぱり」かい)
 いやいや、これは美容院でちゃんと切ってもらってるんやし、子どもの頃のあの、チョンチョンショートと一緒にせんといて。
 それにいろいろやってみて、自分でたどり着いた結論なんやからね。

 それ以来、私はずっとショートヘアだ。
 お風呂上がりに乾かすのも、短時間で済む。
 そして、面白いことにあれだけ嫌だったくせっ毛のおかげで、パーマ無しでもちゃんとカットさえしておけば、寝起きでもチャチャっと簡単に何とかなる(とりあえず外に出られる程度には)。
 
 今後、これを変えるつもりはない。
 今でも長い髪はやっぱり憧れだけど。
 だけど、あの数年で充分堪能したようだ。 
 やってみてよかった。
 もし、あの時期がなければ、今も心残りだったに違いない。

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