見出し画像

息をするように本を読む78〜漆原友紀「蟲師(むしし)」〜

 最初に。
 これは小説ではない。漫画である。
 感想文でコミックを紹介するのは初めてのことだ。

 私の母はずっと、漫画は子どものためにならないと考えていたようだ。自分では全く読まないのだから、たぶんに思い込みと偏見からくるものだったと思うけど。
 そのため、私は子どもの頃には漫画というものは一切買ってもらえなかった。(ある事情により「巨人の星」という野球漫画だけは例外だったが)
 
 だが、小学生も高学年になると知恵がついてきて友達の家でこっそり読ませてもらったりしていたし、中学に入るとさすがに母もそこまでうるさいことは言わなくなったので堂々と友達から借りて家に持って帰って読むようになった。自分で買うとやはりいい顔はしないので、もっぱら借りてばかりではあったが。

 改めて言うことでもないと思うが、漫画はいい。
 高度過ぎるギャグ漫画や不条理物はちょっと私にはハードルが高いのだけど、ストーリー物はそんじょそこらの小説に勝るとも劣らない作品が無限にあると思う。
 漫画のコマとコマの間を読む、ということは、物語の行と行の間を読む、ということに通じると思うのだ。
 ほぼセリフと絵だけでストーリーを表現しそれによって物語が展開する、というところも面白い。

 それから幾星霜。大人になってからもお薦めの漫画を貸してくださる方々は結構たくさんおられて、自分ではあまり持っていないのにずいぶんいろいろと読ませていただいた。

 この「蟲師」は次女が小学生のときの同級生のお母さんに薦められ、貸してもらった。
 いわゆる可愛くてきれいな絵、というわけではなく、何というか、ちょっと素朴な泥くさい絵?とでもいうのだろうか。(誉めてます)
 全体に漂う雰囲気はひたすらに静かで、そう、静謐という言葉がぴったりの作品だ。

 物語の主人公はギンコという名前の男性。年齢はいくつくらいかな、いい歳の大人だけど、おじさん、と呼ばれるとちょっと傷つく、くらいだろうか。
 髪が白く瞳は緑色。隻眼。常にタバコをくわえている。(これらにはちゃんと事情がある)
 彼の職業は、蟲師。

 現し世と彼の世の間にはそのどちらにも属さない曖昧な場所があり、そしてそこにはそこにしか棲めない極小のモノたちが棲むという。
 まだ生命と成る前の、何ものとも呼べない不確かなモノたち。
 植物か動物か、その区別もつかない、もっとずっとずっと原始的なモノ。
 意志も感情も目的もない。ただ、そこに在るだけの存在。
 やがてそれが集まり形を持ったものに成ると、こちら側へこぼれ落ちてくる。
 物陰や闇に沈み、地や森に潜り、あるいはヒトに憑く。

 それらを蟲(むし)と呼ぶ。
 必要以上に恐れる必要はないが、近づき過ぎてそれらの領分を不用意に侵すようなことをすれば、障りを受けることがある。
 そして厄介なことに、その姿を見ることが出来る者はほんの一部に限られる。
 
 ギンコたち蟲師は、蟲が引き起こす障り、病い、異常気象や怪奇現象(と人には見える)など人間にとって不都合な事象を解決することを生業にしている。
 蟲師は蟲を引き寄せる質であることも多く(ギンコもそうだ)、同じ処に長く滞在できないため、あちこち異変の起きた地域へ呼ばれて旅をしながら暮らしている。

 全部で10巻あるが、すべての巻が4、5篇の、ほっこりするもの、しんみりするもの、ゾッとするもの、後味の良いもの悪いもの、さまざまな風味の読み切り短編で構成されている。

 ギンコは、人間に障りを成す蟲を全て殺してしまうことはしない。
 愛玩動物のように愛でることも友人のように親しむこともない。
 たまたま、その存在が利に働くことも害になることもあったとしても、本来、ヒトと蟲は相容れぬもの。その存在が曖昧であればあるほど、取るべき距離は弁えておかなければならない。
 この世はヒトだけのものではない。あたかも生態系の頂点に立っているかのように見えるヒトでさえ、この世界の理りを構成しているほんの一部に過ぎないのだ。
 
 だが蟲と違って、人間には意志や損得感情、欲や情愛という厄介なものがある。
 それによって、時としてとんでもないこと、取り返しのつかないことが起きる。
 これは蟲の話であり、それに絡むヒトの物語でもあるのだ。

 この作品の舞台は日本。その時代設定は非常に大雑把で、いつとは特定できない。
 洋服を着ている者もいるが着物姿の方が多い。髪は男は散切り、女性は束ね髪か、時おりショートカットの娘もいたりする。
 電話やラジオなど文明の利器と思しき物は見当たらない。
 舞台が山奥や離島などドが付く田舎が多いということもあろうが、文房具は筆に墨、調理に囲炉裏やかまど、灯りに提灯を使っていることからも少なくとも昭和の世ではなさそうに見える。
 
 この何とも言えない、古びた世界観が作品の雰囲気に合っている。
 そして、ギンコ。
 つかみどころのないキャラクターは舞台背景と同じだ。
 感情の起伏は控えめでいつも淡々としており、声を荒げたり怒りを露わにしたりは滅多にない。
 時おり見せるズッコケやおトボケは、読者サービス、だろうか。
 
 
 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
 
 これから、夜はいっそう長くなる。
 静かな灯火の下で温かい飲み物と一緒に、一編ずつ読むのにちょうどいい作品だと思う。
 漫画なんてと思われる向きにも、いや、そういう方々にこそ、是非、ギンコと共に旅をしていただきたい。
 漫画に対する考えが変わる、かもしれない。
(ちなみにこの漫画、家族全員が見事にハマったので協議の末に全10巻をブックオフで大人買いした)

#読書感想文 #読書好き
#蟲師 #漆原友紀
#ちょっと怖い話もあります
#漫画感想文

この記事が参加している募集