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息をするように本を読む72 〜小野不由美「屍鬼」〜

 何度かnoteで書いたが、私は非常に怖がりだ。
 高いところ、暗いところ、狭いところ、広いところ、スピード。どれも厳しい。

 そして極め付きは、怖い話。
 俗に、怪談、ホラー、と言われるものが苦手だ。

 今でもそうかもしれないが、私が子どもの頃、夏といえば怪談だった。
 いつものドラマやアニメも、夏になるとなぜかスペシャル版で怪談をやる。
 あらかじめわかっている場合はいいが(最初から見ない)、たまに予告なく、いきなり不穏な空気からの怖い話になったりする。
 すぐにテレビを消してしまえばいいのだが、途中まで見てしまったらラストがわからないとなお怖い。
 結局最後まで見て、後から何日も何日も思い出しては怖い思いをすることになる。

 皆さん、怖い話を始める場合はいきなり、は、やめましょう。
 
 どうしてみんな、怖い話が好きなのか。
 わかっちゃいるのだ。
 怖い話は面白い(全部がそうとは言わないが)。
 だから、限界を探り探り、読んでみようと試みて…みたりする(こともある)。

 宮部みゆきさんの「三島屋変調百物語シリーズ」というのがあり、異聞物とか変わり怪談?とでもいうのかな、これはギリ読める。
 というか、ここまでが私の読める怪談話の限界、だ。
 ではホラーはどうか。
 
 友人に小野不由美さんの大ファンがいて。   
 彼女に小野さんの超大作「十二国記」を勧められて読んだ。(これはホラーではない。とても面白かった)
 そしてその後、この「屍鬼」を勧められた。
 
 いや、これ、ホラーでしょ。私は無理だから。
 そう? でもねー、面白いよー。
 怖がらせてやろう、ほらほら、怖いでしょう?的なホラー(駄洒落ではない)とは、ちょっと違うのよ。
 ノンフィクションとかドキュメンタリーみたいに淡々とした感じで、それでいて人の感情の動きや情景がきめ細かに描写されていて。
 まるで叙事詩のような。
 絶対、好きだと思うけどなー。

 そこまで言われると、私の性格としては無視できない。
 もし、怖くて夜中にお手洗いに行けなくなったら責任とってもらうからね。

 というわけで、私は全5巻(長い…)の1冊目のページを開いた。

 物語の舞台は、樅の森に囲まれた山深い小さな村、外場。
 そとば、と読む。
 古くは寺社所領であったこの地域に木地師が住み着いて出来た村で、後には森の樅を使って卒塔婆や棺などを作っていた。
 外場(そとば)という地名はそこからきているのかもしれない。
 
 現在、村の人口は400世帯足らずの1300人ほど。住民はほとんどが何代も前からここで暮らす地元民ばかり。新しく転入してくるのは村に縁故があるか、もしくはかなりの物好き、あるいは訳あり、だけだ。
 住民は顔見知りや親戚同士の者が多く、お互いの家の内情もよく知っていて誰が何をどこでどうしたなどの噂話は良い話も悪い話もすぐに広まる。
 恐らく、人口は今より減ることはあっても増えることはない。いつもと変わらない季節が繰り返されて停滞したまま、いつか消滅する運命を抱えた閉塞感が漂う。
 緑あふれる森の近くにあって、この村はさながら死と滅びの気配に包囲されているようだ。

 物語はさまざまな立場の住民の語りで進み、次々に視点が替わるのでちょっと目まぐるしい。
 だが、これによって住民たちが密かに抱える悩みや葛藤、住民間の微妙な関係が見えてきて、村に立ち込める不穏な気配がだんだんに浮かび上がる。
 
 始まりは夏。
 夏休み。蝉しぐれ。逃げ水。草いきれ。
 光あふれる夏の描写にも関わらず、背筋になぜかぞわぞわとする寒気が忍びよってくる。胸底にはもやもやとした重苦しさが澱む。

 その夏はいつにない酷暑だった。申しわけほどしか雨の降らなかった梅雨が早々と終わって連日うだるような暑さが続き、夜の闇すらもどろりとした濃度を湛えている。
 そんなある日、山入と呼ばれる外場村の中心からさらに山奥に入った集落で、3人しかいない住人が腐乱遺体で発見された。
 村では無責任な憶測と噂が飛び交う。
 それを境にして次々と不審な死が続く。理由のわからない病死。盆が過ぎ、秋風が吹き始める頃になってもその数は減らず、逆に拍車がかかる。
 謎の疫病か、それとも。
 疑心暗鬼と死の影が跋扈し、村を覆っていく。
 
 登場人物と視点が多いので、主人公は誰とは言いにくいのだが、あえて言えば2人。

 この村唯一の病院の若院長、敏夫と、その幼馴染で村をまとめる寺の副住職、若御院と呼ばれる静信。
 
 敏夫は医者という職業柄、現実的で合理的だ。もちろん、医学的科学的な知識もある。
 目的のためには手段を選ばないリアリスト。
 静信は住民のほとんどを占める檀家たちの心の拠り所であり取りまとめ役である寺の跡継ぎに相応しい物静かで穏やかな人格者。だが、ある事情があってそれが彼を孤独にしている。
 繊細で思索的、内省的な性格。

 やがて秋が深まる頃、村を脅かす鬼の正体が露呈する。
 だが、全てが判明したときには事態はもうどうしようもないところまで来ていた。
 絶体絶命の危機的状況に2人は全く違う決断を下す。
 あなたなら、どちらの決断を支持するだろう。
 
 最初ごちゃごちゃしていた話が、中盤にかかる辺りから一気に走り出す。
 そうなると、ラストまで一息に読みたくなる。ページを捲る手が止まらない。特に最終巻はすごかった。
 面白かった、けど。
 やっぱり怖かった。
 屍鬼と人、本当の鬼はどっちなのだろう。

 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 ホラーは苦手だが、この作品には人間の持つ業、理不尽をたたみかけるように問いかけてくる、ホラー以外の要素がたくさんあって、のめり込んで読むことが出来た。勧めてくれた友人には感謝、だ。
 が、やはり、ここらあたりが私の限界のようである。

 実は、小野不由美さんの作品にはもう一つものすごく怖い小説があるのだが、あれは私には絶対無理だ。(怖過ぎてタイトルも書けない)
 勧められても読まない、いや、読めないだろうなあ。
 

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#やっぱり怖いの苦手

 
 

 
 

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