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つれづれ雑記 *試食のお姉さん、の話②


 我が家の長女は学生のとき、食品デモンストレーター、つまり試食のお姉さんのアルバイトをしていた。
 今から6、7年も前のことである。

 彼女の許可を得て、食品デモンストレーターあるある、の話を先週書いた。

 この記事はその続編である。


 先週の記事はお客様との話を書いたので、今日は店舗との話。

 試食はお菓子やジュースなどのように小皿やコップに出せばいい物、果物のように切って楊枝を刺したら終わりという物ばかりでなく、商品によっては調理をしなければならない場合もある。
 
 例えば、ウインナーやベーコン。
 非加熱でも食べられるが、やはりちょっと炙ったほうが美味しいし、見栄えもいい。
 ドレッシングや焼肉のタレや鍋つゆ。
 これは、このままではどうにもならない。まさか、それだけを味見していただくわけにもいかないので、何か食材と一緒に調理することになる。

 あるとき、某有名メーカーの焼肉のタレの試食の仕事が回ってきた。当然、何らかの肉を焼いてタレをつけて試食していただくことになる。
 調理の試食、特に油のはねる肉は後片付けが大変なので、正直なところ、あまりしたくなかったが派遣先のスーパーが近場だったので引き受けることにしたそうだ。

 調味料の試食の場合、その調味料そのものは基本的にその店で購入して後で精算する。ラップや紙皿などの消耗品も同じである。
 しかし、どういう仕組みになっているのかは定かでないが、ほとんどの場合、調理する食材の肉や魚は店舗から提供された。(野菜についてはドレッシングや鍋つゆを担当したことがないのでわからないそうだ)
 
 この日、派遣先のスーパーでセッティングを済ませた長女が当該商品の焼肉のタレを購入しようとレジに向かっていると、売り場主任と思しき店員さんがやってきて「ご苦労様。肉はこれ、使ってね」と示したのは、何と国産黒毛和牛のステーキ肉。
「えっ、でも、これ、お高いですよね」
 100グラム700円くらいの値段が付いていたらしい。
「いいのいいの。この肉、今日、セールなのよ」
 確かに肉売り場には『国産黒毛和牛、大セール』の幟が立っていた。
 
 その幟の隣に小テーブルを設置して、長女がホットプレートで黒毛和牛肉(バックヤードで既にひと口大に切ってくれていた)を焼き始めると、店内に香ばしい匂いが広がり、あっという間に人が集まってきた。

 この日の試食は大盛況だった。
 いつもは通りかかるお客様に呼びかけて食べていただくのに、この日は声を出さなくてもお客様が立ち止まってくれる。試食の紙皿は面白いように空になり、長女は次から次と忙しく肉を焼いた。
「いつもの倍は働いたと思うな」
と後から言っていた。

 試食終了後、バックヤードで片付けをしていると、主任さんがやって来て笑顔で「お疲れ様。盛況やったねー」とねぎらってくれたそうだ。

 その日、帰宅して夕食後の食卓で会社に提出する報告書を書いていて、長女が急に笑い出した。
 
 報告書には、購入した物品、店から提供された材料、当日にお客様から寄せられたご意見、本人の所感反省などを書くのだが、そこにいちおう当該商品の当日の売り上げも書く。(前述したがこれによって彼女たちの査定が変わるわけではない。あくまで念のため)
 そのため、店舗にもよるがその日の試食販売終了までの食品売り場の売り上げの記録のコピーを渡してもらえるのだが、その記録を見ると食肉売り場でびっくりするほどダントツの売り上げをあげていたのは、例の国産黒毛和牛ステーキだったのだ。
 あの主任さんがほくほく顔だった理由がよくわかった。
「私の試食販売のおかげやね」
と、長女は肩をそびやかす。
 
 へえー。グラム700円の国産牛肉がそんなに売れるんだ。世の中にはお金持ちが多いものだと感心していて、ふと思いついた。
「それなら、タレもよく売れたでしょ」

 長女は報告書から顔を上げてペンを置き、黙って両方の手を広げた。
 え、10本?
 意外にショボいなと思っていると、
「しかも、この半分は、私が試食販売用に買ったやつだからね」
 えっ、じゃあ、実質売れたのは5本?
「えーっと、キミ、今日は何の試食だったっけ」
「タレよりも、国産黒毛和牛の売り上げのほうに貢献しちゃったみたいだね」

 そりゃ、美味しい牛肉を焼いて美味しいタレを漬けて食べたら、美味しいに決まっている。

「わー、このお肉、美味しい」
「ありがとうございます。お肉はこちらの国産黒毛和牛を焼いてます。ただ今、セールでお安くなってますよ。それから、このタレは…」(お客様、ここからは聞いてない)

 完全に主任さんにしてやられた。
 と言うか、主任さんの作戦勝ちだ。

 まあ、お得意様店舗の売り上げには貢献したから、いいんじゃないか。


 それにしても、そんなに売れたんだ、国産黒毛和牛ステーキ。さぞや美味しいのだろう。

「うん、めっちゃ美味しかったよ」
 
 ……食べたんかい。
(注 試食販売員はお客様にお出しする前に、必ず商品の味見をすることになっている)

 冒頭にも書いたが、これはもう6年近く前の話。
 今はご存知のとおり、こんな試食販売も難しい状態だ。
 出来るだけ早く、日常が戻ってくることを願う。
 

 試食販売、もうひとつ聞いた話があるのだが、続きはまた来週に。


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