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つれづれ雑記 *千両ユスラウメの話


 ユスラウメ、という木をご存知だろうか。
 漢字では、梅桃とか山桜桃とも書く。
 我が家の狭い庭に3本植わっている。
 
 あまり大きくはならない。
 3月の初めに、桜に似た、桜より少し小ぶりの白色の花が咲く。
 連休明け頃には直径1センチほどの実がなって、しばらくすると真っ赤に熟する。
 実は生食出来るが、野性味のあるさくらんぼのような味で、大きさのわりには大きい種がある。
 正直なところ、先を争って食べる、というほどではない。
 まあ、季節物ということでちょっと食べておこう、という程度だ。

 一昨年昨年と、思いの外たくさん実ができてどうしようかと思ったが、角野栄子さんの「魔女の宅急便」で、ユスラウメの実を氷砂糖で漬けてシロップにしていたのを思い出し、梅シロップを作る要領で作ってみた。
 梅ほど香りが立たないが、きれいなピンク色のシロップになった。
 ジャムにするといい、とも聞いたが種取りが面倒そうでまだ作ったことはない。

 今年も3月になった頃、ユスラウメの花が咲き始めた。  
 いつもは庭の一角が、真っ白になるほど花が咲くのだが、今年はなんだか様子が違う。
 何だか花のボリュームがずいぶん少ないような。

 近寄ってよく見てみると、木の下に花のつぼみがたくさん落ちている。
 犯人はヒヨだった。咲きかけたユスラウメのつぼみをついばんで食べてしまったのだ。狙いは花の根元の蜜だろうか。

 ということで、連休が明けても今年は実がほんの少ししかならなかった。

 いつもはそんなに大騒ぎして食べないくせに、無いとなると何だか残念だ。

 葉の影にわずかに見える赤く熟した実を探して摘み取る。
 きれいに洗ってガラスの器に盛ってテーブルに置いた。
 家族には、今年は数が少なくて貴重だから心して食べるように、と重々しく宣言した。

 「千両ユスラウメ」だからね。


 落語のネタに「千両みかん」というのがある。

 江戸時代のお話。
 突然の病いで寝込んでしまった若旦那。
 どうも恋煩いらしく、だんだんと弱っていく。
 心配したお店の主人に頼まれて、若旦那の話を聞き出した番頭さん、若旦那が寝込むほど恋焦がれているのは人間の女性では無く、みかんだと知る。一房でもいいから、甘くて美味しいみかんを食べたいとのこと。
 なんだ、そんなことか、それなら買えばよい。大事な後継ぎ息子の願い、金に糸目はつけない、と主人は言うが、今は真夏。みかんなど、どこにもあろうはずがない。

 絶対にみかんを手に入れて帰って来ると主人に宣言して店を出た番頭さん、必死でみかんを探す。
 いくつもの果物を扱う店屋を巡り、やっと辿り着いた、とある大店の大きな保存倉庫の中のたくさんの古くなって傷んだみかんの中に、ひとつだけ腐っていないきれいなみかんが見つかった。

 大喜びの番頭さんは果物屋の主人に礼を言って値段を尋ねた。
 果物屋は、お代は不要だ、そこまで望まれたらみかんも本望だろう、みかんは若旦那に差し上げる、このまま持ってお帰りなさいと答える。
 番頭さんは、それはいけない、主人からは金を惜しむなと言われている、大事な若旦那の命、人様の慈悲にすがって無料で手に入れたと言われたら店の沽券に関わる、ちゃんと買い取りますから値を言って下さい、と見栄を切った。

 せっかくの好意を蹴っ飛ばされて、ちょっとムッとした果物屋。
 そうですか、そこまでおっしゃるなら、みかんに値をつけましょう。
 真夏にみかんを欲しがるような酔狂な大金持ちのために腐るのを承知で大量に囲っているみかん。その中で腐っていなかったのはこのみかんひとつだけ。
 さすれば、このみかんの代金は小判千枚、びた一文負けられません、と言い放つ。
 慌てた番頭さん、それは無体な、ぼったくりでしょう、と言ったが、果物屋は、何が無体だ、たったひとつの貴重なみかんに値をつければそうなるのは当たり前、だから、最初に差し上げると言ったのだ、どうなさる、みかんひとつ千両で買い上げるかと迫る。
 困った番頭さんが主人に相談すると、主人は可愛い息子の命が千両なら安い、すぐに買ってこいと言う。

 番頭さんは千両でみかんを買って帰ってきた。そして、震える手で若旦那にみかんを差し出す…。

 

 おっと、少しばかり喋りすぎた。
 オチまで語ってしまうのは野暮というもの。
 ここまでにしておこう。


 ただまあ、我が家のユスラウメは、いくら数が少ないと言っても誰も千両では買ってくれないだろうなあ。


#日々のこと #エッセイ
#ユスラウメ #落語
#千両みかん