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なにもかも思った通りじゃなかった1日


「明日空いてる? 金沢来ない」という仕事関係の東京の知人からのメッセージが来たのはおとついのことだった。


彼は昭和のよい香りのする、ロックでやさしい、太っ腹な人だ。


おお、仕事の話か! となにもきかずに慌てて駆けつけた。


なのに、いきなり人身事故で1時間は軽く遅れてしまうことに。
わたしは少し、いやかなり焦った。
もし彼が、取材かなにかのアポ入れてたらまずい。


でも、着いてみたら、そこに仕事はなにもなかった。


待ちかねたようにニヤニヤしながら「よう」と改札で挨拶されただけだ。


そのまま、のどぐろの握りを塩で食べに、わたしたちは寿司屋に向かうことになった。


スズキはやさしく甘く、コクがあり、白えびの軍艦はとろりと甘く、金箔が美しく光っていた。
ああ、白身関係が最高すぎる。金沢ってすばらしい。


そのすべてがとてつもなくおいしかったけれど、最後に食べたとろだけが、なぜかびっくりするほど美味しくなくて思わず笑ってしまった。


「何時までいれるの」「8時すぎかな」と話しながら、わたしたちはそのまま21世紀美術館へ向かった。


有名なプールの作品を見たかったのに、すごい人の行列にげんなりし、そのままぐるっと芝生の庭を散歩したり、ゴーギャンの絵を思わせるひまわりの花壇を眺めたりした。


どこもかしこもインスタ映えする空間で、みんなこぞってスマホをとりまくっている。

でもそんなことも気にならないくらい、とても広大で美しい空間に、思わず心がホッとする。


天井の高いカフェに滑り込み、超巨大ないちじくケーキのパフェを食べた。


まだ見てもいないラース・フォン・トリアー監督のR18の新作映画について、二人でさも偉そうに語り合い笑い、さてこれからどうしようかと話し合った。


「肉だろう」「まじかよ」といいながら検索して見つけた肉の店。


電話をするとあきらかに迷惑そうだったが、わけのわからない一見客の予約をなんとか受けてもらい、わたしたちはタクシーでいそいそと向かうことにした。


元・会員制と聞いていたのだけれど、入ってみるとなんてことのない居酒屋風の店構えで、店長はまったく客に媚びず、自分の言いたいことだけをどんどん話す人だった。


それでもその話は牛肉の専門知識を知り尽くしたゆえんでの物言いで、知識と情報は確かだとすぐにわかった。
こういう人は絶対に外さない。


1日1、2頭をこぞって取り合う能勢牛プレミアムしかないというそのお店は、コースでも8000円で、量とその質からは考えられないくらいの価格破壊系であった。


「ちょうどお尻のところだけ、一枚あった」と教えてもらい、わたしたちは、ステーキでいただくことにした。


タンといわれなければわからないほど甘くやわらかい肉。分厚かったがサクサクと噛み切れた。


ロースもバラもこのクォリティの肉は本当にひさしぶりと泣けるほどの味わいだった。


締めのご飯は丁重に辞退。レモンシャーベットはお肉にも使っていた藻塩がかけられていて、とても濃ゆくておいしかった。


「自分たちはうさぎさんチームやな。次からは200gって言ってくれたらいいわ」


肉の焼き方から事前のオーダーの仕方まで、ぶっきらぼうにでも実直にレクチャーしてくれた店主にお礼をいい、わたしたちは雨の金沢の街を駅までゆっくり歩いた。


歩きながら今一緒に進めている仕事の話を2、3点ほど確認した。


仕事らしいものはそれで以上だ。パソコンもノートも何もいらなかった。


駅でわたしたちは握手をして別れた。
胃袋満タンのわたしは。帰りのサンダーバードは2時間半爆睡した。


なにもかもが想定外で、なぜか不思議にうまくいき、想像を超えた1日だった。


でも、これ、
仕事だと勘違いして行ったのだった。


もし遊びって聞いてたら、行っただろうか。


この速度で、迷わず。


行ったとしても、たぶんためらっただろう。
うじうじ考えたりしただろう。
そんなの贅沢だとか、余裕ないのにとか
いろいろ考えただろう。
そんな気がする。


仕事を「しなくてはいけない」
「こたえなくてはいけない」
仕事だから「いい」
遊びだから「だめ」


そんな思い込みがたくさん入っているんだな、わたし。
そう思った。


本当は
行きたいか
行きたくないか

で決めてもいいんだろうに。


きっと遊びだと聞いたなら、本音では
すぐに「うん!」と飛びつきたいと思っただろう。


そしてまずそれを認めることに、心も頭も抵抗していただろうと思う。


「そんなのだめ」「贅沢」「そんな場合じゃない」ってね。


それが「仕事」だと勘違いすることで一気に飛び越えられたのだ。なんとも皮肉なものだ。


金沢は大阪から2時間半、往復1万5000円。
日帰りでまたいこうと思う。


なにもかもが予想外の1日だった。


まるで突然鳴らされたクラッカーのように。


嬉しいサプライズの贈り物だった。

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