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都会の雪は本当に汚いか

たった今、雪が降っている。
お昼を食べ損ねそうになって慌てて近くにあるハニー珈琲に駆け込み、キーマカレーのランチセットを頼んだ。

店内はおだやかでふんわりとあたたかい。

席についてストールを外し、ガラス張りの店内でホッと息をついたとき、「都会に降る雪は汚い」、と誰かが言っていたのを思い出す。
それは東京に住んでいた20代の頃に聞いた言葉だ。
確かに東京の雪は降る端から人に踏まれ、車に潰されてすぐ灰色をしたみぞれの塊になって行く。
それでも、

きれいだ、と思った。

その気持ちを思い出した。

どうしてあの頃そう思ったのか、あれから20年以上経ってやっとわかった。

雪に綺麗も汚いもあるか。
降る雪はどれも素晴らしく美しい。
それを踏む人が、車が、汚していくだけだ。

深夜2時にやっと仕事を終えてタクシーで帰宅した日の、ふかふかと真っ白な積雪は今でもくっきりと脳裏に浮かぶ。

5時間ほど寝て無理やり起きた後には、排気ガスの煤が混ざったぐちゃぐちゃの氷になって道の端に固められてしまっていたけれど。

ひと掬いくらい家に持ち帰って、美しいままの雪を眺めて楽しめば良かった。
そう思ったが、東京暮らし10年の間に一度も実行したことはない。

ただ思うだけ。
ただ見過ごして通るだけ。
それで一部の姿だけ見て、私に都会の雪の何が語れるもんか。


ここ、北九州の雪も美しい。
どこに降る雪でも、美しい。

軽い酸味があるキーマカレーは辛さもほどよくて、全身を活性化させてくれたようだった。
汗をかくほどではないけれど、気温が下がった町にもう一度出ていくのを躊躇わずにすむほどのあたたかさが全身を巡っている。
やわらかな口当たりのホットコーヒーと水を交互に飲んで口の中の熱を覚まし、立ち上がった。

横殴りの海風が、頭上を走るモノレールに雪を叩き付けている。
コンパクトでごちゃごちゃとした小倉の駅前は、少しだけ猥雑な雰囲気が端っこにこびりついているのだが、それが存外、嫌いじゃない。
そんな景観もひっくるめて雪がすべてを霞ませていた。

一粒、手のひらで受け止めると、ぬくもりに負けてサラリと溶けた。



この雪と出会えるのは、この一瞬だけ。

あわく溶けて消える命なら、どうして汚いなんて言えようか。

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