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輪舞曲 ~ジロンド⑮完結~

「ルカのことを覚えているかい?」
「もちろんだよ。あの変わった人形のこともね。」
「久しぶりに連絡が来て少し話したのだけれど、叔父さんから譲り受けた屋敷を手放すことにしたらしい。彼の給金では、あの屋敷は維持できないからだと言っていた。早速だが、買い手もつきそうだと言っていたよ。ただ、あの叔父さん・・・彼が言うにはかなりのやり手らしいが、ただで手放すなんて考えられないからと心配していたよ。」
「そうだね。私も何度か見かけたことがあるけれど、自分以外が得をするようなことがあれば許せない、そう思っているようだったね。」
 ピエールは温かいワインを一口飲むと、そっと両手をカップで温めた。
「その叔父さんが、ルカが屋敷を手放す手続きを始めた頃に、誰から聞きつけたのか家に来たことがあったらしい。ただ、ルカの元気そうな顔を見たら、驚きすぎてしばらく動かなかったと言っていた。」
「・・・驚いた?」
「ああ。それと、息子たちはあんな風になってしまったのに、とかぶつぶつ言っていたらしいんだ。何て言っていたかはよく聞き取れなかったようだけれどね。ルカは、従兄弟のことはあまり知らないと言っていたな。」
「ふうん・・・あの人形に呪いの類が使えるようには感じなかったけれどね。もし叔父さんの息子に悪いことが起こったとしても、偶然なんじゃないかな。それに、あの屋敷自体に悪いところはなかったよ。」
「そうか、良かった。ルカはそのことを心配してたんだ。あと、あの人形!叔父さんが人形を見つけると、さっと血の気が引いてふらふらしながら出て行ってしまったらしい。」
「人形、か。じゃあ、彼も人形が動き回ることは知っていたのかもしれないな。気味の悪い人形を見たあと、息子さんたちに悪いことが起こったのかもしれない。何にしても、いわくつきの物件を押し付けるなんて個性的な人だね。」
「厄介な人と言えよ。」
「ひょっとしたら、あの人形が嫌いだと言っていたのは彼だったかもしれないな。ロラン夫人の政敵だった、ダントンに似ているらしい。わざと怖がらせて追い出したのかもしれないな。」
 ピエールは顔を引きつらせて「怖いな」と言った。
「女性を怒らせたらいけないんだよ、ピエール。たとえ、それがどんなに小さなマドモアゼルでもね。まあ、そんな話はいいとして、また彼がうるさく言ってくるかもしれないから、あの人形は手放さない方が良いかもしれないな。」
「ルカは手放す気はなさそうだったよ。僕だったら、高値で売り飛ばすのに。」
「そういう人だから、人形も彼のことが気に入ったのだろうね。君だったら、叔父さんと同じで追い返されていたかもしれない。」
「ひいっ!」
「はは。彼は私から見ても優しくて心の綺麗な人だ。世間の人は、地位や名声のある彼の叔父さんのような人に憧れるだろうけど、私に言わせると、彼こそ神から選ばれた人だと思うね。」
「珍しいな、君がそこまで人を褒めるなんて。・・・そういえばルカが言っていたのだけれど、春に結婚するらしい。式の準備で忙しいとのろけていたよ。羨ましいことだ。」
「それはおめでたいな。それで、屋敷を手放したりしている訳か。」
 ユーグは傍に置いてあった冊子を取ると、何枚か捲ってからピエールの前に置いた。
「ここ、見てごらんよ。」
「・・・ジャンヌ・ロラン直筆の・・・原稿、未発表って書いてあるじゃないか!」
「さっき届いたばかりなんだが、来月行われるオークションの案内が来てね。もしかしたらと思っていたんだ。歴史的な価値からみても、間違いなくオークションの目玉になるはずだ。」
「原稿のことは何も言っていなかったけれど、そうか・・・手放す決意をしたんだな。」
「ただ、気になるのはルカ氏の叔父さんのことだ。何か嗅ぎつけて、ややこしいことになるかもしれない。」
「それは・・・気になるところだな。」
「あの原稿にとんでもない金額がついたら、言いがかりをつけてきそうだ。まあ彼もそのことは分かっているはずだから、何かしら手を打つだろうけどね。彼と彼の新しい家族を、あの人形が守ってくれると信じよう。」
 ルカ氏の結婚生活が、革命の表舞台に出る前のロラン一家のように穏やかで優しいものでありますように、とユーグは願った。
 ピエールはワインを飲み干すと、ソファから立ち上がって外套を手に取った。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ。また面白い話があったら教えてくれよ。」
 ピエールがそう言って背中を向けた時、ユーグは窓の外を見ながら言った。まるで、明日は雨が降りそうだと言うように。
「そうだ、ピエール。・・・言い忘れていたが、ルカ氏に会う機会があれば伝えておいてくれ。いつか人形が姿を消すかもしれないが、気に病むことはないと。この世に思い残すことがなくなれば、そういうことが起こるかもしれない。むやみに探し回ったり、自分を責める必要はないよ。あの人形は、この世に残された"想い”そのものなんだ。いつまでもこの世に姿をとどめているなんて、そちらの方がよほど不幸だろう?」





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