東堂アカリ

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幸福な神父 後編

「神父さんが亡くなったそうだ。」  それは教会に通っているひとたちよりもはやく、近所のひとたちに知れわたりました。 「ひとりで住んでいるのに誰が亡くなっているのを見つけたのかね」  教会の向かいの家にすむおじいさんが言いました。 「教会に通っているひとが神父さんが倒れているのを見つけたらしい。」  だれかが答えました。 「お葬式はどうするのかしら。」  教会のとなりのとなりにすんでいるおばさんが言いました。 「教会に来ているひとたちが送りだすだろうよ。」  だれかが答えました

    • 幸福な神父 前編

       ある町の外れに小さな教会がありました。  その教会にはひとりの神父さんがいました。  日曜日になると、大勢のひとたちが神父さんの話を聞きにやってきます。  あるひとはバスに乗って、あるひとは車に乗って、また、あるひとは電車とバスに乗ってやってきました。  小さな教会はひとでいっぱいになりました。  足の悪いひとや年を取ったひとは椅子に座り、元気なひとは立って神父さんの話を聞きました。  今日の神父さんの話もすばらしいものでした。  帰っていくひとが口々に、今日の話もよいもの

      • レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 61(完)

         肌寒い日の昼過ぎ、サマーセット侯爵夫人は侍女と共に乗っていた馬車から下り、門番に来訪を告げた。ユーグが突然訪ねて来たあと、何故かスコット公爵夫妻から招待状が送られてきて、それから何度もお邪魔している。「妻と気が合いそうだと思って」とスコット公爵が言っていたとおり、スコット公爵夫人とは長年の友人だったかのように話が弾んだ。公爵夫妻の傍は居心地がよく、頻繁に行き来している。そして、時折ユーグのことを話しては、今度はいつ会えるのだろうと皆で心待ちにしている。  夫である侯爵が忙し

        • レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 60

          「そういった人が、他にもいるの・・・?」 「ええ。ごく稀にですが。」  侯爵夫人は黙って考えているようだった。しばらくすると、手元にある本に目を落としながら、小さな声で話し出す。 「これは独り言よ?・・・わたくしは小さな頃から、別の人格の記憶がはっきりとあったの。思い出すのも辛い、忌々しいものだった。」 「・・・。」 「忘れたころに鮮明な夢を見て、つい先ほど起こったかのように思い出す。そのような生活がずっと続いて、わたくしは精神的に参ってしまったこともあった。誰かに相談したく

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           そのひとは、木の陰に置いてある椅子に座って本を読んでいた。白いドレスを着て真剣な表情をしている彼女は、少女のように見える。  ユーグが隣に置いてある椅子に座ると、傍にいた侍女がそっと離れた。何かおかしいと思ったのか、女がふと顔を上げる。 「先日は失礼しました。お身体の調子はいかがですか。」 「まあ・・・!」  女は驚いたような顔をしてユーグを見る。丸く見開いた焦げ茶色の瞳が美しい。 「わたくしこそ、助けていただいてありがとう。屋敷まで送ってくださったと、侍女から聞きました。

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          「奥様の体調はいかがですか。」 「おかげさまで、次の日にはすっかり元気になったよ。しばらくは屋敷でゆっくりさせるがね。」 「それはよかったです。」  ユーグはほっとしたように息を吐いた。 「わざわざ来てもらって、ありがとう。妻とは知り合いだったのかい?」 「いえ、お見かけしたことはあるのですが。実は、奥様のことで気になることがありましてお伺いしたのです。」 「・・・ほう?」 「私は、今回仕事の関係でイギリスに来たのですが、ある方からお願いされたことがありました。それは、サマー

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           ユーグは友人であるスコット公爵と共に、公爵家の馬車である場所へ向かっていた。 「いきなり連絡して済まないね。」 「大事な友人の頼みだ、気にしないでくれたまえ。」  公爵は嫌な顔をすることなく、快く馬車を貸してくれた。 「馬車を貸してほしいとは頼んだけれど、君までついてきてほしいとは言っていませんよ。」 「なに、私がいた方がいろいろと話が進みやすいだろう?ちょうど暇だったし、付き合うよ。」  そう言ってにやりと笑う友人を、ユーグは苦笑いしながら見た。 「ところで、サマーセット

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          レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 56

           わたくしは最後までギルフォート様のことを好きになることが出来なかった。わたくしと結婚したせいでギルフォート様は処刑されることになってしまったが、わたくしだって彼と結婚さえしなければ女王になることはなかったし、処刑されることもなかっただろう。彼がわたくしに会って、最後に何が言いたいかなんて分からないし、興味もない。「助けてほしい」と言われても助けることは出来ないし、「愛してる」と言われても、その言葉に答えることが出来ない。ギルフォート様と会っても良い結果にならないと分かってい

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           塔に戻るとき、わたくしは振り返ってギルフォート様を見た。ギルフォート様も振り返り、「ジェーン!」と切羽詰まったように叫ぶ。彼が何を言おうとしていたのかは今でも分からない。ただ、わたくしたちが言葉を交わすことは許されず、彼は引きずられるようにしてわたくしから引き離された。かつて社交界で持て囃された整った顔立ちは変わっていなかったが、頬は少しこけて青白かった。出会った頃の軽薄そうな雰囲気は無くなり、おどおどとして所在なさげな印象を受けた。わたくしにとって結婚は大きな失敗だったが

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           ロンドン塔で捕らえられたわたくしは、同じ敷地の中にある看守用の住居に、ギルフォートは隣にある建物へと幽閉された。ギルフォートの居る建物には、彼の兄弟も捕らえられていた。義父も反逆者として捕らえられたので、義父の息子たちにも追手がかかったのだろう。  幽閉されてからというもの、意外にも、わたくしは今まで生きてきた中で一番快適な生活を送っていた。わたくしにつけられた侍女たちは親切で、毎日たわいもないおしゃべりを楽しんだ。塔の外へ出ることは許されなかったが、庭を散歩することは許さ

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          「それでは、行きましょう。ジャン、旦那様のことをよろしくね。」 「かしこまりました。奥様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」  侯爵家の使用人に見送られながら、アンは馬車に乗って出かけていく。 「奥様、顔色がお悪いようですが、本当にお出かけしてよろしいのでしょうか。」  馬車の中で、侍女が心配そうな顔をしてアンを覗き込む。 「ええ、大丈夫。昨日あまり眠れなかっただけ。図書館に行くのが楽しみで、寝つけなかったのかもしれないわ。」 「まあ、奥様。小さな子供みたいなことをおっしゃ

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          レディ・ジョーカーに祝杯を捧げよ 52

           やけに静かな朝だった。  早く早くと急き立てる者は誰もおらず、わたくしはゆったりと朝の仕度をした。女王となって、このようなことは初めてだった。部屋に入ってくる者はおらず、何もすることがなかったわたくしは、手紙を書こうとペンにインクを浸した。  その時、一斉に鐘の音が鳴り響いた。何が起こったのかと思い、吸い寄せられるように窓の外を見る。どうやらロンドン中の鐘が鳴っているようだと分かり、わたくしは呆然とその光景を見た。鐘の音と共に、外から賑やかな声が風にのってやってきた。まるで

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          「捕らえる?メアリー様を?」  わたくしは、思わず報告書から顔を上げて義父を見た。 「そうです。」  義父は得意げな顔で答えた。 「もう、兵士や武器も集めていますよ。女王はお忙しいでしょうし、こういったことは軍の司令官である、私の方が詳しいので。」  そう言って、出ている腹を突き出すようにのけぞる。 「なにも捕らえなくても・・・来ていただけるようにお願いしたの?わたくしが女王になるのは、前国王陛下の御遺志ですから、メアリー様もご理解いただけると思うのですが。」 「私の兄がメア

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           ロンドン塔に入り、長い廊下を進んでいると、隣で義父が「まだ市民は不安がっていますが、すぐに新しい女王の即位を歓迎するでしょう」と言った。わたくしはそれには答えず、足早に廊下を進んで行った。  翌日に、戴冠式のための王冠が届けられた。頭に載せて確認していると、義父から「ギルフォートの王冠も急いで作らせましょう、おひとりでは何かと心細いでしょうから」と言われた。わたくしは瞬時に、これが狙いだったのかと悟った。ギルフォートが女王の次に実権を握る人物になれば、義父はイングランドを思

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           実家で療養していたわたくしに、義父から呼び出しがあったのは突然のことだった。結婚直後よりは体調が良くなってはいたものの、まだ休んでいたいというのが正直な気持ちだった。しかし、義父からはすぐに来るよう連絡があり、侍女と共に義父のいる屋敷を訪ねた。  屋敷は不気味なほど静まりかえっていた。わたくしは不安になりながらも、案内された部屋へ通される。そこには義両親とギルフォート、何故がわたくしの両親が揃っていた。それだけでなく、何人かの貴族まで待っていた。わたくしが訝りながらも前へ進

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           自分の人生は間違った選択の連続だったが、一番間違いだった選択といえば、それは結婚だと断言できる。  キャサリンの死後に実家へ戻った自分に、両親はエドワード6世との結婚を進めようとした。しかし、有力な後ろ盾となるはずだったキャサリンの夫であるトマスが失脚し、結婚の話を進めることが出来なくなってしまった。   その頃のエドワード6世は体調不良で、もう長く生きられないということは誰もが知っていた。両親は出来るだけ条件の良い縁談を結ぶために奔走した。最初に結婚の話がすすめられたのは

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