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7.母と私、そして父

「お母さんと同じ顔してるな」

私の母はもうこの世界にいない。私がまだ親孝行ができる段階ではない時、母は自らの意思と行動でこの世界から姿を消してしまった。母のことは毎日のように思い出す。母がこの世界からいなくなった日のこともその次の日のことも半年後のことも1年後のことも。母がなぜ生きることをやめてしまったのか、その理由を100%正確に答えられるのは、私も父も家族にもいないかもしれない。

それでも1つの原因となったことがある。父の浮気だ。浮気と言えばいろいろな想像ができるが、後からわかったことは、父の片思いで付き合っていたわけでも不貞行為をしてたわけでもない。それでも父は、母以外の人に恋をしてしまったのだ。母がこの世界に絶望してしまったのはそれが引き金かもしれない。母は父が大好きだった。娘の私が見ても母が父を大好きなことは明確だったし、母の生きる意味は父だったのだ。前置きが長くなったが、何故私が父の母と同じ顔と思ったのかというと、おそらく母も私と同じようにうつ状態に陥っていたのだと今になって思う。

「おかえり」

その当時の私は実家暮らしだったが、勤務形態の関係で24時に帰ってくることが多く、ほとんど家族と顔を合わすことがなかった。しかし、どんなに遅くても母はいつも出迎えてくれていた。私は母のおかえりを聞くのが嬉しかったが、いつからかそのおかえりを聞くたびに母はちゃんと寝れているのか不安になっていった。思えば、母はもう何週間も眠れない夜を過ごしていたのだろう。私はそれに気づくのが完全に遅かったのだ。仕事を理由にするつもりはない。ただどうしても、今でも私に何かできることはなかったかを考えてしまう。母の不安を取り除くことができたのではないか、父がいなくても私がいるじゃないかと励ますことができたのではないか、父がしているのは単なる片思いでいずれ戻ってくるからと不確実な未来に導いてあげるべきだったんじゃないのかと。

「お父さん結婚するかもしれないわ」

父に再婚を切り出されたのは母が亡くなって3日後だった。父はウキウキしながら私に再婚相手のことを話し始めた。母の葬儀やお墓等の手続きをするため車で2時間弱父と話していたが、その時間は今でも覚えている。生き地獄だった。どこの世界に、自分の母親が亡くなって数日で娘に再婚相手の話をする父親がいるだろうか。私はこんな人と血がつながっているのか、この人は私が傷ついているのがわからないのか、母が好きだった人はこんな人だったのか。いろんな感情が私の中をぐるぐる巡っていたが、2つわかったことがあった。私はどうあがいても父の娘ということ、そして、私はもう二度と父に心を開くことはないということだ。結局父は、自分が片思いをしているという事実を最後の最後まで信じておらず、再婚すると決めていた相手はしばらくして音信不通となり、再婚話はまるでなかったことのようにされていた。

「お母さんと同じ顔してるな」

私は正式にうつ病と診断されたが、母が病院に行った形跡はなかったし、うつ病と思っていなかった可能性の方が高い。ただ、父が私と母が同じような顔に見えたということは、その表情はうつ病のそれだったのかもしれない。もし私と同じように病院に行っていれば、母の未来は変わっていたのかもしれない。でもそれはどんなに考えても叶うことのない未来なのだ。

私の母はもうこの世界にいない。でも私の父はまだこの世界にいる。私は父の言われた言葉を一生忘れない。母のことを一生忘れないのと同じくらい、父に言われたこの言葉を私はおそらく、いや、絶対に忘れないよ。


次のお話は、【8.友達と呼べる存在】です。ここまで読んでいただきありがとうございます。


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