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未来配達

【受け取る思い】と【送る思い】

○営業所

段ボールが山のように置いてある。見届勇助(22)が入ってくる。

見届「すいませーん。…アルバイトで来ました。あのー、1時から面接の者です…誰かいませんかー」

見届は段ボールを見る。門倉(33)が来る。パンを食べながら。あと2,3個買っている。

見届「面接に来ました…」

門倉「あ、えーと、見届君だっけ?」

見届「はい」

門倉「パンいる?」

見届「…パンですか?」

門倉「ちょっと買いすぎちゃって、こんないらないなーと思って」

見届「あー、いや」

門倉「まあまあ、そんな遠慮しないで」

見届「あ、じゃあ、いただきます」

門倉「はい」

門倉は食べかけをあげる。

見届「え?」

門倉「私まだいっぱいあるから」

見届「あ、どうも」

門倉「私がこの営業所の店長の門倉です」

見届「見届勇助です。あ、門倉さん」

門倉「ん?」

見届「ここの段ボールって、未来から来てるんですか?」

門倉「うん」

見届「ほんとですか!うわー。あ、そうだ、あれは?外にあった、でっかい機械」

門倉「ああ、送り君?」

見届「送り君って言うんですか?なんてかわいい名前だ。その送り君で?」

門倉「そう。未来からの配達物がこの現代にやってくるっていう仕組みだ。そして我々がそれを届ける」

見届「じゃあ、この伝票の依頼主というのが未来の人ですか?」

門倉「まあ、そういう事だね」

見届「へー。何かわくわくしますね。中身何なんですかね」

門倉「見届君」

見届「はい」

門倉「我々の仕事は、ただそこに書いてある届け先に、配達物を届ける。それだけ。余計な詮索はしない。わかった?」

見届「あ、はい」

門倉「で、見届君はこの仕事をしたいと」

見届「はい。何かロマンがありそうじゃないですか。未来の人からの贈り物なんて。人の思いが、時空をこえてやってくるんですよね。その手伝いができるなんて、夢がありますよね。凄いいい仕事だと思います」

門倉「だから、そういうのは別に関係ないから。ただ届ければいいから。普通の配達業者と一緒。それと一応言っとくけど、未来から来る物で、手紙とか、未来の情報を送ることはあまりよろしくないということで禁止になってるから。それから新聞、雑誌そういう類の物も禁止。だから君の言うロマンみたいなものは何もないから」

見届「そうですか?」

門倉「じゃあそういうことだけど。まあ、取りあえず仕事やってみる?」

見届「え?採用ですか?」

門倉「人手がいないから」

見届「ぜひよろしくお願いします」

見届は段ボールを手に取り、振る。何が入っているか音を確認する。

門倉「見届君」

見届「はい」

門倉「詮索をしない。それより、配達場所を把握しときなさい」

見届「あ、はい」

見届は荷物を見る。

見届「あれ?これって指定時間とかあるんですか?」

門倉「あるよ」

見届「これ過ぎちゃってますけど」

門倉「今すぐ行って。早く」

見届「あ、はい。じゃあ行ってきます」

門倉「ちょっと待って。未来配達の仕事は、届けるだけだからね」

見届「…行ってきます」

門倉「ちょっと見届君」

○病院

緑川まさる(20)榎本(33)ベッドの上。緑川はスマホをいじっている。

榎本は月刊マンガを見ている。榎本は爆笑に次ぐ爆笑。途中、過呼吸みたいな感じになる。

緑川は心配する。榎本、何もなかったようにまた爆笑。

榎本「あー面白れー。来月号も楽しみだな」

マンガを閉じる。

緑川「あのー、何読んでたんですか?」

榎本「あ、すいません。うるさかったですか?」

緑川「いや、そんな事はないですど、爆笑に次ぐ爆笑だったんで、何読んでんだろうと思いまして」

榎本「これ月刊マンガなんですけど、ここにね、面白いのがあるんですよ。もう思い出しただけでも笑っちゃう」

緑川「どんな話なんですか?」

榎本「いやね、主人公が(笑う)で(笑う)して、(笑う)おしゃれ着洗剤(笑う)ていう話」

緑川「全然わかんないです」

榎本「そう?面白さわかんない?」

緑川「いや、面白い面白くないではなくて、聞き取りにくくて」

榎本「いやだから、主人公が(笑う)おしゃれ着洗剤を(笑う)して、(笑う)おしゃれ着洗剤(笑う)おしゃれ着洗剤(笑う)ていう話」

緑川「やっぱりわかんないです。ていうか、おしゃれ着洗剤って言ってますよ」

榎本「そう。おしゃれ着洗剤(笑う)して…」

緑川「もういいです。わかりました、今度読まして下さい」

榎本「あー、いいですよ。すごい面白いですから」

緑川「ぜひ。あ、それより挨拶遅れまして、僕、昨日から入院することになった緑川といいます」

榎本「私は榎本と言います」

緑川「榎本さんはおいくつなんですか?」

榎本「私は33です。緑川君は若そうに見えるけど」

緑川「僕は20です」

榎本「まだ20。そんな若いのに、何で入院なんか」

緑川「それがちょっとおかしいんですよね」

榎本「おかしい?」

緑川「大門先生っていったかな?」

榎本「ああ、大門先生」

緑川「あの先生が言うには胃かいようって言うんですけど、僕は胃かいようじゃないと思うんですけどねー」

榎本「そうなの?」

緑川「だってね、僕、野菜大嫌いなんで、毎日肉しか食べないんですよ。それで胃もたれとか一回もしたことないんですよ。それなのに胃かいようはおかしくないですか?」

榎本「んー。じゃあ、ストレスとかあるんじゃないの?」

緑川「ないですよ。僕、学生ですよ」

榎本「でも学生だって、ほら人間関係とかあるでしょ?」

緑川「僕、あまり大学行ってないんでそういうのないです」

榎本「でも大学行ってないなら、進級できないとかそういう悩みが」

緑川「僕、そうなったら辞めようと思ってるんで」

榎本「そしたら、中退なんて就職活動に影響するとか」

緑川「僕、実家の八百屋継ぐんで関係ないです」

榎本「もうストレスない」

緑川「でしょ?」

榎本「待って。野菜大嫌いなのに、八百屋継ぐの?」

緑川「それかー」

緑川は胸を押さえる。

榎本「いやいや、それじゃないと思うよ。緑川君の話し聞いてて、そんなんで胃かいようならないと思う」

緑川「じゃあやっぱりおかしいですよね?」

榎本「んー、どうなんかね」

緑川「ところで、榎本さんは何で入院してるんですか?」

榎本「私はね、末期のがん」

緑川「え?」

榎本「この病院に来てね、大門先生に残り3か月って言われたのよ。もう入院して2か月以上だから、あと1か月ないかな」

榎本はマンガを掲げる。

榎本「来月号読めない」

榎本爆笑。

緑川「笑えないです。え?本当なんですか?」

榎本「ほんとほんと。あ、でもそんなしょんぼりしないで。ほんとに。さっきみたいに明るく。ほんとにほんとに。そんな泣かなくていいから。ほんとに」

緑川「泣いてはないですけど」

榎本「私はね、もう充分人生楽しんだんだよね。いつ死んでも後悔はないぐらい。だから残り1か月もやりたいことやって、ぱーと死ぬから。ほんと気にしないで」

緑川「そうなんですか」

榎本「だからほらっ」

榎本はハンカチを出す。

緑川「ごめんなさい、泣いてはないんですね」

榎本「あ、そうなの」

緑川「まあわかりました。榎本さんがそう願うなら、僕も普通でいきます」

榎本「うん。緑川君ありがとう」

緑川「はい」

榎本「よし、じゃあ踊ろうか」

緑川「何でそうなるんですか?踊らないです」

大門(40)登場。

榎本「あ、大門先生」

大門「榎本さん、どうですか、具合の方は?」

榎本「ええ、絶好調です」

大門「それはよかった。ただ、くれぐれも用心してくださいね」

榎本「わかりました」

大門「緑川さんはどうですか?」

緑川「あー、僕もそうですね…」

榎本「緑川君、聞いてみたらいいんじゃないか?」

大門「ん?何がだい?」

榎本「いや、何か緑川君が大門先生の事を、藪医者的な感じに言ってたもんで」

緑川「そんな事は言ってないじゃないですか?」

大門「藪医者?」

緑川「いや、言ってないですよ」

榎本「言っちゃえよ、緑川」

緑川「ちょっと榎本さん」

大門「緑川さん、どういう事ですか?」

緑川「そのー、僕の病気のことなんですけど、胃かいようじゃないんじゃないかなーと思いまして」

大門「いや、な、何言ってるですか、胃、胃、胃、胃かいようですよ」

榎本「動揺し過ぎでしょ。その動揺、医者としてまずいでしょ」

緑川「大門先生、本当の病名を教えて下さい。はっきりとした答えが欲しいんです。僕は大丈夫ですから。お願いします」

大門「わかりました。本当のことを伝えます。緑川さん」

緑川「はい」

大門「あなたの本当の病気は、わかりません」

緑川「…え?」

大門「ですから、ぶっちゃけわかりません」

緑川「…言ってる意味がわからないんですけど」

大門「だから、わからないって言ってるでしょうが!」

緑川「なんで逆ギレなんですか」

大門「あ、すいません。おそらく悪いことは悪いと思うんですけど、それがどう悪いのか?そしてどうなっていくのか?検討がつきません。あ、これは私がダメな医者だからとかそういうことではなくて、今の医学ではという意味ですからね。ですから私は藪医者じゃないですからね」

緑川「ああ、藪医者とか言ってないですからね。えーと、じゃあ今僕はどういう状態なんですか?」

大門「様子見です」

緑川「そうなんですかー」

大門「ただ、安心しないで下さい。何かしら悪いということは事実ですから。いつ症状が出てもおかしくないと思います」

緑川「あっ。あのー、もしかして、扁桃腺が腫れてると思うんですけど、これって」

大門「風邪です」

緑川「ああ。これは風邪ですか」

大門「間違いなくはっきり風邪です」

緑川「やっぱり」

大門「扁桃腺とかではなくて、おそらく脳の方に関係してると思われます」

緑川「脳ですか?」

大門「まだわかりませんけどね。そういうことなんで、しばらく入院してもらいます」

緑川「あ、わかりました」

大門「ではお大事に」

大門は出ていく。

緑川「わからないって事あるんですね」

榎本「まあ、胃かいようじゃないっていうモヤモヤ感が取れてよかったじゃない」

緑川「もっとでかいモヤモヤ感になりましたよ。僕はどうすればいいんですか?」

榎本「うーん」

見届が入って来る。

見届「あのー、緑川さんという方は?」

緑川「僕ですけど」

見届「未来配達という者ですけど、お届け物です」

緑川「僕に?」

見届「はい」

緑川「何でここにいるってわかったんだ?昨日入院したばっかなのに」

見届「不思議ですよね。でもそれがわかっちゃうんですよ」

緑川「何でですか?」

見届「それはですね、送り主が未来から送ってるからです」

緑川、キョトン顔。

見届「いいキョトン顔ですねー。頭の上にはてなマークが見えます」

榎本、キョトン顔。

見届「あ、負けじといいキョトン顔ですねー」

榎本「え?未来からの贈り物?」

見届「そういうことです」

緑川「ほんとにそんな事あるんですか?。え?誰からですか?」

見届「送り主は、緑川まさるさん、あなたです」

緑川「僕?」

見届「はい。ほらここにあなたの名前書いてあるでしょ?未来のあなたからです」

緑川「未来の僕?」

榎本「中は何が?」

見届「わかりません。どうぞ」

緑川は開ける。中には小瓶に錠剤が入っている。

緑川「何だこれは?」

見届「うーん。薬ですかね」

緑川は他にないか調べる。

緑川「これ何の説明もないんですかね?」

見届「手紙とかそういう物を送ることは禁止されてるんですよ。未来が変わるとかなんとかで」

緑川は小瓶を眺める。

見届「あのー、何か病気か何ですか?」

緑川「あー、まあ一応」

見届「一応?」

緑川「なんか今の医学ではわからない病気らしいです」

見届「そうですか。…ちょっと待って下さい。ひょっとしてそれ、特効薬なんじゃ」

緑川「僕も今、同じことを考えました」

見届「そうですよね。だって未来の医学ですもんね。もしかしたら万能薬ってこともありえますよ」

緑川「万能薬!確かにそれはありますね。飲みます」

榎本「ちょっと待ちなさい。自殺するための薬かもしれない」

見届「ちょっとあなた何言ってるんですか」

榎本「もし、未来でもどうにもならない病気だったら?それがとてつもない苦しい病気だったら?未来の緑川君はこう思うんじゃないかな。こんな苦しい思いをするんだったら、こうなる前に死のうって」

見届「…いやいやいや、それはないでしょう」

榎本「私も万能薬であって欲しいけども、こっちの可能性も捨てきれないでしょ」

見届「緑川さん、どっちなんですか?」

緑川「え?」

見届「自分で送ったんでしょ?」

緑川「いや、わかりませんよ」

榎本「やはり飲まない方がいい」

見届「どっちの薬なのか、試せたらいいんですけどねー」

緑川「あっ」

緑川は榎本を見る。

榎本「いやいやいや、ちょっと待って緑川君。あれ?何その目?」

緑川「榎本さん、お願いします」

榎本「イヤよ。何言っちゃってんの?」

緑川「いいじゃないですか、ほんのちょっと寿命縮むだけじゃないですか」

榎本「イヤだよ。悪い顔なってる」

見届「どういう事ですか?」

緑川「榎本さんは末期のガンで1か月後には死ぬんですよ」

見届「ちょうどいいじゃないですか」

榎本「ちょうどいいってなんだ。悪い顔なってる」

見届「緑川さんのためにお願いします」

榎本「イヤだって言ってるでしょ。それに、私はここで死ぬわけにはいかないの」

緑川「何かあるんですか?」

榎本「明日から、私の両隣に出張ホステスが日替わりで来るんだから」

緑川「何してるんですか」

榎本「最後くらい贅沢したっていいでしょ。だからその薬は飲めません」

見届「どうしましょうか。やっぱりやめときましょうか」

榎本「うん、それがいいんじゃないかな」

緑川「…飲みます」

榎本「何で?」

緑川「僕の人生、考えてみたらずっと逃げてばかりのような気がするんです。就職だって、ほんとは入りたいとこあるけど、どうせ無理だから八百屋を継ぐっていう簡単な道を選んじゃったし。何かいつもそうなんですよ、僕って。逃げてばっかで。だからノンストレスなんですよ。やっぱり勝負しないとダメですよね」

榎本「でもこれは意味が違うんじゃないかな?別に薬を飲まなくても、逃げたとかそういうことにはならないから」

緑川「いや、いいんです。僕は変わりたいんです。立ち向かって、自信を持って前を見て生きて行きたいんです」

榎本「でも、自殺するための薬だったらどうするの?」

緑川「大丈夫です。これは自殺の薬じゃない」

榎本「何を根拠に」

緑川「未来の僕ですよ?きっと病気に立ち向かってるはずです」

見届「そうですよ。この緑川さんが自殺の薬なんて送るはずがない。緑川さん、僕は応援しますよ」

緑川「ありがとうございます」

見届「榎本さん」

榎本「わかった。緑川君の勝負、見届けましょう」

緑川「榎本さん」

緑川は小瓶から薬を取り出す。

緑川「これ何錠なんですかね?」

見届「普通3錠じゃないですかね?」

榎本「15歳以上だと3錠かな?」

緑川「ちょっと1錠にします?」

見届、榎本はガッカリ顔。

緑川「3錠ですよ」

緑川は構える。見届、榎本を見る。頷き合う。

緑川「いざ」

緑川は飲む。

緑川「うっ」

緑川は苦しむ。

見届「緑川さんー」

榎本「緑川君―、吐き出せー、早く」

緑川「ち、違う。のどに引っかかる。み、水」

見届「水?榎本さん、水」

榎本「え?水ない。あ、どうしよ」

見届「え?あー、あ、ツバ、ツバ!」

榎本「ああ、よし。かーーー」

榎本はたんをからめる。緑川は嫌がり自力で薬を飲む。

緑川「あー。飲めてよかった。危うく榎本さんのツバだったよ。なんでツバなんですか?」

榎本「仕方ないだろ。水ないんだから」

緑川「でもツバはないでしょ」

榎本「水を用意していない君が悪いんだろ」

見届「ちょっと待って下さい。薬、飲みましたよね?」

緑川「はい。…あ、生きてる。万能薬だったんだ」

見届、榎本「イエ―イ」

全員抱き合う。


ー5年後の未来

○病室

緑川、榎本、大門がいる。

大門「榎本さん、大変申し上げにくいのですが、あなたの命は、もってあと3か月です」

榎本「何回言うんですかそれ。もうそのセリフ何十回と聞きましたよ。3か月過ぎる度に、あなたの命はもって3か月です。なんやかんやで5年生きてますけど。どうしてくれるんですか!漫画の連載も終わりましたよ!」

大門「あのですね、ここ数年、医学の進歩が目覚ましくてですね、毎回3か月おきぐらいに対処方が出てくるんですよ。それが5年間続いているという状態なんです」

榎本「それだったら最初から、あなたの命はあと5年ですって言って下さいよ!」

大門「いや、そう言われましてもね」

緑川「いいじゃないですか、榎本さん。死なずに生きていられるんですから。お命に感謝しましょうよ」

大門「そうですよ。いいことじゃないですか」

榎本「よくない」

緑川「何ですか?」

榎本「一番最初の、あと3か月の命と言われた時に、私は決めたの!死ぬ前に金をバンバン無駄使いするって。だから日替わりで出張ホステスを呼んだの!そしてお金を使いきった。なのに何これ。全然生きてるじゃないの!今この借金まみれをどうしてくれるの!」

緑川「それは先生のせいじゃないと思いますけど」

大門「そういうことで、榎本さんお大事に」

大門は逃げるように出ていく。

榎本「ちょっと待て。こら、藪医者」

緑川「なんで怒ってるんですか。またお命が延びてよかったじゃないですか」

榎本「まあそうだけど」

緑川「だったらいいじゃないですか。3か月のお命が、5年も生きてるんですよ。不満なんてないじゃないですか。借金なんてなんとかなります。借金よりお命です」

榎本「確かに緑川君の言う通りね。でもさ、お命ってやめてもらっていいかな?何か気になっちゃって」

緑川「え?言ってました?」

榎本「言ってたから」

緑川「あ、そうですか」

榎本「あ、そうだ。腹減らない?」

緑川「お腹ですか?」

榎本「実家から色々送ってきてね、食べる?」

緑川「何送ってきたんですか?」

榎本「蕎麦とか」

榎本は蕎麦を段ボールから取り出す。

緑川「お蕎麦ですか」

榎本「あ、イチゴとかどう?」

イチゴを取り出す。

緑川「おイチゴ」

榎本「お、付け過ぎじゃない?最近ちょくちょく付けるよね。おイチゴは普通言わないよ」

緑川「え?言ってます、そんなこと?」

榎本「いや、言ってるから。あと、アップルパイもあるよ」

緑川「アップルおパイ」

榎本「そこに付けるの?アップルパイだよ?」

緑川「アップルおパイですよね」

榎本「やめてそれ。なんかエロいもんみたくなっちゃってるから」

緑川「榎本さんって実家どこなんですか?」

榎本「奈良県だよ。まあ東京に住んでる方が遥かに長いんだけどね」

緑川「そうだったんですか」

榎本「あ、奈良漬けもあるけど」

緑川「いや、おなら漬けはちょっと」

榎本「それにお付けないで。別のモンなってるから」

緑川「僕、お野菜ダメなんで」

榎本「ああ、そうだったね。野菜嫌いだったね」

緑川「ええ。そもそも、おなら漬けはにおいがダメですけどね」

榎本「…何の臭いを言ってるのかな?奈良漬けを言ってるの?おなら漬けを言ってるの?」

緑川「なんですか?おなら漬けって」

榎本「緑川君が言ったのよ」

緑川「言ってないですよ、何言ってるんですか。でも、そうですかー。榎本さん、おならで生まれたんですね」

榎本「おならで生まれてないよ。なんかブッてやって、オギャーみたいになっちゃうでしょ」

大門がやってくる。

大門「緑川さん。わかりました」

緑川「何がですか?」

大門「あなたの病気がようやくわかりました」

緑川「え?僕の病気は何なんですか?」

大門「緑川さん、落ち着いて聞いて下さい。あなたの病名は、過丁寧症です」

緑川「過丁寧症?」

大門「丁寧過ぎてしまうという病気です。言語障害の一種です」

榎本「それはどういう症状が?」

大門「まあ、簡単に言うと、何でもおを付けてしまうという病気です」

榎本「それでか」

大門「もう症状が?」

榎本「ええ。ちょくちょく付けてますね」

大門「そうですか。この過丁寧症の厄介なところは本人の自覚がないというところです」

緑川「先生、僕は治るんでしょうか?」

大門「今のところは何とも言えません。ただ、おを付けるだけならいいんですが、これが悪化して、呂律が回らなくなり脳に障害が出るという可能性があります。まだ把握できてないのが、今の現状です」

緑川「そうなんですか」

大門「正直言いますと、未知な病気なのでどうなるのか何とも言えません。でも必ず私が治します。頑張りましょう」

緑川「あ、はい」

大門「では、お大事に」

大門は出ていく。

緑川「…」

榎本「…えーと、何だっけ?過丁寧症って言ってたっけ?まあ、その、おを付けるくらいということでね。あれよ、大丈夫よ。きっと」

緑川「…ずっと僕の病気が何なのか知りたいと思ってましたけど、いざ言われると、知りたくないもんですね」

榎本「…うん、そうだね」

緑川「僕の病気は、まだまだお時間がかかりそうだなー。榎本さん、そこのお袋いいですか?」

榎本「お袋?」

緑川「小っちゃいお袋です」

榎本「小っちゃいお袋?あ」

緑川「また変な事言ってました?」

榎本「いやいやいや、全然言ってないから」

榎本は袋を緑川に渡す。

緑川「榎本さん。お未来配達って知ってます?」

榎本「お未来配達?」

緑川「過去の人物に物を送ることができるんですよ」

緑川は袋から小瓶を取り出す。そしてラベルを剥がす。

榎本「え?今そんな事できるの?」

緑川「そうらしいんですよ。僕も過去の人物に送ってみようかなと」

榎本「誰に?」

緑川「自分です。5年前、入院してきたときの自分に」

榎本「何を?…まさか…緑川君やめなさい。確かに辛い病気かもしれない。でも、まだ充分治せる可能性もあるんだから。私を見てみなさい。3か月の命と言われて5年生きてるのよ。次の3か月後も多分死んでない。この奇跡に比べたら、緑川君の病気が治る確率の方が、きっと高いはずだから。だからやめなさい。命を…、そうだ、緑川君が私に言ったんだよ。お命に感謝しましょうって。だから、そんな薬を送ることは、私は許さない」

緑川「ちょっと、榎本さん、何言ってるんですか?」

榎本「え?あれ?それ、自殺するための薬じゃないの?」

緑川「違いますよ」

榎本「じゃあ何それ?」

緑川「これはお風邪のお薬ですよ」

榎本「え?風邪?そうなの?」

緑川「ほら、僕よく、お扁桃腺が腫れてたじゃないですか?今のこのお薬、すごい効くんですよ。だから送ってやろうかなと」

榎本「そういうことなのね」

緑川「なんですか、お自殺するための薬って?」

榎本「あ、いや、ほら、緑川君が病名聞いて落ち込んでたから」

緑川「落ち込んではないですよ。今後どうしようかなと考えてただけですよ。それに、僕はもう逃げないって決めてますから」

榎本「緑川君。君は入院して変わったね」

緑川「はい。お榎本さんのおかげです」

榎本「私は何も」

緑川「いや、そんなことないです。もう一度お榎本さんに宣言します。僕はもう、お後ろは振りかえりません。…お前だけを見て生きていきます」

榎本「プロポーズみたい」

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