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感情を制御された世界の物語、感情日替わりセット

『感情日替わりセット』

今日の感情日替わりセットは「怒り・驚き・喜び」だった。

僕はスマホの画面に表示された文字を見て、ため息をついた。
これでは、今日は仕事にやる気が出ない。
私は会社の営業マンだが、感情日替わりセットによって、毎日の仕事ぶりが左右されていた。

感情日替わりセットというシステムは、数年前から世界中で導入されているものだ。
人間は自分で自分の感情をコントロールできないということで、政府や企業や学校などが決めた特定の感情を毎日ランダムに割り当てられるようになった。その感情以外は抑制される仕組みだ。これによって、人間は平和に暮らせると言われている。

私は朝食を食べる気もなく、部屋を出た。
エレベーターで降りる途中、隣に住む女性とすれ違った。
私は彼女に挨拶をしたが、彼女は無視した。
なんで?と思ったが、すぐに我に返った。
そうか、彼女は感情日替わりセットの影響を受けているのだ。
今日の彼女の感情日替わりセットに「無」が入っているかもしれない。
だから私を無視したのだ。
普通に考えて無視するはずがない。
これでもし、今日の彼女の感情日替わりセットが「寂しい、構って、満たされたい」だったら…。
そう思うと怒りが湧いてきた。
私が勝手に想像していることだが、怒りが止まらない。
私の今日の感情日替わりセットに「怒り」が入っているからだ。

それにしても、感情日替わりセットというシステムは本当に必要なのだろうか。私はそんな疑問を抱きながら、マンションの外に出た。

私はバス停まで歩いていく途中で、道路の向こう側に恋人の姿を見つけた。
私は彼女に手を振った。

しかし、恋人は私に気づかないふりをして、別の男と歩いていった。
私は驚いた。
今日の感情日替わりセットに「驚き」が入っているからだ。

え?なんで?あれは誰?

恋人が浮気しているということなのだろうか。

私は悲しみを感じようとしたが、感じられなかった。
それは今日の感情日替わりセットには入っていなかったからだ。

私はバスに乗って会社に向かったが、頭の中は恋人のことでいっぱいだった。
私は彼女に電話をかけたが出なかった。ラインの返事がなかった。
会社に着いても、私は仕事に集中できなかった。
上司からも注意された。
私は反省したが、それ以上の感情は湧いてこなかった。
今日の感情日替わりセットには入っていなかったからだ。

仕事が終わっても、私は帰る気になれなかった。
私はバーに寄った。
隣に男性が座っていた。
そこで私は感情日替わりセットについて話した。

「あのシステムって必要なんですかね?」

すると男性は答えた。
「必要ですよ。感情を制限することで、人間は平和に暮らせるんですよ。
感情が自由だと、争いや犯罪や不幸が起きます。
それを防ぐために、感情日替わりセットは最適な組み合わせを選んでくれるんです。
最高のシステムじゃないですか」

「でも、それって自然じゃないですよね。人間は感情を自由に感じるべきだと思いませんか?」

「そうですか?ちょっとごめんなさい、私、今日、「幸せ」入っているで。それ以上、否定的な意見は聞きたくないです」

「あ、そうですか……」

私はこの人に何を言っても無駄だと思った。
可愛そうな人間だなと思いそうになったが、その感情は湧いてこなかった。
今日の感情日替わりセットには入っていなかったからだ。

私はバーを出て、家に帰った。
するとベッドの上に手紙を見つけた。
彼女の字だった。
手紙にはこう書かれていた。

「ごめんなさい。

私はあなたのことが嫌いになったわけではありません。
でも、あなたと一緒にいると感情がコントロールできなくなるのです。
感情日替わりセットに従わないと、罰が下されるかもしれない。
それが怖いの。
私は平和に暮らしたい。

だから、あなたと別れることにしました。
これが私たちにとって最善の選択だと思います。

さようなら」

私は手紙を読んで、悲しみや後悔や絶望を感じようとしたが、感じられなかった。
今日の感情日替わりセットには入っていなかったからだ。

その時、スマホが鳴った。

彼女?
私は喜んだ。
今日の感情日替わりセットで唯一使っていなかった感情だ。
そうか。ここで使うのか。
そのために今日の感情日替わりセットは「怒り・驚き・喜び」だったのか。私はバーであの男性が言っていた言葉を思い出した。
「最高のシステムじゃないですか」

しかしその喜びは空振りに終わった。
スマホが鳴ったのは、明日の感情日替わりセットの通知だった。
それは…。

「悲しみ・後悔・絶望」だった。

私はスマホを投げ捨てた。
それでも、涙は流れなかった。
今日の感情日替わりセットには入っていなかったからだ。

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