見出し画像

時空を超えた女たちの失恋話

『時空処』

〇バー

ママ(30)はカウンターに立ち、近藤(34)の話を聞き慰めていた。

ママ「まあ、近藤さん、元気出して」

近藤「元気なんて出るわけないでしょ?私のどこが悪かったの?ママ、おかわり」

ママ「はい。同じものでよろしいですか?」

近藤「うん。あ、ストレートでちょうだい」

ママ「ストレート?氷はなくて?」

近藤「ロックじゃなく、ストレートで」

ママ「あの、オレンジジュースでいいんですよね?」

近藤「うん、早く作って。ねえ、ママ」

ママ「はい」

近藤「なんで私が振られなきゃいけないわけ?こんなに彼を愛してるのに」

ママはオレンジジュースを渡す。

ママ「んー、どうなんでしょうかね?」

近藤「私はね、彼氏一筋なわけなの」

近藤はオレンジジュースを飲む。

近藤「ぬるい。氷入れて」

ママ「ですよね」

近藤はママに返す。ママは作り直している。

近藤「ママ、どう思う?」

ママ「やっぱり、氷は入れた方が…」

近藤「その話しじゃない!なんで私が振られなきゃいけないのかということ」

ママ「そっちですか」

ママは近藤にオレンジジュースを渡す。

ママ「んー、そうですね、好き過ぎちゃうっていうのも、ちょっと彼氏さんに重荷になっちゃったんじゃないんですかねー」

近藤「好き過ぎて何が悪いの?」

ママ「まあ、そうなんですけどね。なんと言いますか、近藤さんがちょっと束縛と言いますか」

近藤「束縛?」

ママ「束縛と言いますか。近藤さんはコンビニの店長で、大学生の彼がバイトで入ってきて、そしてしばらくして付き合うようになったんですよね?」

近藤「そうよ」

ママ「付き合う前は、週どのくらいバイト入ってたんでしたっけ?」

近藤「週2」

ママ「付き合ってからは?」

近藤「週6」

ママ「そこじゃないかなーと」

近藤「何が?付き合ったんだから一緒にいたいのは当たり前でしょ?それでお金も稼げて一石二鳥じゃない」

ママ「まあ、そうなんですけど。週6にするって彼氏が言ったわけじゃないんですよね?」

近藤「それはそうだけど」

ママ「20の学生ですし、友達とも遊びたいと思うんですよ。いくら好きな人と一緒といっても、ずっとバイトというのは…」

近藤「何でママにそんなことがわかるのよ?彼に聞いたわけじゃないでしょ?」

ママ「いや、んー、…はい、そうですね」

近藤「じゃあ、それは違う!ママ、おかわり。水割り」

ママ「水で割っていいんですか?」

近藤「うん、早く」

ママ「はい」

シユウ(24)が入って来る。

ママ「いらっしゃいませ」

ママは近藤に水で割ったオレンジジュースを渡す。

ママ「こちらどうぞ」

シユウは座る。

ママ「時空処にようこそ。何飲まれますか?」

シユウ「じゃあ、ビールを」

ママ「はい」

近藤「ママ」

ママ「はい」

近藤「うすい」

ママ「でしょうね」

近藤「変えて」

ママはオレンジジュースとビールを作った。シユウにビールを渡した。

ママ「この時空処は、同じ痛みを持ったものが時空を超えて集まるところです。ごゆっくりどうぞ」

シユウ「あ、はい」

シユウは不思議そうに頷いた。

近藤「ねえ、あなた」

シユウ「はい」

近藤「変なこと言うよね」

シユウ「何がですか?」

近藤「ここのママよ。同じ痛みを持ったものがとか」(過剰なものまねで)

ママ「そんな言い方はしてません」

シユウ「そういうコンセプトのお店なんじゃないんですか?」

ママ「コンセプトというか、そういう店なんです」

近藤「そう、こう言うのよ」

ママ「事実なんで」

近藤「じゃあ、何?そこにいる彼女も振られたとか?」

シユウ「え?なんでわかったんですか?」

近藤「…え?ほんとに?…いつ?」

シユウ「さっきです」

近藤「え?私もさっき振られたんだ」

シユウ「そうなんですか?」

近藤「あなた、名前は?」

シユウ「シユウと言います」

近藤「シユウさん。私は近藤。振られたもん同士仲良くしようね」

近藤は握手を求める。

シユウ「あ、そうですね」

二人は握手をする。

近藤「シユウさんはなんで振られたの?」

シユウ「言いにくいんですけど、簡単に言えば…私の浮気ですね」

近藤「浮気かあ。でもまだ彼が好きとか?」

シユウ「はい。凄い後悔してます」

近藤「そっかー。それはやっちゃったねー」

ママ「近藤さん、笑顔になってますよ」

近藤「不幸は私だけじゃないと思ったらつい。ごめんなさい。シユウさんは何をやってる人なの?」

シユウ「ギターをやってまして」

近藤「ギター?バンド?」

シユウ「はい」

近藤「なんてバンド?」

シユウ「たまねぎスターという」

近藤「たまねぎスター?また凄いバンド名だね。ねえマスター」

ママ「あ、えー、そうですね」

シユウ「彼の好きな食べ物が、たまねぎなもんで、たまねぎスターと」

近藤「たまねぎ好きなんだ。彼はいくつ?」

シユウ「22です」

近藤「何してる人なの?」

シユウ「ボーカルを」

近藤「え?バンド内恋愛?」

シユウ「そうですね」

近藤「それはちょっと、もうバンドできないよね?」

シユウ「ええ。しかもベースとの浮気がばれちゃったもんで」

近藤「え?バンド内浮気?」

シユウ「はい。もう解散しかないですね」

近藤「そうだね。でも修羅場だったでしょ?」

シユウ「彼とベースにボコボコにされました。ほんとに殺されるんじゃないかなと思ったんですが、木琴と縦笛が止めてくれて助かりました」

近藤「どういうバンドなの?木琴と縦笛がいるの?」

シユウ「はい」

近藤「え?ドラムは?」

シユウ「いないです」

近藤「ドラム入れようよ。ボーカル、ギター、ベース、木琴、縦笛?ドラム入れようよ。なんかあなたのバンドの方が興味出てきちゃったな。どんな曲やってるの?」

シユウ「激しめのやつです」

近藤「縦笛で激しめ?全くわからない。曲名とかは?」

シユウ「まー、人気あるのは、『じゃがいもパワー』とか」

近藤「じゃがいもパワー?」

シユウ「『キャロットにんじん』ですね」

近藤「キャロットにんじん?同じこと言ってるね。また凄いタイトルだね?」

シユウ「どれも彼の好きな食べ物なんですよ」

近藤「これも。そっかー、でも、浮気はダメだよね」

シユウ「はい」

近藤「まあまあ、今日は飲もうよ」

竹中(29)が入って来る。

ママ「いらっしゃいませ。こちらどうぞ」

竹中は座る。

ママ「時空処へようこそ。何飲まれますか?」

竹中「カシスウーロン」

ママ「はい」

近藤とシユウは竹中をジロジロ見ている。

近藤「ねえ、ママ、ひょっとしてあのお客も?」

マスター「ええ」

近藤「いやいや、流石にそれはないでしょ?」

ママ「この時空処は、同じ痛みを持ったものが時空を超えて集まるところです。ごゆっくりどうぞ」

ママは竹中にドリンクを渡す。

竹中「あ、はい」

近藤「あのー」

竹中「はい」

近藤「今日、振られちゃった?」

竹中「なんでわかったんですか?」

近藤「ほんとに?」

竹中「あなた、占い師ですか?」

近藤「いやいやいや」

竹中「え?どうやったんですか?」

近藤「占い師じゃないから」

竹中「じゃあ、なんで私が振られたってわかったんですか?」

近藤「それはー…えーと、…ママ説明して」

ママ「ここは、同じ痛みを持ったものが時空を超えて集まるところなんです」

竹中「…意味がわかんないですけど」

近藤「そうだよね。でもそういう事なの」

シユウ「私たちも、実は今日振られたんです」

竹中「あなた達も?」

ママ「みなさん、何気なくここへ来ましたよね?」

近藤「確かに。ここへ来ようと思って来たわけじゃない」

シユウ「私もなんとなくです」

竹中「私も」

ママ「この時空処が、同じ痛みを持ったみなさんを引き寄せたんです」

竹中「そんな事が本当にあるんですか?」

近藤「でも実際に、今日振られた3人が集まってるわけだし」

シユウ「あの、お名前は?」

竹中「竹中です」

シユウ「竹中さん。私、シユウです。バンドやってます。あ、やってました」

竹中「ミュージシャン。シユウ?どっかで見たことあるかな?」

シユウ「いやいや、全然売れてないですよ」

近藤「私は近藤です。コンビニの店長やってます」

竹中「近藤さん」

シユウ「竹中さんは、何を?」

竹中「占いを」

シユウ「占い師ですか?」

近藤「え?ちょっと私を占って下さい」

シユウ「あ、私もお願いしたいです」

竹中「今ですか?」

近藤「お金は払いますんで」

竹中「じゃあ、わかりました。では名前と生年月日を書いて下さい」

竹中は紙を渡す。

近藤「ママもやってもらえば?」

ママ「いや、私は結構」

近藤「占ってもらえばいいのに」

近藤とシユウは書いて渡す。

竹中「はい。では近藤さん。1980年生まれ。ということは、39歳」

近藤「いえ、34です」

竹中「え?34歳?」

近藤「はい」

竹中「えーと。まあ、じゃあ何を占いましょう?」

近藤「別れた彼女ともう一度、よりを戻せるかどうか」

竹中「わかりました。んー、はいはい、うん、はい、出ました」

近藤「どうですか?」

竹中「近藤さん。また付き合えます」

近藤「本当ですか?」

竹中「このまま、アタックし続ければ、きっと彼氏は帰ってきます」

近藤「ありがとうございます。いやー、諦めきれなくてアタックはしようと思ってたんですが、これを聞いて自信がつきました」

竹中「頑張って下さい」

シユウ「近藤さん、よかったですね」

近藤「ありがとう」

竹中「では、シユウさん」

シユウ「はい」

竹中「1994年。えーと25歳」

シユウ「いや、22です」

竹中「22?あ、失礼しました。では何を?」

シユウ「今後、何をやったらいいかというのを」

竹中「えーと、バンドじゃなくて?」

シユウ「まあ、バンドをやりたい気持ちはあるんですが、他の方がいいのかどうか」

竹中「なるほど、わかりました。んー、はいはい、うん、はい、出ました。シユウさん」

シユウ「はい」

竹中「あなたは残念ながら、表に出る運勢ではありません。支える側に回った方がいいでしょう。ですからマネージャーとか、そっちの方向に進んだ方がいいと出ています」

シユウ「あ、そうですか」

近藤「まあまあ、そう気を落とさないで」

シユウ「大丈夫です。趣味でやるのは問題ないんですよね?」

竹中「はい、それは」

シユウ「ありがとうございました。あ、そういえば、竹中さんも今日、振られたんですよね?すいません、自分達のことばっかで」

竹中「いえいえ」

シユウ「あのー、何で振られたんですか?」

竹中「え?いやー、そうですね…」

きよし(28)が裏口から入って来る。

きよし「ただいま。買ってきたよ」

ママ「あー、悪いわね。あ、今日、もう帰っていいよ」

きよし「え?何で?お客さんいるじゃん」

ママ「いや、今日はいいから」

きよし「みなさん、いらっしゃいませ」

全員、きよしを見る。

全員「きよし!」

きよし「え?あ!」

近藤「きよし、こんなとこでバイトしてたのか?」

きよし「近藤」

ママ「大丈夫だから」

シユウ「近藤さん、きよしと知り合いなんですか?」

近藤「知り合いも何も、付き合ってたんだから」

シユウ「え?いやいや、きよしは私と付き合ってたんですよ」

近藤「シユウさん、何を言ってるの?きよしは私の彼氏よ」

竹中「待って下さい。きよしは私の彼氏だったんですよ」

シユウ「え?ちょっと、きよし、これはどういう事だ」

きよし「今日は一段とややこしいなー」

ママ「私が説明します。この時空処は、同じ痛みを持ったものが時空を超えて集まるところなんです。みなさんは、きよしに振られたという痛みを持っている。そんなみなさんが時空を超えてやってきたんです」

シユウ「時空を超えて?」

ママ「ええ。今は2022年です」

竹中「え?2019年じゃないんですか?」

ママ「違います」

シユウ「2016年じゃ?」

ママ「違います」

近藤「ちょっと待って。てことは、時代がバラバラな、きよしに振られた人達が集まったって事?」

ママ「そうです」

近藤「そんなことが本当に?」

竹中「信じられない」

ママ「先程の竹中さんの占いで年齢が合わなかったですよね?竹中さんは2019年で計算したからです。しかし、シユウさんは2016年から来ている。近藤さんは2014年から来ている。年齢が合わないのは当然です」

竹中「なるほど。それだったら筋が通る」

近藤「そうなると、ここにいるきよしは、私の知ってるきよしじゃない?私の時代ではきよしは20」

シユウ「私の時代では、ボーカルのきよしは22です」

竹中「私の時代は25」

あけみ「今、28」

近藤「28?確かに。肌にハリがない」

ママ「わかって頂けましたか」

近藤「じゃあ、ここにいるのは歴代の彼女?」

近藤、シユウ、竹中はお互い見渡す。

シユウ「あれ?近藤?きよしの言ってた前の彼女ってあんた?お前か、ストーカーは!」

近藤「え?」

シユウ「ずっときよしをつけ回しやがって」

近藤「ちょっと何を言ってるの?シユウさん」

シユウ「触るな、変態野郎が!1か月しか付き合ってねーのに、彼女面してんじゃねーぞ」

近藤「なんでそんなに態度変わっちゃうの?」

ママ「近藤さん、あなたこれからストーカーになります」

近藤「えー」

ママ「しばらくきよしを苦しめることになります」

近藤「そうなの?ごめん、きよし。そんなつもりじゃ」

きよし「これからしないって言うんだったらいいよ。まだ、ストーカーになってないわけだし」

近藤「うん、絶対にしない。私がストーカーなんて、自分でも許せない。本当にごめんなさい」

きよし「わかった。あなたを信じる」

シユウ「あのー、ママ」

ママ「はい」

シユウ「ちなみに私は将来どうなってるんですか?」

ママ「言っちゃっていいんですか?」

シユウ「こうなったら聞きたいですね」

ママ「新たにボーカルを入れて『たまねぎスター』を再始動させます」

シユウ「またやるんですか?」

竹中「え?あなた、あのたまねぎスターのシユウさん?」

シユウ「知ってるんですか?」

竹中「知ってるも何も、今年グラミー賞取ったじゃないですか?」

シユウ「グラミー賞?」

ママ「あなた、2年後売れます」

シユウ「えー!嬉しすぎる。そっかー、売れるのか。…あれ?そう言えばさっき、マネージャーになった方がいいって」

近藤「あ、そう言えば私も、きよしにアタックし続ければいいって。全然違いますね?」

竹中「え?まあ、占いですから」

きよし「そりゃそうだよ。インチキなんだから」

近藤「え?インチキ?」

竹中「違う」

きよし「知ってんだぞ。人を騙してお金を巻き上げていることを。だから別れたんだよ」

近藤「本当なんですか?」

竹中「違う。インチキじゃない」

ママ「あなた、1年後捕まりますよ」

竹中「…」

ママ「もうやめませんか。今ならまだ間に合います」

竹中「…そうですね。わかりました。家にあるタロットカードを燃やして、水晶玉を叩き割ります」

ママ「そんな事はしなくていいんですけどね」

竹中「いや、きっぱりと辞めるにはこうでもしないと」

ママ「そうですか」

シユウ「ちょっとあんた達何なんですか?ストーカーにインチキ占い師って。そんな奴らがきよしの彼女って。きよしが可哀そうですよ。まあ、辛うじて、私が売れるからいいものを」

ママ「あなたも同じようなもんですよ。あなたの浮気で、きよしがどれだけ傷ついたと思ってるんですか?それだけじゃない。あなたのせいで、きよしはたまねぎが食べられなくなってしまったんです」

シユウ「え?そうなの?あんなに大好きだったのに?」

きよし「たまねぎを見ると、あの辛いことを思い出しちゃうから。たまねぎだけじゃなく、にんじんもじゃがいもも」

シユウ「そうだったの」

ママ「いつもカレーは具が一切ありません。わかったでしょ?あなたがどれだけきよしに辛い思いをさせたのか?あれはもうカレーライスじゃない。カレールーライスです」

シユウ「ごめんなさい。そんなことになってたなんて」

きよし「もういいよ。もう慣れたし。それに、今ではママがおいしいカレールーライス作ってくれるし。愛情たっぷりこもった」

3人「え?」

近藤「…ま…」

シユウ「…さ…」

竹内「…か…」

ママ「紹介遅れました。私が、きよしの今の彼女です」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?