イカクラゲ

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#12 (最終回)

 レジーナの宮殿の姿が近付いてくる。  セナは後部座席から焚書用の灯油ポリタンクを掴み取ると、キャップを開けてアクセルの踏み台に置いた。  足元が灯油に浸っていくのを見た後、セナはモービルか飛び降り、そのまま車体に向けてトリガーを引く。  灯油で満たされたモービルに火が燃え移り、炎を纏ったまま加速していく。  無人の燃え盛るモービルは、やがて宮殿の階段を駆け上がり、入り口前でエンジンに引火して爆発した。  耳をつんざくような爆音──降り注ぐ砂埃と瓦礫を避けながら、セナは大穴

    • #11

       クロエの粛清が終わると、セナは焚火モービルの後部座席に乗せられた。 『更生所で真っ当になって、また君と紅茶を楽しめることを祈っているよ』  去り際に放たれたレジーナの言葉が何度も反芻する。  頭の中で囁かれる度に、セナは奥歯が砕けそうなほどに噛み締める。  憎い。  憎い憎い憎い。  よくもクロエを……それも、あんな残酷な方法で。  肌に灯油をかけられ、じりじりと全身を燃やされる苦痛とは、どれほどのものなのだろうか。  醜く焼け爛れていくクロエを、ただ泣き叫んで見

      • #10

        「セナ、最近来るのが遅いじゃないか」  レジーナは不機嫌そうに鼻を鳴らす。 「すみ……ませ、ん……」  その向かい側には、ぜぇぜぇと息を切らすセナが立っている。  いつもは余裕のある足取りでやってくる彼女が、時間ギリギリで、しかも走ってくるなんて、怪しくないという方が無理な話だろう。  すっかり温くなった紅茶を寂しげに見下ろしながら、レジーナは「その──」と切り出す。 「前にも聞いたと思うが、私の知らないどこかに行っているのか?」 「いえ、そういうわけでは」 「私に

        • #7

          「はぁ──ふぅ──」  まだ体の震えが止まらない。  ベッドの上で横たわり、息を荒くするセナの姿を、クロエは満足気に見下ろしていた。  七年間、セナは様々な男と体を交えてきたが、一度とて気持ちいいとは思ったことがなかった。  少しでもまとまな男を見繕おうた思ったが、体はどこまでも正直だった。  本当は分かっていた──クロエと抱き合えば、気持ちよくなれることくらい。ただ、認めたくなかっただけだ。 「終わったか?」  扉が開き、レオが入ってくる。  セナは慌てて毛布で体を包

          #9

          「セナ、3つ聞きたいことがある」  非番が明けると、セナは早速、レジーナ直々の呼び出しがかかった。  彼女はいつも通り、紅茶を淹れてセナに差し出してきた。  いつもと比べて、明らかに紅茶の味が濃い。普段と比べて、明らかに空気がぴりぴりしている。  既に嫌な予感がしていた──まさか、クロエとの密会が漏れて……?  そんなはずは──細心の注意は払ったはずだ。 「ここのところ、体調は大丈夫か?なにか、道に落ちている物でも食べたか?」 「いえ」 「そうか。二つ目の質問だが、私は

          #8

          「セナ・フォスターだ。改めて、よろしく」 「クロエの紹介なら、しょうがないな。レオ・ベルトランだ」  正式に仲間になることを決意したセナは、レオと握手を交わす。  前に隠れ家に訪れた際には敵意剥き出しだったにも関わらず、すんなり認めてくれたようで安堵する。 「分かっていると思うが、裏切ったりしたら道連れだからな」  ──前言撤回。まだ信用はされていないようだ。 「お兄ちゃん、この人は大丈夫なの?」  レオの側に、心配そうに瞳を潤わせながら、寄り添う少女。 「心配す

          #6

          「ただいま、お客さんよ」  クロエは樹木の扉を開き、中の人間に声をかける。  セナはゆっくりと歩を進めて、樹木の中を覗き込んだ。  てっきり洞穴のようなのを想像していたが、中は意外にも天井のランプで照らされ、廊下に両側に取り付けられた扉が見える。 「そいつ、粛清者じゃねぇかよ」  わらわらと出てきた人々のうちの一人の男が、ずいっと出てきてセナのことを睨む──反応としては案の定といえよう。 「てめぇ、何しにきた?今すぐぶっ殺して……」  男が胸元に手を入れるのを見て

          #5

           一歩、また一歩と踏み出し、森の中を駆ける。  足元は濡れた土で滑りやすくなっており、泥がブーツを汚すが、セナは躊躇なく走った。  その手にはトリガーに指のかかったガンフェルノが輝いており、首謀者をすぐにでも射殺しようという、明確な殺意がこもっていた。  足を止める──がさり、と自然音とは違う草むらの揺れる音がした。  セナはその音源へと目を向け、一瞬の躊躇もなくトリガーを引く。  弾丸で引きちぎれた葉と同時に、一人の女性が悲鳴を上げて草むらから出てきた。 「正常性規範法

          #4

          「また失敗したのか?」 「申し訳ありません、総統」  レジーナは「そうだ」と思いついたように、 「もういっそ、私と結婚するか?」  セナは顔を上げた。 「ジョークだよ」 「そうでしょうね」  レジーナのジョークは、時折とんでもないので全く笑えないことがある。  先代は細かい言葉遣いや所作に非常に厳格だった先代の頃と比べて、彼女はこうした酷い冗談を言うことがあるため、内心ひやっとする。 「確かリチャードだったな。彼も上手くいきかけた女と、ことごとく別れるからなあ。君

          #3

          『あんたを産んだのは、間違いだった』  セナは母の最期を、よく覚えている。  母は同性愛者だった──だが、それを隠して男と結ばれ、セナを産んだ。  自分に嘘をつくのに限度があったのだろう。母はセナとの家庭を築きながら、別の女性と愛し合っていた。  その女性は、母の横で真っ黒な焼死体となって転がっている。  母の抱きしめるハードカバーの本には『カラーパープル』と記されていた。  寄り添う黒人女性がプリントされた小説は同性愛の要素があるため、押収、焚書の対象となっている。

          #2

           セナは黒漆の革靴を鳴らして、白くて長い廊下を歩く。  その最奥にある豪華な扉に立ち、ノックをすると「入りたまえ」と返事がかかる。 「失礼します」  金色のドアノブを捻り扉を開けると「セナ」と女性の声がかかる。 「総統、お呼びでしょうか」  総統と呼ばれた女性──レジーナはセナの立ち姿を見て微笑む。  前髪を覆うほど長い金髪に、総統のバッチがついたブラウン色の軍服とズボンの制服、黒い帽子をかぶっている。  その背後には、先代の独裁者……彼女の父親の肖像が飾られていた。

          #1

           トマスとダニエルは、息を切らしながら走った。  直線上に続くトンネルは、果てしなく長く感じられた。  出口の光は、大きくなっているのだろうか──そんな不安がトマスの胸いっぱいに支配する。  そんな不安を打ち消してくれるかのように、ダニエルはトマスの手を優しく包み込んだ。 「もうすぐ出口だ!がんばれ!」 「このトンネルを出られたら僕たち、やっと恋人になれるんだよね?」  トマスの問いに、ダニエルは「ああ」と力強く頷く。 「この国を出たら、俺たちは誰にも邪魔されない場所

          ヒロインが全員イカを貪っている以外は普通のラブコメ

          「おはよう。聡太……ジュルルルッジュボッ」  俺の耳に、透き通った声と、イカを貪り食う音が響く。  重いまぶたを開けると、マリーが俺のベッドの上で活きのいいイカを貪っていた。  マリーは、俺より一つ歳上の許嫁だ。 「ああ、おはよう……って、いきなり何するんだ?」 「ん。おはようのキス」  マリーは俺に馬乗りになると、端正な顔立ちを近付けてくる。イカの独特な臭みが鼻腔をくすぐった。  ヌチャァア……と、彼女の口からはみ出したイカの青臭さが顔の全体を覆う。  これ

          ヒロインが全員イカを貪っている以外は普通のラブコメ

          ハッピー・乳・イヤー

           除夜の鐘の音を聞くと、母乳が止まらなくなるのは、今に始まった話ではない。  あのボォ〜ンという意味もなく性的に私の乳首を刺激する音色は、毎年108発もの母乳を噴射するのも無理はない。  尚、『ハッピー・乳・イヤー』という親父ギャグは禁ずる。毎年聞きすぎて乳首に、いや、耳にタコができるというもの。  今年も私の母乳を噴出する時期が訪れた。  音というのは、人に様々な感情を与える。  元気が出る音、母乳が出る音、人を感動させる音。  何故、除夜の鐘の音を聞くと母乳が止まらなくな

          ハッピー・乳・イヤー

          そして誰もいなくなった。

           悲鳴が館内に響き渡る。  すぐさま部屋に飛び入ったのは、メイドの一人。  倒れていたのは、死体となった館の主人の姿だった。 「ご主人様⁉︎ 主人様が! ……おや?」  倒れた主人の前には、謎の白い粉が床にこぼれていた。  気になったメイドは、指の腹で粉を取って舐める。 「ペロッ、こ、これは青酸カリ⁉︎ ……げふぅーっ‼︎」  メイドは主人と重なるように倒れて死んだ。 「な、なんだ⁉︎」  メイドの死んだ直後、執事が入ってくる。 「メイドと主人様が……ん? なんだこの粉は……

          そして誰もいなくなった。

          マルクス資本論のブックカバーをエロ本につけて電車で読むつもりがエロ本のブックカバーをマルクス資本論につけて来てしまった男の話

           人はどうあろうと、やはり愚かなものである。  それはどうやら、マルクス資本論のブックカバーをエロ本につけて電車で読むつもりが、エロ本のブックカバーをつけたマルクス資本論を持ってきてしまった私にも該当していると言わざるを得ない。  大学中退後、家に引きこもり親の脛を貪り尽くす生活を始めて早十五年の私の人生において、マルクス資本論などに興味を示すはずもなく、興味があるのは『亀甲縛り幼女の搾乳絵巻』である。  労働などしたこともない私にとって、資本家による労働者の搾取が……な

          マルクス資本論のブックカバーをエロ本につけて電車で読むつもりがエロ本のブックカバーをマルクス資本論につけて来てしまった男の話