見出し画像

週1エッセイ#12「5月14日」

5月14日。この日は絶対に忘れてはいけない日。大人になっても忘れることが出来ない日。

小学2年生の私は焦っていた。
「どうしよう、まだ用意してないよ。お母さん、デパート連れて行って」

絶対に当日までに用意しないと、私の小学生人生が終わる。友達が居なくなる。
「ねぇ、くれなかったら絶交だからね」
強い口調の<あの子>の顔がフラッシュバックする。

5月14日ーーこの日は同じマンションに住んでいる同級生「ミーちゃん」の誕生日だ。
ミーちゃん。彼女のことをポップに一言で表すと「ジャイアン」だ。

「誕生日プレゼントくれないと絶交だからね」
5月が始まってからというもの、彼女は毎日のようにそう言っていた。

「絶交」という言葉は私が教えた。教えてしまった。


「こどもチャレンジ」のビデオに出てくる登場人物が「絶交だ!」と言い合ってその後仲直りしたというエピソードがあった。
そのお話の内容を1から10まできちんと伝えるべきだったのだが、小学2年生の私にそんな丁寧な仕事は出来なかった。とにかく衝撃的な「絶交」という覚えたての言葉とその意味だけをミーちゃんに教えてしまった。

「絶交って何?」
「絶交って、友達をやめるって事だよ」

ビデオの中でキャラクター達がこんな会話をしていた。
こんな衝撃的な意味の言葉があるなんて……この驚きを誰かと共有したくなってしまったのだろう。
ドジな私はミーちゃんにとんでもなく切れ味の良い武器を渡してしまった。
ミーちゃんはしばらく「絶交」という言葉を使って欲しいものを手に入れまくった。

あなたの食べてるお菓子が欲しいとか、先におもちゃで遊ばせろとか、そういう小さなことではあったが、ことあるごとに彼女は「絶交」という言葉を振りかざし、仲の良い友人達を脅した。私は同じマンションに住んでいる事もあり彼女と毎日のように遊んでいたので、ミーちゃんの「絶交」には振り回されっぱなしだった。


タイムマシンがあれば「おい、目を覚ませ!絶交?望むところだ!そんな事より今2001年だろ?新宿のルミネに新しく出来た吉本の劇場に行こう!今のうちに目に焼き付けとくんだ!」と幼い私を誘拐して、当時若手だった推し達に会いに行くところだが……それはできない。


ミーちゃんとの絶交が怖い私は、オープンしたてのルミネtheよしもと……ではなく、家から一番近いデパートに、母と一緒にプレゼントを選びに行った。

私が選んだミーちゃんの誕生日プレゼントは、タイルシールやおはじきシール、そしてサンエックスのキャラクターが描かれた小さいメモ帳だった。
この頃は「シール交換」が流行っていて、小学生女子達はシール帳に自分のコレクションしたシールを貼って、友人達と交換し合っていた。
そして、学校の机の引き出しには何種類ものキャラクターのメモ帳が入っていたものだった。
「タイルシールなんて、私一個も持ってないよ……」

ああ、このシールもメモ帳も、私のものだったらいいのに。
なんでいじめっこのミーちゃんに、こんなに可愛いものをあげないといけないんだろう。

親が運転する車の中で、少し憂鬱な気分になった。


そして、5月14日は容赦なくやってきた。
マンションの階段を降りて、ひとつ下の階のミーちゃんの部屋に向かう。
すると、エントランスの方向から、見覚えのある陰が見えた。
アイちゃんだ。私とミーちゃんの住むマンションから徒歩5分くらいの場所に住んでいる、同級生のアイちゃん。登下校はミーちゃん、アイちゃん、私の3人でいつも一緒だった。

アイちゃんも私に気がつき、駆け足でこちらに向かってきた。
「ねえ、持ってきた?」
「持ってきたよ。だって持ってこないと」
「絶交だもんね」
私達はため息をついた。
アイちゃんも、わがままミーちゃんの被害者だった。

女王様の待つ104号室のインターホンを押すと、2匹のミニチュアダックスフンドが全速力で走ってくる音が聞こえる。
私はこの2匹の犬が苦手だった。
今でこそ犬が大好きな私だが、この家の2匹に関してはラスボスの家で飼われているケルベロスのように見えていた。犬は悪くない。完全に飼い主のせいだ。

「いらっしゃい!」
ケルベロスを両手で制しながら、ミーちゃんは私達を部屋の中に招き入れた。
早速プレゼントお渡し会だ。
「わぁ、2人のプレゼント、どっちも可愛い!ありがとう!」
ああ、よかった。喜んでくれた。私はほっと胸を撫で下ろした。
結局彼女を前にすると、車の中で「なんであの子にプレゼントをあげないといけないんだ」などと考えていたことは忘れてしまう。

さて、ミーちゃんの家で遊ぶとなると、やることは決まっている。

ミーちゃんが押し入れからラジカセを取り出す。
「今日はモー娘。にしよっかな」
LOVEマシーンに合わせてミーちゃんが踊り出す。
ダンスが大好きなミーちゃんは、自宅の和室で私達に渾身のパフォーマンスを披露した。
「さ、次はアイちゃんだよ。なんの曲にする?」
アイちゃんはミニモニ。のCDを選んで、前に出てきて踊り出した。
何故か本物のモーニング娘。やミニモニ。のようにみんなで踊るということはなく、1人ずつ前に出てきて踊るというスタイルのシュールな遊びをしていた。
そしてこれまた何故か私は5回に1回くらいしか踊らせてもらえなかったが、別に踊りたくもなかった。
本当はNINTENDO64やゲームボーイで遊んでいる方が楽しかったが、そんなことを言えばまた「絶交」と言われる気がして、ただただ2人の踊りを眺めていた。

とにかく5月14日を無事に迎えられた事に安心した。これで私の日常は守られた。ミーちゃんに対して不満はあったが、絶交する事の方が怖かった。

夕方の鐘が鳴り、私とアイちゃんはミーちゃんの部屋を後にした。
私は自分の部屋に帰るなり、黄色いゲームボーイのスイッチを入れた。
「ミーちゃんより、ほんとはこっちのほうが楽しいや」

でも、そんな事を言えるはずがない。ミーちゃんから離れる方法は無いし、こうやって毎日ミーちゃんのわがままに付き合って、家に帰ってからゲームに癒されるしかない。


そんな私の生活をガラリと変える出来事が数ヶ月後に起こるのだが、それはまた次回。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?