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11歳だった~あの子もかつては子供でした~

3月14日、ホワイトデー───
一般的にバレンタインデーにチョコレートなどをもらった男性がそのお返しとしてキャンディ、マシュマロ、ホワイトチョコレートなどのプレゼントを女性へ贈る日とされる。※Wikipediaより

大人になってからのバレンタインデーだホワイトデーだったりは、その時付き合っている男の子とあとは2月上旬に来店した本指名にチョコレート贈る日と見返りをいただく日という形式的な愛やら義理の受け渡しをする定例行事に成れ果ててしまった。
そもそもこの日に限らず僕は告白をしたりされたりという段階を踏まえないまま気がついたら交際がスタートしていたような恋愛遍歴ばかりだったのだが、そんな僕にだってこの日に特別な思い出の一つくらいはある。

あれは小学5年生の時だったから、ああそうか。ちょうど30年も前の話しになるのか。30年も昔の話しを色褪せることなく鮮明に覚えていられる僕の執念深さには恐れ入ってしまう。

僕は所謂虐められっ子だった。
子供社会というものは大人が思うよりも非常に複雑に構築されていて、昨日までクラスメイトに溶け込んで笑顔を振りまいていた児童がある日突然虐めの対象になったり加害者に豹変したりする事がある。

虐められる方にも原因があると言われてしまえばそうなのだろうけど、原因は何か解らなかったし今でも解らない。
運動神経が悪くトロそうなくせに頭の回転が若干早く、こましゃくれていてなんとなくいけ好かんお嬢さんだったというのは我ながら想像に容易いので、恐らくそこいら辺が嫌われる最初の原因だったのではないかと推測はしている。
原因はしっかり解らなくともキッカケはハッキリ覚えている。
体格の割に二次成長の訪れが早かった僕は、他のクラスメイトよりも早く大人と同じ形をしたブラジャーが必要になっていたし、初潮も最速で迎えてしまったのだ。
非常に理不尽だが、性に芽生えた前後の子供達にとって早過ぎた二次成長期の訪れは、何となくいけ好かんクラスメイトを『エロいやつ』だと、からかってもいいし虐めてやってもいいという、大義名分を堂々と得た瞬間だったことに間違いはない。

ランドセルの中のポーチからナプキンを奪われ名前入りで黒板に貼り付けられたりだとか、保護者へのプリントをクシャクシャにされてから渡されるとか、そういう不快であるけれど実害が小規模の嫌がらせを放っておいたら何だか段々エスカレートしてしまって、座布団代わりに使用していた防災頭巾を被せておく母親が作った座布団ケースを赤の油性ペンで塗り潰されたりだとか、登校すると上履きを探す事からスタートするだとか、やっと見つけた上履きに『生理女』とマジックで書かれていたから仕方なく来客用のスリッパを履かされたりだとか、実害が大きめな虐めに発展していった。

サイズがキツくなったからと嘘を付き上履きを買い直して貰ったり、お気に入りだった母手作りの座布団カバーを修復不可能に汚されるのは堪えたけど、上履きは毎日持ち帰ればこれ以上の被害を逃れるし、座布団カバーは一先ず裏返して使用すれば問題なかったので、コイツらにだけは屈しまいと変な闘争心を燃やしてしまいより生意気になってしまった僕は、結果的に子供の知恵で思いつく限りの虐めをしてもいい存在として明確に認知されてしまう児童に成り果てた。

給食には連日ゴミやらチョークの粉が混ぜられていて食べられる状態で無かったので口を付けなかった。
そんな僕に担任はゴミだけ取り除いて食べればいいでしょ、と無茶振りをしてきた。要するに担任も加担者の一員だったのだ。ニヤニヤするクラスメイトを前に僕は返す。
『だったら先生のと交換してください。あたしんちゴミとか入ったご飯は食べてこなかったんで』
成程11歳でこれは可愛げが無い。担任も担任だが僕も大概だ。
担任は目を三角に釣り上げて、そんなだからあんたは虐められんのよ!と隣の教室にまで響くようなヒステリックな声で怒鳴っていた。結局給食は交換してくれる訳でもないし、僕の提案に対して全く明後日の方向の返答をするし、教師って仕事は子供しか相手にしていないからなのか常識が無いんだなと落胆にも似た納得をした。

そんなある日、僕の虐めの比較的中心的人物だった女の子が初潮を迎えた。突然の事だったのだろう。トイレの前で困ったように立ち尽くしていた。僕はそいつの事が嫌いだったけれど、たまたまそこに居合わせてしまったので持っていたナプキンを1つそいつにくれてやった。
『そんな困んなくても、どうせ来年か再来年にはみんなも来てるよせーり』
僕は助太刀するつもりもマウントを取るつもりもナプキンに恩を着せるつもりも無かった。
けれど虐めの対象者から結果的にフォローされてしまったという事実は、彼女のプライドをズタズタに引き裂いてしまうに値する出来事だったらしい。
トイレから出てしゃくり上げながらオイオイ泣く彼女を見た周囲からは、なんだか知らんけどそこに居た僕が泣かせたに違いないという話しで纏まってしまった。
初潮を迎えたばかりのその子は特に肯定も否定もせずに引き続きメソメソ泣いていたので、自身の立場を省みずナプキンを渡してしまった僕は四面楚歌に陥った。
余計なことをしたな保健室に行かせれば良かったと思ったけれど後の祭りだ。

かくして虐められっ子の癖にクラスのヒエラルキー上層部に君臨している彼女を泣かせてしまった僕の風当たりは益々強くなった。
次の日登校すると教科書が真っ黒に塗り潰されていた。持ち帰らなかった僕が悪いのだろうけど、こちらは毎日上履きを持ち帰らされている身なので少しでも荷物の軽量化をはかりたかったのだから大目に見て頂きたい。
教科書は6年生になったら新しいものを貰える。教科書を使うのも実質あと数週間程度だ。隣のクラスにも借りれるような友達は居なかったけれど、隣の席だった男の子がいつも机を寄せて見せてくれた。
僕は当時その男の子の事が好きだったので、ここぞとばかりに寄り添う。
『またやられたん?』
『うん教科書全部真っ黒。でももうすぐ教科書変わるし。ゴメンね毎日借りて』
授業中に小さな声で囁くと必然的に距離がより近くなる。
教科書だけじゃない、ゴミの入った給食を食べなかっ僕に揚げパンをくれた時もあったし、父兄に渡すクシャクシャにされたプリントも、兄貴が同じの貰ってる筈だからと交換してくれたり、何かと世話を焼いてくれていた。
僕の筆箱の中にはトンボ鉛筆が4本。
そのうちの一本、少しだけ短いものは先日彼がくれたものだった。
『そういう地味なのだったら、俺のだと思って折られないと思うから一本やるよ』
『そっか。サンリオの鉛筆だから、あたしのだってバレて折られんのか』
2人で声を殺して笑って、キャラクター物の鉛筆を卒業したら成程、もう鉛筆を折られることはなくなった。
5年生の教室は隣と席と10センチ程の感覚が空いていたけれど、僕たちの席はいつも殆どピッタリくっ付いて並んでいた。

虐められっ子をかばうと必然的にそいつが次のターゲットとなるのが小中学生の独自規約だった筈だが、彼は所謂陽キャでサッカークラブのエースだか何だかで、学級役員や児童会役員も務めていて、僕はもとより誰にでも分け隔てなく接する人気者だったので彼に逆らう者はいなかった。
人気者の彼が仲良さ気に喋っているやつなら…と彼と仲良かった男の子らも徐々に話し掛けてくれるようなり、話してみると僕の家には当時話題だったスーファミのソフトが殆ど全部揃っているということが発覚して放課後遊びにやってくる男の子も増えた。その中の一人に彼も居た。
そんな訳で当然女の子からはますます嫌われ孤立したけれど、好きな男の子が近くに居たから特に寂しくも辛くも無かった。

バレンタインデーを迎えたその日。僕はランドセルにチョコレートを入れて登校した。
近くのショッピングセンターでお小遣いで買ったそれは、店員さんの手で赤いラッピング用紙に美しく包まれていて、青いリボンが巻かれていた。
『今日、渡したいものあるから待っててもいい?』
『サッカーの練習終わってからになるから少し遅くなるけど、いい?』
明らかにバレンタインデーを意識した約束を授業中小さな声で交わす。

放課後僕は教室からグラウンドでサッカーボールを蹴る男の子たちを眺めていた。
サッカーのルールは相手側のゴールにボールを入れること以外ちっとも解らなかったけど、素人目に見ても彼のスポーツの才能が周りの少年らから軍を抜いているというのは伝わった。

『こんな時間まで何してんの?』
振り返ると僕の事を嫌いっている女の子が6人、僕を囲んでいた。あの時ナプキンを渡した女の子もその中に居る。
トロい僕は机に引っ掛けていたランドセルをこじ開けられてチョコレートを奪われてしまった。
『エロ女のクセに男子に告白するとかキモいんだよ』
奪われたチョコレートの箱は代わる代わるその子たちの手で投げたり落とされたりして、とても渡せる状態ではなくなってしまった。
それでも懸命に奪い返しを試みたけれど、背が低く運動神経の悪い僕には勝てる要素がまるでない。
『アンタが直接渡すよりはまだマシだろうから───クンにはウチらから渡しといたげるから、それまでここで待ってなよ』
僕は6人がかりで抱え込まれるように焼却炉に放り込まれて閉じこめられた。
勿論子供ながらに焼き殺すつもりは無かったのだろう。焼却炉に火の気は無い。
とはいえ好きな男の子と約束をしていたはずなのに暗い焼却炉の中にゴミと共に放り込まれた心が痛かったし、放り込まれる時に擦りむいたんであろう両膝が痛かった。
焼却炉の扉は中からは開けられそうにない。だけど用務員のおじさんは下校時間を過ぎてから焼却作業を始めるはずだから、もうすぐ開けてもらえるだろう。

ただ約束をした彼が気がかりだった。悪いことしちゃったなぁ、彼にも、一緒にチョコレートを選んでくれた母やラッピングをしてくれた店員のお姉さんにも。鼻の奥がツンとして、泣くものかという気持と、そうまでして泣かない事になんぼ程の意味があるのかという気持ちが同時に沸いたのがおかしくて、結局何だか泣くに泣けないで、仕方ないから用務員のおじさんがやってくるのを暗くて焦げ臭い焼却炉の中で待った。
程なくして焼却炉の扉が開いた際、ようやく救出されたというか、自ら這い出た僕に驚いた用務員のおじさんはこんなところで何をしてんだと怒鳴った。怒鳴った、というよりは驚いて大きな声が出てしまったのだろう。でも僕は散々な目にあった後のようやくの脱出のタイミングで大きな声を上げられてしまって、何だか釈然としなくて無茶苦茶に腹が立った。
『何してるって5年生にもなってこんなとこ自分から入る訳ないでしょ、常識的に考えて』
完全に八つ当たりで睨み返す僕に用務員のおじさんは少し慌てて、誰にやられたんだとかクラスは何組だとか担任の先生は誰だとか聞いてくれたけど答える気にはなれなかった。
『こっから出れたからもう何でもいいです。さようなら』
焼却炉の前に落ちているランドセルを拾って背負う。
よく見ると僕の両手は焼却炉の煤で真っ黒になっていて、靴下も服も所々汚れていた。両膝は案の定擦りむいて血が滲んでいた。待たせてしまった彼は流石に帰っているだろう。僕も早く家に帰りたい。

『居ないから探してたんだけど、どうした?』
帰ろうとした校門の前には彼が居た。待たせてしまった事にも、こんなボロボロの姿で会ってしまった事にも、肝心のチョコレートが奪われてしまっていた事にも、全てがいたたまれない。
『渡すものあるって言ったのに、渡せなくっなっちゃって、こんな時間まで待たせてごめんね。でもあたしもう帰んないとなんだわ』
今すぐここから走って逃げたかったけど僕の体育は2だったし、両膝を擦りむいていたし、ここで転んじゃったら取り返しが付かないくらい最高に格好悪いから慎重に彼から離れねば。

ボロボロの姿で帰宅した僕を驚いて迎えた母にチョコレートを渡せなかった事情を話すと、こんなの酷いよと泣いて怒ってくれた。
少女のような母なので、流石に焼却炉に閉じ込められていたなんて知ったら卒倒してしまうだろう。奪われたチョコレート追いかけている時に幾度か転んだ事にしておいた。けれど僕が卒倒させなかったせいで、学校に話すと今にも電話を掛けそうな母を慌てて止める。
『どうせ勉強に必要無いものを持ってきたあたしが悪いってなるから学校には余計な連絡しないで。先生なんてホント何も使えないんだからさ』
あの女教師も加担者なのだとは言えなかった。
釈然としない顔の母を宥めて風呂に入っても爪の間の煤がいつまでも取れないのが悔しかった。

翌朝登校すると、僕の机の中───お道具箱の中に昨日奪われたチョコレートが見るも無惨な状態で入っていた。包装紙は敗れ箱も潰れリボンは靴底の跡が付いていた。
『───クンに渡してあげたかったんだけど、アンタからのチョコなんてどうしても受け取りたくなかったみたいで、何回も投げ捨ててたからちょっと汚れちゃったー』
昨日の彼女達は嬉しそうにキャッキャッと声を上げて笑って説明してくれた。何も答えず急いでランドセルにしまったチョコレートは今度こそ誰にも奪われることはなかったけれど、誰にも渡す事なくコッソリゴミ箱の中に放り込んだ。

その日以降も彼は教科書を見せてくれたり、話しかけたりしてくれたりと普段と変わらずに接してくれたけれど、僕は何だか気まずくなってしまって自分から彼に話しかけたり彼の前で笑える事はもう無くなってしまった。

もうすぐ春休みを迎える3/14。
もう殆どこちらから話しかけることは無くなっていた彼が、放課後突然僕の家のチャイムを押した。驚いてドアを開けると可愛い紙袋を手渡してくれる。
『何、これ…』
どういう反応をしていいのか解らない。だっては僕は待たせるだけ待たせて彼にチョコレートを渡せなかったじゃないか。
『今日ホワイトデーだから』
『あたし何も渡せてないよ』
渡せていないどころか焼却炉から這い出た煤だらけの姿で現れてしまった1か月前の記憶がフラッシュバックする。
『直接は受けとってないけど、でも俺、多分気持は受けとってる、から』
じゃ明日ね、彼はそう言って帰っていった。
紙袋の中身はかつて僕が使っていた折られてしまった鉛筆と同じキャラクターが描かれた瓶入りのキャンディーだった。
鼻の奥が痛くなって奥歯がカチカチ鳴って、心臓が握られたような感覚に襲われて、僕はその時虐めを受けてから初めて泣いた。

クラス替えが無かったので6年生になっても僕は相変わらず嫌われたり虐められたりしていたし、彼とは隣同士の席ではなくなってしまったけれど、辛くなった時は彼がくれた瓶からキャンディーを取り出して口の中に放り込んだ。キャンディーが少なくなってきたら自分のお小遣い買ってきたキャンディーを時々その瓶に補充していた。

5年生から受け持ちが変わらなかった担任は相変わらず信頼出来なかったし、小さな嫌がらせも受けていたけれど、4年生の時の担任の先生がいつも心配してくれて毎日持ち帰っていた上履きを預かってくれるようになったので教科書を持ち帰る余裕が出来て、落書きされる事は無くなった。
給食には相変わらずチョークの粉が入っていたし、体育の授業でペアを組む相手は見つけられなかったけれど、僕は5年生の時より少しだけ知恵を付けて逞しくなって更に可愛げが無くなっていたし、他の子も徐々に初潮を迎え始め、もう月経は虐めのネタに出来なくなっていた。

卒業を控えた2月、僕はようやく1年越しのチョコレートを彼に渡す事になる。
『去年、渡しそびれた分』
好きですだとか、ありがとうだとか、可愛い言葉を何一つ言えなかった。
それでもありがとうと受けってくれた彼と、その年の中学生になる前の春休み、自転車で行けるギリギリの距離にある動物園に一緒に行った。

それが僕にとって殆ど唯一の小学校時代の思い出で、ほろ苦くても可愛らしい初恋の記憶になって、今でも僕を支えている。

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