【要約と学術的意義】阿部美由起「ゴーフリット・ゼンパーの素材概念」『美學』第51巻4号(204号)2001年3月31日刊行

(1)要約
本稿では、19世紀の建築家ゴーフリット・ゼンパー(1803-1879)の素材概念についての考察を行なっている。ゼンパーの建築思想において、素材は非常に重要な要素として位置を占めていている。例えば、「目的に応じた素材と技術」によってできる建築や芸術が彼にとって理想のものとしているのだ。

このゼンパーの素材を重要視する視点は、美術史家アロイス・リーグルらによって「唯物論的」であると言われる。しかし、そのようなリーグルの態度は織物を芸術の根源とみなしたゼンパーの思想に対して触発されたものであると著者は考察する。リーグルは、装飾を生み出す行為を素材の制約を超えていく<芸術意思>という新しい概念を提唱は有名だが、これも工芸というジャンルを引き上げたゼンパーの理論を土台として、自己の概念をわかりやすく広めようとした戦略的な評価であるとも言えるのである。

また著者は当時、素材という言葉がどのように扱われていたということを、物質という言葉と比較して論じている。またゼンパーが自らの建築理論として素材を重要視し、物質は社会的な批判として用いていたことを明らかにしていく。そして、素材、技術、目的が一致して、創造物(芸術)の源を、織物の構造におく彼の有名な理論<被膜の論理>に触れる。                                

以上のような歴史的な背景を前提に、著者は『様式論』から彼の延べる素材論を四つの分類を行う。それは以下のようなものである。

(1)受動的なものとしての素材
 →無理やり操られるままの存在
(2)能動的なものとしての素材
 →芸術や建築の象徴的役割において、素材が積極的にその役割を果たす
(3)自然科学的素材と素材の否定性
 →木彫で完成された彫刻が、大理石、ブロンズへと変化していくように、一度様式として完成されたものは「素材性の否定」という表現によって違う素材に置き換わる。そこにはシンボルそのものが強調され、人間社会においては記号が機能するように重要なことであるとゼンパーは説く。
(4)「より高度な」素材
 →そこに現れたものに対して人間そのものが素材となるようなもの

として分類を行った。

(2)学術的意義
2001年まで、ゼンパーの素材についての議論はあまり語られてこなかった。著者による、「素材」の概念の整理を行っている。
それは、

①19世紀の社会において、技術批判のキイワード
②作品形式の生成においては素材が影響力を持つもののそれが唯一の要素ではなく、むしろ実際には素材性の否定こそが主張されていること
③更に人間までもが素材に組み込まれているいること            
                                      」

が明らかになった。
ゼンパーは唯物論者として言われている一面があれば、このような頑固とした素材概念の特殊性や多層的であることによることが理解できる。ゼンパーのいうこの特殊な理解が、後の美學/芸術理論にいかなる影響を与えてたか、検討することによって様々な理解が深まるのではないかと思われる。
例えば①能動的なしようとしては、モリス、ラスキンの扱い方
②に関しては、ロースなどの建築。あるいは、芸術と自然科学の関係
ゼンパーの特殊な素材の分類は、当時のヨーロッパやドイツ文化圏の思想環境を研究する入り口にもなる。
更に同様に、ゼンパーの素材に関する思想を、現代アートに置き換えての考察も面白いように思える。

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