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地名その4:アイヌ語地名の濫用には気を付けよう!編。

アイヌ語地名にとって大きな争点となってきた、その分布域について、解釈を試みます。
 


北海道の主要都市の間隔は感覚が狂う
駅名から地名を眺めるのすき

地名シリーズ、ひとまずの最終回。
前回はアイヌ語地名について、基本的な命名規則を確認しました。
確かにアイヌ語地名については、そのルールは妥当するはずです。
しかしながら問題となるのは、そのアイヌ語地名が、いったいぜんたい何処にあるのか?ということなのです。
煙の無い場所に火は立たないと云いますか、「日本語の地名を無理やり日本語で解釈してしまう」という、荒唐無稽な状況に陥ってしまうおそれもあるわけです。

今回はそんなお話をします、
しっかし、当初の予定では全2回で終わらせるつもりだったのに、一般地名・アイヌ語地名ともに分割して書くという事態に。
地名という分野の、底知れぬ深淵さが伺い知れますね!

【北海道および東北地方秋田県以北~宮城県北部を結ぶ範囲】

東北でも駅名チェックを欠かさない
「マイ」や「ナイ」はアイヌ語地名であると思われる。

まず結論から。
下記の参考文献やフィールドワークを通じて解釈した、個人的な結論です。
明治期以来論争されてきたテーマであり、あくまでも現時点での私の解釈であることはご了承ください。

【北海道および東北地方秋田県以北~宮城県北部を結ぶ範囲】

それよりも南側には存在しない、という結論ですね。

ウポポイの展示(北海道白老郡白老町)
ウポポイの展示(北海道白老郡白老町)

念のため、アイヌ語文化発信の最前線であるウポポイにて裏付けを取りに行きました。
ウポポイの展示はこのようになっており、南限を東北地方でぼかしているご様子。
念のため学芸員さんに話を伺い、館としてはどのような学説を採用しているのか話を伺ったところ…

「あなたの語る学説も確かに正しいかもしれないが、当館としてひとつの結論に同意することはできない」(要約)

とのことです。
人の目に触れる研究機関ですし、仕方ないことですね!

ここが舞台であると実感する(岩手県遠野市)
とおの物語の館(岩手県遠野市)

さて、我が国民俗学の泰斗である柳田国男は、その初期の代表作である『遠野物語』において、遠野にあるアイヌ語地名をいくらか紹介しています。
特に初期の柳田は、〈平地人‐山民〉の対立を基層とし、日本を系譜・系統の異なる複数民族から成る人々であると把握していたきらいがあるので、アイヌ語地名の存在感に強く惹かれていたのかもしれません。
とはいえ、現代のアイヌ語観からするとやや古さのある解釈もあるにせよ、地域的にはアイヌ語地名がふつうにあってもおかしくない土地柄。
さすがの洞察力であると称えるべきでしょう。

アイヌ語どころではなくエスペラント語である
国鉄臭い駅名版もおしゃれ駅名版もどっちも好き♡

ひとつ具体例、「ハナマキ」という地名について。
諸説あるようではありますが、現地で歩いた感覚と、花巻市のホームページなどを参考にするとこんなかんじ。

  1. 「花の牧」といわれる名馬を産する牧場があったことから

  2. 「ハナ(鼻、端)」+「マキ(巻)」で、台地を取り巻くように流れる川の意

  3. 「端(はな)牧」の意味で、川が合流する三角州の牧のこと

  4. 「パナ(pana)」+「マキ(mak)」で「川下の・奥のほう」を意味するアイヌ語地名

花巻出身の私の知人は第4説を推していましたが、個人的に第2説が有力かと思います。
マキについては「弦巻・鶴巻」のように、川沿いの微高地でありがちな地名ですからね!
ハナも同じく台地・崖地の先端を指すありがちな地名。
兎も角「花巻」に関して重要なのは、アイヌ語由来説であっても、ここ岩手県では十分妥当性のある説である、ということです。

標茶町博物館 「ニタイ・ト」の展示(北海道川上郡標茶町)
北海道に現れたマタギ 谷垣ニシパかな?

その他にも、東北地方山間部の山の民として有名なマタギ
「マタギ(matanki)」はアイヌ語で猟を意味する語だと言われていますから、彼らの使う山言葉はその多くがアイヌ語由来のことばであり、マタギの生活の必要性として、かつて住んでいたアイヌの人びとのことばが意図的に継承されたのだと思われます。
詳しくは『山の人生』をどうぞ。


アイヌ語濫用の危険性について

駅名由来(宮城県石巻市)
三陸地域ならアイヌ語地名があっても可笑しくは無い

それでは、その逆の場合。
アイヌ語地名での解釈が「あり得そうもない」地域で、無理やりその土地の地名をアイヌ語的に解釈しようとする危険性について、一言を附したく思います。
 
たとえば、前回地名一覧においも屡登場した「ウェン(wen)」について。
これに「院内」という漢字が当てられていた場合、「悪い川」をアイヌ語で意味指した地名だったのだ、とも判断できるかもしれません。
しかしながら、内地の一般的な地名法則から鑑みれば、「寺院の境内にある」という意味の「院内」だと解釈する方が、圧倒的に自然。

黒部峡谷鉄道(富山県黒部市)
黒部峡谷(富山県黒部市)

あるいは、私の地元・富山県にある黒部(クロベ)という地名。
前述の説を考えれば、ここにアイヌ語の地名は無いはず。
「クラ」+「べ」で「岩壁・場所」という日本語での解釈十分に可能であるし、圧倒的に自然。

しかしながら、同地を訪問する際に乗車した黒部峡谷鉄道の車内アナウンスによると、アイヌ語が由来であるとのこと。
ただし、「でもなんでこんなところにアイヌ語が~~~?」みたいに締めていて、地名の意味も由来も説明しないクッッッッッッッッッッッッッッソ雑な解説でした(半ギレ)
黒部をアイヌ語で説明する試みは、おそらく古くは Alexander Vovin氏らの教説から、また現在でもインターネット上でもありふれていますし、それなりの勢力がある様子。

私自身はただの素人ですから、その説を真っ向から意見することはできないのだけれど…
むず痒い!
価値観の違い、ですかねぇ…

参考文献によると、アイヌ語地名としての解釈が許されるケースとして、以下の事項が提唱されていました。

  1. 北海道と本土のそれぞれに同じか数カ所以上存在する

  2. 日本語ではまず解釈がつかない

  3. 逆にアイヌ語ならばかなり容易に意味が掴める

  4. その地名の地形・事物の特徴がアイヌ語の意味に合致する

日本語を外国語で曲解する語呂合わせに陥らないように、注意しておきたいですね!


おわりに

金刀比羅宮(香川県仲多度郡琴平町)
全国こんぴらさんの総本山だがよくよく考えたら外国語由来

おまけ。
確かにアイヌ語は非日本語由来の名前であったし、前回紹介したニュータウン地名は、英語や欧州語をカタカナにした地名がふつうにある。
しかし、よくよく考えてみると、もっと身近で、歴史ある、外国語由来の名前があるじゃあないかと、気づいてしまいました。
そう、サンスクリット語、仏教関連語由来の地名です。

たとえばこんぴらさん。
天下の名刹であり、地名として「琴平」にもなっているけども、由来はクンビーラ(कुम्भीर, Kumbhīra)
インド出身でもちろんサンスクリット語の名前、薬師十二神将筆頭であり、ガンジス川のワニの魔物であり乗り物。
そもそも「琴平」は江戸期以来の「金毘羅」の二次好字化であるし、変遷がなかなかに複雑ですね…

それにしても。めちゃくりゃ身近に外国語地名、あるやんけ…
もっと嗅覚を、研ぎ澄ませて行きましょうね!!!

参考文献

  • 永田方正『北海道蝦夷語地名解』草風館、1984年.

  • 鏡味明克『地名が語る日本語』南雲堂、1985年.

  • 角川書店『角川日本地名大辞典』全51巻、1978-1990年.

  • 筒井功『アイヌ語地名と日本列島人が来た道』2017年.

  • 日本地名研究所監修『古代-近世「地名」来歴集』アーツアンドクラフツ、2018年.

  • 平凡社『日本歴史地名大系』全50巻、1979-2003年.

  • 知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター、1956年.

  • 中川裕『ニューエクスプレスプラス アイヌ語』白水社、2021年.

  • 柳田国男「遠野物語」1910年.

  • 柳田国男『山の人生』1926年.

  • 柳田国男「地名の研究」、『柳田國男全集20』、ちくま文庫、1990年.

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