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龍になれたら

人物表

葛西透馬(15)復興作業員
宍戸翔太郎(20)復興作業員
カスミ(12)孤児

本文

○修繕工事現場
仮囲いに覆われた工事現場。工事現場の周囲にはビルが聳え立っている。現場では作業服をきた作業員達が思い思いに休憩している。同じように作業服を着た宍戸翔太郎(20)は缶コーヒーを飲みながら座り込んでいる。宍戸の正面では葛西透馬(15)が野良猫に、パンをちぎって食べさせている。野良猫はパンを食べていると突然、空を見上げて鳴き声を上げる。透馬も同じように空を見上げる。曇天の晴れ間に、一頭の青い龍が飛んでいる。
透馬「あっ……」
宍戸「……なんか見つけたか?」
透馬が宍戸の方を見る。
透馬「アマツカイが飛んでました。今日の夜雨降りますよ」
宍戸は呆れたように笑う。
宍戸「……お前ってさ、あんなことがあった割には龍が好きだよな」
透馬「……宍戸さんは龍が嫌いなんですか?」
透馬は宍戸の隣に座る。
宍戸「当たり前だろ。龍害にあわなきゃこんな仕事してないんだ。龍のせいで大学に行けなくなったのに、龍が壊したビルの修繕をしてるんだぞ? 嫌わない方が異常だよ」
透馬「……別に、龍が好きなわけじゃないですよ。でも、龍を恨んだって仕方ないじゃないですか。何か変わるわけでもないし」
宍戸「……今のご時世、そんな考え方じゃいつか後悔するぞ。犬猫とか人間に化ける龍もいるって聞いたろ。それに、今日も立川の方で龍害があったじゃんか」
宍戸は缶コーヒーを飲み干す。
宍戸「いくら働いたってキリがないよな」

○住宅街(夜)
雨が降っている。人気の少ない住宅街を透馬が傘を差しながら歩いている。道路は荒れており、道の脇にはブルーシートで覆われた一軒家や、フロントガラスが割れた車が止まっている。透馬は俯きながら歩いていると、街灯の下でしゃがみ込んでいるカスミ(12)が視界に入る。カスミの服はボロボロで、右足からは血を流している。
透馬「だ、大丈夫……?」
透馬は不安が混じった表情でカスミを傘で覆う。カスミは透馬に見向きもせ
ず、虚な表情で地面を見ている。
透馬「……こんなところで、何してるの?」
カスミ「……逃げてきた。立川から」
透馬「立川……、あっ、今朝の龍害か……」
透馬はしゃがみ込んで、カスミに目線を合わせる。
透馬「一人で逃げてきたの……?」
カスミ「……家族はみんな龍が殺したの。もう私一人だけ……」
透馬は悲しげな表情を浮かべながらカスミの右足を見る。
透馬「足、怪我したの?」
カスミ「うん。……最初は平気だったけど、急に歩けなくなっちゃった」
透馬は意を決したように深く息を吐き、カスミの目をまっすぐ見る。
透馬「肩を貸すから、もう少し歩ける? 包帯ぐらいだったらウチにあると思うから」

○葛西家・リビング(夜)
家具が充実した広いリビング、壁には透馬を含め四人で写った家族写真が飾
られている。透馬がカスミの右足に包帯を巻いている。
カスミ「……家、広いね」
透馬「うん。前までは四人で住んでたからね。今は持て余してる」
カスミは壁に飾られた家族写真を見る。
カスミ「龍のせいで……?」
透馬「……うん。三年前にね。ほら、池袋に黒い龍が出たの、覚えてる?」
カスミはハッとした表情。
透馬「その時落ちてきた瓦礫でね。僕だけが生き残っちゃったの」
カスミ「……黒い龍、殺したいでしょ」
透馬「えぇ? うーん、最初の内はそう考えてたこともあったけど、今はもう、どうでもいいかなぁ……」
カスミ「どうして? 家族を殺されたんでしょ? 龍を恨んでないの?」
透馬「……それ、今日他の人にも似たようなこと言われたよ。……これは理解してもらえないと思うんだけど、たまにね、龍になれたらって思うことがあるんだ」
カスミは怪訝な表情を浮かべる。
透馬「龍はさ、この世界で一番嫌われてる存在だけど、間違いなく一番自由だと思うんだ。自分が嫌われていることなんてどうでもいいくらいに圧倒的で、力があって、自由で、……少し憧れるよ」
カスミ「……バカなの?」
透馬「フフ、そうかもしれない」
透馬はカスミの足に包帯を巻き終える。
透馬「ほら、終わったよ!」
カスミ「……ありがとう」
透馬「いいよ全然! ……僕、葛西透馬って言うんだ。君の名前は?」
カスミ「……私は、カスミ」
透馬はフッと笑う。
透馬「夕飯作るよ。苦手なものとかある?」

○同・キッチン(夜)
キッチンで透馬とカスミがそれぞれ楽しそうに食事の準備をしている。

○同・リビング(夜)
リビングに置かれた大きな机の上に様々な料理が置かれている。それをカ
スミは嬉しそうな表情で眺めている。

○同・子供部屋(夜)
六畳程の広さの子供部屋、室内には漫画が大量に入った本棚とベッドが置か
れている。透馬とカスミが部屋に入る。
透馬「ここ、好きに使ってくれていいよ」
カスミ「……透馬の部屋じゃないの?」
透馬「ううん。ここは弟の部屋。一応掃除はしてるんだけど、全然使ってないからさ」
カスミ「……なんでここまでしてくれるの?」
透馬「……なんかさ、思い返してみたら自分の家で人と喋るのなんて久々でさ。今、すごい楽しいんだ。……足が治るまでだけでもいいからさ、ここにいてよ」

○同・玄関(朝)
作業服を着た透馬が玄関に座りながら靴を履いている。その様子を一歩後ろで、眠そうな表情のカスミが見ている。
透馬「多分、七時頃には帰ってくるよ」
カスミ「……本当にここにいていいの?」
透馬「うん。いて欲しい。帰ってきた時、家が明るいと嬉しいから」
透馬は荷物を持って立ち上がる。
透馬「じゃ、行ってくるね!」
カスミ「……いってらっしゃい」
カスミは小さく手を振る。透馬は玄関の扉を開け、外に出る。カスミは小さ
く笑みを浮かべる。扉の鍵が閉まる。
カスミ「うっ……!」
カスミはリビングに戻ろうとする途中、頭を押さえてその場にうずくまる。

○修繕工事現場
作業服を着た透馬と宍戸が座って休憩している。宍戸はスマホを見ている。
宍戸「なぁ、これお前ん家の近くじゃねえか?」
透馬「えっ」
宍戸は透馬にスマホの画面を見せる。スマホには黒い龍が、葛西家の付近で
暴れている動画が表示されている。
透馬「黒い龍……」
透馬は小さく呟くと、血相を変えて作業服のまま現場から走り出す。
宍戸「おいっ! 今行ったってもう……!」

○住宅街
黒い龍が、葛西家の付近で暴れている。住民達は黒い龍から離れるように逃げ
ている。透馬は、逃げる人々とは反対に、龍に向かって走っている。

○葛西家
黒い龍が近くで暴れる中、透馬が家にたどり着く。屋根は壊れており、家に
は日光が差している。
透馬「カスミッ! ……カスミ!」
透馬は龍を気にも留めずに、ボロボロになった家の中でカスミを探す。透馬
が倒れた本棚を持ち上げると、ビリビリに破れた包帯が出てくる。透馬は憔
悴し切った表情でそれを手に取る。
透馬「カ……スミ……?」
透馬の背後から爆発音が聞こえる。透馬はゆっくりと背後を見ると、黒い龍
が家を破壊している。
透馬「……なんで、なんでまた俺だけ残すんだよ。どうせだったら俺も……」
透馬は泣き出しそうな顔でその場に座り込む。黒い龍が透馬に近づく。
透馬「ようやくさ、ようやく一人じゃなくなったと思ったのにさぁ……」
黒い龍が透馬の目の前まで迫る。透馬は龍の目をまっすぐ見る。龍の右足に
は傷がある。
透馬「もう疲れた。俺も連れてってくれよ」
カスミの声「……透馬はさ」
透馬はハッとした表情になる。龍はカスミの声で透馬に話しかける。
カスミの声「……透馬は、私のこんな姿を見ても、……まだ龍になれたらって思う?」

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