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「亡霊残花」 第3話 夕凪

人物表

花城夕(16)除霊師
藍澤凪(17)悪霊
花城彩陽(14)夕の妹・中学生
花城真美(42)夕の母・故人
九藤(41)銭湯月の湯店主
雁金(34)除霊師
伊波雪(17)故人

本文

○住宅街(夕)
人気のない住宅街。学ラン姿で腰元に刀を携えた花城夕(16)が唖然とした表情で立ち尽くしている。夕の正面には身体が半透明の藍澤凪(17)が立っている。凪は冷ややかな目で夕を見ている。
夕「と、取り憑いた……?」
凪「そう。取り憑いた」
凪が右腕を上げると、夕も全く同じ動きをする。夕は自身の右腕を驚いた表情で見ている。
夕「……ッ!?」
凪「君の身体の主導権は今僕にある。分かってくれたか?」
夕「いやっ……、は……?」
夕は理解が追いつかない様子で凪を見る。
夕「な、なんで俺の身体に……?」
凪「僕の目的のためだよ。九藤に近い人間の身体が必要だった」
夕「……は?」
夕は冷静さを取り戻した様子で凪を見る。凪は興味なさそうに歩き出す。
夕「ふ、ふざけるな! 俺はっ! 俺は除霊師だぞ!」
夕は憤った表情を浮かべる。凪の動きと一緒に夕も歩き出す。
凪「……そうだね。君は除霊師だ。そして僕はタチの悪い悪霊。君より強い悪霊だ」
夕「……!」
夕の一歩前を歩く凪。凪の歩幅に慣れない夕はぎこちなく歩いている。
夕「おい! ど、どこ向かってんだよ!」
凪「考えたら分かるだろ。九藤のとこだよ」
夕「ダメだ! もう夜になるじゃねえか! 早く帰らなきゃ……!」
夕の学ランの内側からスマホの着信音が鳴る。
夕「ほらぁー!」
凪はため息をつき足を止める。
凪「……なんだよ。出ていいぞ」
夕「……出なくてもわかる。お怒りの電話が来たじゃねえか」
凪「……?」
夕「とにかく、帰るぞ……!」
夕は真剣な面持ちで凪に言う。
凪「だから、身体の主導権は……」
凪の言葉を遮るように、夕は無理やり反対方向を向く。全身に力が入ったように震えながら歩いていく。
凪「(M)こいつ……、身体を無理矢理……!」
夕「絶対に帰るからな……!」
ぎこちなく震えながら歩いていた夕は凪から十歩程離れた瞬間、全身にかかっていた負荷がなくなったかのように、解き放たれた様子で走り出す。
夕「うおっ……! よっしゃ!」
夕は全速力で凪から逃げるように走る。凪はその様子を呆然と見ている。

○花城家・玄関前(夜)
マンションの一室、扉の前。申し訳なさそうな表情を浮かべた夕が立っている。扉の内側には唖然とした表情の花城彩陽(14)が立っている。彩陽はセーラー服を着ている。
夕「悪い彩陽……。ケーキ買えなかったし……夕飯も……まだ……」
彩陽「ゆ、夕飯はもう私が作ったからいいけど……、そんなことより……、後ろ……」
半透明の身体の凪が当たり前のように夕の後ろに立っている。
凪「ん、僕が見えてるのか」
夕は驚いた様子で凪を見る。
夕「お前っ! 引き剥がせたと思ったのに!」
凪「霊力そのものに取り憑いたんだ。一時的に身体の自由は取り戻せても、そう簡単に引き剥がせるわけないだろ」
夕「家まで着いてくんなよ!」
凪「取り憑くってそういうもんだろ」
凪と夕のやり取りを唖然とした様子で見ている彩陽。
彩陽「だから言ったのに……」
凪「安心してくれ。君たちに危害を加えるつもりはない」
夕「散々俺を痛めつけたじゃねえか!」
凪「それは君が僕を除霊しようとするからだろ」
凪と夕のやり取りがヒートアップしていく。彩陽はため息をつく。
夕「そりゃそうだろ! 俺は除霊師として……」
彩陽「……もういいから入って。迷惑になる」
夕は何か言いたげな表情を浮かべるが何も言わない。
凪「お邪魔します」

○同・リビング(夜)
狭く生活感の溢れるリビング。食卓には鍋が置かれており、中にはおでんが入っている。夕と彩陽は向かい合う形で座って気まずそうに黙々とおでんを食べている。夕の後ろで凪は興味深そうに部屋を眺めている。本棚には漫画や小説が入っており、床には服やスクールバッグ、進路希望調査の書類などが散乱している。本棚の上には花城真美(42)の遺影が置かれている。
夕「……んな珍しいものないだろ。ジロジロ見るなよ」
凪「いや……、思えば誰かの家って初めてだなって思って……」
夕「え、初めて……?」
彩陽「……ねぇ、意味分かんないんだけど」
凪と夕は同時に彩陽の顔を見る。
彩陽「なんで取り憑かれてんの?」
夕「俺だってよくわかんねぇよ。なんかコイツに目的があるとかで……」
彩陽「そんなこと聞いてるんじゃなくてさ」
彩陽は夕の言葉を遮る。
彩陽「私、あの仕事やめてって言ったじゃん」
夕は彩陽から目を逸らす。
夕「……仕方ないだろ」
彩陽「仕方ない、で死ぬかもしれない仕事してんの?」
夕「俺にできて、稼ぎのいい仕事なんて除霊くらいなんだよ」
二人の会話を凪は後ろから見ている。

×××(フラッシュバック)
雪「あんな危ないバイト早く辞めなよ」
凪「僕に向いてて、報酬もそこそこ貰えるのはあそこしかないんだよ」
×××

凪は目を伏せる。
夕「彩陽は高校に行かせたいんだ。今の仕事を続けるしかないんだよ」
彩陽「私高校に行きたいなんて言った? そうやってさ、幽霊に殺される時も私を理由にして死ぬの?」
夕「死なないよ! 俺は大丈夫だから!」
彩陽「いっつもそれじゃん!」
彩陽の大声がリビングに響く。
彩陽「昔っからずっとそう! なんでも大丈夫だ、任せろって言って!」
夕「じゃ、じゃあ何もするなって言うのかよ!」
彩陽「できもしないくせに言うなって言いたいの!」
夕「……ッ!」
夕は何も言い返せず手を握りしめている。
彩陽「お母さんとお父さんが喧嘩してた時も! 三年前のことも! なんもできないのに期待させるようなことだけ言って! できないならできないって言ってよ!」
夕は俯いたまま何も言わない。彩陽は冷静になった様子で静かなトーンで続ける。
彩陽「……お兄ちゃんは誰かに優しくしたいんじゃなくて、優しくできなかった自分になるのが怖いだけでしょ。向いてないんだから除霊師なんて辞めて。私も中学出たら働くから」
夕「……」
リビングに沈黙が訪れる。
凪「……確かに、九藤のとこで除霊師を続けるのは辞めた方がいい」
凪が俯いたまま小さな声で言う。夕は首を少し横に向け凪を見る。
凪「でもさ……、分かってあげてくれってわけじゃないけど、いるんだよ。……いるんだよ。誰かのためってことだけが生き甲斐だったりする人間がさ……」
凪は顔を上げて彩陽を見る。凪は少し寂しげな表情を浮かべながら静かに涙を流している。
凪「……結局何もできなくても、誰かのために、って人間がいるんだよ」
彩陽と夕はキョトンとした表情で凪を見ている。
凪「……確かに除霊師には向いてないけど、君のお兄さんは心底優しい人間だと思う」
夕「お、お前、なんで泣いてんだよ……」
凪「え、泣いてなんて……」
凪が目元を手で拭う。
凪「え、なんだ。なんで……」
夕は凪に対して拍子抜けしたような様子。
夕「お前、どうしてそんな……」

×××(時間経過)
彩陽が食卓で勉強をしている。壁にかけられた時計は20時を示している。

○同・ベランダ(夜)
マンション3階のベランダからは河川敷が見える。夕と凪は二人並んで立っている。ベランダの窓は閉まっている。
凪「……そうやって、僕も雪も殺されたんだ」
夕「うーん……。九藤さんがそんなことするような人には思えないけど……」
凪「僕だってそれまではそう思っていたよ」
夕「それで復讐しよう、ってか……?」
凪は何も言わずにゆっくり頷く。
夕「うーん。そっかぁ……」
夕は振り返った室内の彩陽を見る。
夕「……見てわかると思うけど、ウチは貧乏なんだよ。働けるのは俺だけだし、ようやく掴んだ仕事なんだ」
凪「……」
夕「……やっぱり、九藤さんが悪い人には思えないよ。でも……、それ以上にお前が悪い奴には思えないんだよな。俺の身体を操れるならもっとやりようあるだろうし」
夕は凪の方を見る。
夕「正直、まだ分かんない。分かんないから、九藤さんがどんな人間なのか、俺の目で判断するよ。お前の言う通りの人間だったら、俺の身体を好きに使ってくれて構わない」
凪「……仕事はどうするんだ」
夕「そーだよなぁー! うーん……。俺にできることなんてないしなぁ……」
凪は夕の顔を見る。夕は不安げな表情を浮かべている。
凪「……君に足りてないのは基礎戦闘能力だ」
夕「んあ?」
凪「君が持ってる術は誰しもがそう易々と使えるものではない。特異な術だから、しっかり基礎を身につけて使えば他の除霊師を圧倒できる存在になれる」
夕は凪の話を黙って聞いている。
凪「……君は正規の除霊師になれ。できる限り、僕が鍛えてやるから」
夕は驚いた表情を浮かべる。
夕「いや、そんな、正規で除霊師なんて、で、できるか? 俺に……」
凪「……できるよ。妹想いの君なら」
夕は呆気に取られた様子で乾いた笑いが出る。凪は真っ直ぐ夕の目を見ている。
凪「やるか?」
夕「や、やるよ……! やるだろ……!」
凪「……名前は?」
夕「は、花城夕だ!」
凪「うん。僕は凪。藍澤凪」

○コーポメルシーズ・外(夜)
閑散とした古びたアパート。101号室の壁は壊れている。壊れた壁をスーツ姿の雁金(34)がしゃがんで電話しながら物珍しそうに見ている。雁金は眼鏡をかけている。
雁金「そーっすねぇ……。霊力の残り香はあるし、花城の死体も見つかってないってことは、まぁ状況的に見てそうなんでしょう」

○銭湯月の湯・事務所(夜)
狭い事務所内、半纏を着た九藤(41)がデスクに座って電話している。
九藤「予定通り、花城君に取り憑いたってことだね」
雁金の声「えぇ。戦闘した形跡はあるのに札がねぇってことはそうなんでしょう」
九藤はニヤニヤと笑みを浮かべる。
九藤「フッ、フッフフ……。じゃ、この先も頼んでいいかな?」
雁金「えぇ、準備できてますよ」

○コーポメルシーズ・前(夜)
雁金は立ち上がり、雁金は眼鏡を上げる。
雁金「藍澤と花城、二人纏めて殺しに行きます」


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