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「亡霊残花」 第2話 巣食う

人物表

花城夕(11・16)除霊師
藍澤凪(17)悪霊
九藤(41)銭湯月の湯店主
花城彩陽(9)夕の妹
花城隆正(50)夕の父
花城真美(42)夕の母
副将
審判

本文

○(回想)銭湯・月の湯・事務所(夜)
古びた狭い事務所内、半纏を着て笑みを浮かべる九藤(41)がデスクに座っている。九藤の前には学ラン姿で腰元に刀を携えた花城夕(16)が緊張した面持ちで立っている。九藤は手元の書類を見ながら喋っている。
九藤「下等悪霊の除霊だよ。霊源地はアパートの一室。地縛期間は半年ってとこだね」
九藤は緊張した面持ちの夕を見る。
九藤「随分緊張してるみたいだね」
夕「不安ですよ……。初めての除霊で、しかも一人でなんて……」
九藤「大丈夫だって。簡単な仕事を選んであげたんだから。そう不安になることないさ」
九藤が張り付いたような笑顔で夕を見る。夕は不安そうな表情を浮かべる。
夕「でも……」
九藤「妹を高校に行かせたいんでしょ?」
夕はハッとした表情になる。
九藤「大丈夫。花城君ならできるよ。期待してるからね」(回想終わり)

○コーポメルシーズ・外(朝)
閑散とした古びたアパート。周囲に人気は無く、アパートの前には大きな駐車場がある。突然、101号室の壁が弾け飛び、中から学ラン姿でボロボロになった夕が駐車場に吹き飛んでくる。夕は右手に刀を握っている。
夕「がはッ……!」
夕は塀まで吹き飛ばされる。
夕「(M)聞いてない! 聞いてないって!」
夕は恐る恐る101号室の方を見る。
夕「(M)こんな強い悪霊がいるなんてっ……!」
次の瞬間、ウィンドブレーカーを着て刀を持った悪霊の藍澤凪(17)が夕の目の前にまで迫っている。凪は刀を、夕の足元に突き立て、左腕で塀に寄りかかる。凪は夕に覆い被さる形で見下ろしている。
凪「……こんな実力で正規の除霊師になれるはずがない」
夕は怯え切った目で凪を見上げている。
凪「誰に雇われてここに来た?」
夕「あぁ……! うわああっ!」
夕は右手に握った刀を凪に向けて闇雲に振ろうとするが、凪はそれを左手の人差し指と中指で軽く受け止める。
凪「……分かっただろ。君には僕を除霊することなんてできない。質問に答えてくれ」
凪は左手に力を加えて夕の刀を折る。夕の表情は完全に恐怖に染まる。
凪「誰に雇われてここに来た?」
夕「それはっ……! それは言っちゃダメだって……!」
凪「そう。それを聞かせろって言ってんだ。だから手荒な手段を使ってる」
凪は冷ややかな目で夕を見下ろす。突然、夕の身体がアスファルトの地面にめり込まんばかりに上から何らかの力によって押しつぶされそうになる。
夕「あぁッ! あああっ……!」
凪「君程度だったら霊力を押し当てるだけで殺せる。身のためにも早く答えろ。誰に雇われたんだ?」
霊力を押し付けられた夕の頭が地に伏せる。凪が地面に突き立てた刀に、夕の泣き出しそうな表情が反射して写っている。
夕「ご、ごめん……彩陽……!」
凪「チッ」
凪は舌打ちすると足で夕の頭部を蹴り上げる。
夕「がッ……!」
凪は蹴り上げた夕の首元を右手で塀に押し付ける。
凪「……今から君により濃度の高い霊力を押し当てる。君だったら五分持つかどうか、ってとこだな。質問に答えたら解放してやる」
夕「はぁ……はぁ……」
凪「四度目だ。誰に雇われてここに来た?」
壁に押し付けられた夕。凪の放つ霊力によって塀にヒビが入る。
夕「あああっ!」
凪「……僕は今日までに17人の除霊師を殺してきた。その中で君が一番弱い」
夕「(M)あぁ……、これが死ぬ、ってやつなのか……? 意識が……」
凪「僕がどれほどの悪霊か知っていながら、君に除霊を任せた人間は、そもそも君に期待なんかしてなかったんじゃないか?」
凪が霊力の出力を上げる。夕の腕に切り傷ができる。
夕「ああ、あああ、ああ……!」
凪「そんな人間を護る必要なんて無い。答えて楽になれ。僕だって殺したい訳じゃない」
夕「(M)あぁ……、ダメだ……。し、死ぬ……」
意識が朦朧とする夕。凪は深くため息を吐く。
凪「……諦めが早いな。死ねない理由の一つでもないのか?」
虚な様子だった夕がハッとした表情を浮かべる。

×××(フラッシュバック)
体育座りで泣いている花城彩陽(9)。その隣に11歳の夕が涙を堪えた表情で彩陽の頭を撫でている。
×××

夕「ぐっ……く、くどうざんにっ……!」
凪「……!」
凪は夕を押さえつけていた手を離し、放っていた霊力も止める。
夕「かはっ……!」
夕は倒れるように力無く座り込む。
凪「ようやく来たか……!」
凪は色めき立った様子で座り込む夕を見ている。
凪「……君は着いていく人間を見極めた方が良い。僕みたいになるぞ」
夕はボロボロになった手を強く握りしめる。
夕「……くっ、九藤さんは」
凪「……ん?」
夕「言ってくれたんだ九藤さんは。僕に期待してるって……!」
夕は震える足でどうにか立ちあがろうとしている。凪はそれを止めるでもなくただ見ている。
夕「言ったんだ俺は……! 彩陽に、今日の報酬でケーキを買って帰るって!」
夕は折られた刀を震えた手で、凪に向けて構える。
夕「全部全部! お前を! 俺が! 除霊できれば済む話なんだよ!」
凪は呆れた表情を浮かべる。
凪「……やめておけよ。生きているに越したことなんてないんだから」
夕「うるせぇ! 期待を背負ってんだよ俺はっ!」
夕「(M)胸糞悪いけど、あの術を使うしか……!」
夕は目を閉じて深呼吸をする。手の震えが次第に収まっていく。夕が目を開けると同時に、夕の背後に巨大な天狗のようなものが現れる。天狗は巨大な羽団扇を持っている。
凪「これは……!」
覚悟の決まった表情の夕。背後の天狗を感心したように見る凪。
凪「久々に見たよ。……君、花城の人間なのか」
凪の言葉と同時に、夕は凪に斬りかかろうとする。
凪「おぉ……」
凪は反応に遅れ、咄嗟の所で躱わす。夕の刀はちょうど折られた分だけ凪に届かない。凪は完全に躱わしたかのように思われたが、天狗の羽団扇によって吹き飛ばされる。
凪「ふふっ……」
凪は楽しそうな表情を浮かべながら、両足と右手を地面につき、勢いを殺す。
凪「君を知りたくなってきたよ」
凪がそう言って顔を上げると、視線の先に夕の姿が無い。夕と天狗は凪の頭上で各々刀と羽団扇を構え、凪に振り下ろそうとしている。
凪「……ッ!」
凪は躱わそうとするが、避けきれず攻撃を喰らう。凪と地面に向けられて放たれた攻撃によって辺り一体に土埃が舞う。
夕「……ッ! ッハァ…! ハァ……」
土埃が晴れていく。夕は右手に刀を持ったまま立っている。
夕「はぁ……はぁ……」
夕は刀を持つ右腕をだらんと下す。土埃が完全に晴れる。夕の背後には、夕の首元に刃を突き立てる凪が立っている。
凪「……花城式霊顕術、悪くなかった。もう少し霊力が備わっていればな」
夕「……まだ」
凪「なんだ……?」
夕「まだ終わってない」
凪の背後に羽団扇を縦に振りかぶった天狗が立っている。凪は咄嗟に振り返る。
夕「俺の勝ちだ……バーカ」
天狗は思い切り凪に向けて羽団扇を振り下ろすが、凪はそれを軽く片腕で受け止める。
夕「なっ……!」
凪「端から本気なんて出してない。この程度で勝った気になるなよ」
夕「クッソ……」
夕が消え入りそうな声で呟くと同時に天狗が消えていく。夕はその場で気絶して倒れる。
凪「……少し不安は残るけど、悪くないか」

○(回想)久部山小学校・体育館
体育館内では剣道の試合が行われている。試合線の外には小学生の保護者が多く集まり試合を観戦している。試合線の内側には袴と防具を身につけた小学生二名が向かい合って蹲踞をしている。審判三名は白い旗をあげている。
審判「勝負あり」
『花城』と書かれた垂ネームをつけた
夕は、面の中で苦い顔をしながら得点板を見ている。夕に赤い襷を付けた副将が悔しそうな表情で話しかける。
副将「ごめん花城……、勝てなかった……! 頼んだぞ……!」
夕は一瞬ハッとした表情を浮かべ、副将に対して笑いかける。
夕「大丈夫! 俺に任せろ!」

○花城家・子供部屋(夜)
八畳程の広さの子供部屋、彩陽が泣きながら体育座りをしている。その隣で涙を堪えた表情の夕が彩陽の頭を撫でている。子供部屋の外からは花城真美(42)と花城隆正(50)の言い争う声が聞こえてくる。
真美の声「アンタのカスみたいなプライドのせいで! 私達、これからどうなるか分からないのよ!?」
隆正の声「お前は知らないだろ!? 花城の分家がどんな扱いを受けているのか!」
真美の声「夕と彩陽のこと考えてよ! これからどんどん……」
彩陽が泣きながら不安そうな表情で夕を見る。
彩陽「お兄ちゃん……」
夕は泣き出しそうだった表情を隠すように彩陽に笑いかける。
夕「……大丈夫。俺がついてるから。俺に任せろ」

○同・リビング(朝)
床には服が散乱し、机の上には皿が放置されている。真美はくしゃくしゃになった髪でボーッとテレビを見ている。夕が机の片付けをし、彩陽は落ち込んだ表情でトーストを食べている。
真美「夕」
夕はビクッとして真美の方を見る。
夕「……なに? お母さん……」
真美「もうお母さんには夕しかいないの。お母さんを支えて」
夕は怯えた表情を浮かべる。
夕「大丈夫……、俺に任せてよ」(回想終わり)

○住宅街(夕)
人気のない住宅街を夕がボーッと歩いている
夕「……あれ?」
夕は足を止めて何がなんだか分からないといった様子で周囲を見渡す。
夕「俺、どうしてこんなとこに……」
凪の声「……面倒な時に目が覚めたな」
夕「うわああっ! ……え?」
夕は驚いた様子で咄嗟に背後を見るが、そこには誰もいない。
夕「どこだよ……!」
凪の声「探してもいないよ」
夕「じゃあ! じゃあどっから……」
凪の声「君の中からだよ」
夕の言葉を凪が遮る。
夕「……は?」
凪の声「何度も言わせるなよ。君の中から話しかけてるんだって」
夕「いや……、理解できないんだよ。どういう……」
凪の声「はぁ……、やっぱ間違えたな」
夕の身体から半透明の凪が出てくる。夕はそれを唖然とした表情で見ている。
凪「取り憑いたんだよ。これで分かるか?」


第3話


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