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「亡霊残花」 第1話 走馬灯

あらすじ

現世に居座る幽霊を成仏させる職業 除霊師
アルバイトで除霊をしている少年 藍澤凪(17)は幼馴染の伊波雪(17)とアパートで同居していた。

雪は除霊師を司る神社の生まれでありながら、霊力を一切持っていなかった。凪は、愛されず拷問の様な日々を過ごす雪を自分の意思で救い出し、二人での生活を始める。

「海に行ったことがない」と言う雪に海を見せるために、凪は除霊のバイトに励む。体調を崩しがちな雪は家で一人映画を観ている。
そんな二人の静かな生活に影が落ちる。

人物表

藍澤凪(10・17)除霊師
伊波雪(10・17)凪の幼馴染
九藤(41)銭湯月の湯・店主
滝藤(32)除霊師
垣谷(23)除霊師
中尾(26)除霊師
花城夕(16)除霊師
除霊師1
除霊師2
除霊師3

本文

○(回想)伊波八雲大社・地下牢(夜)
弱々しい電球の光のみで照らされる地下牢。檻の中にはボロボロで痩せ細った姿の伊波雪(10)が倒れている。檻の外には黒子の姿の藍澤凪(10)が立っている。凪の足元には黒子が一人倒れている。凪は背中に背負った日本刀を構え、鉄製の檻を音すら立てずに切る。檻に人が通れる程の穴が開く。刀を握る凪の手は震えている。
凪「……逃げましょう、雪様」(回想終わり)

○新宿区・路地裏(夜)
人気がなく、薄暗く小汚い路地裏。スーツ姿の滝藤(32)が刀を構えて立っている。滝藤の正面には、人の形を成していない、自我すら無い様子の幽霊がふらふらと近づいてきている。
滝藤「新宿に未練を遺すなんて、ロクな霊じゃねぇなぁ」
幽霊は呻き声を上げながら、滝藤までの距離を一気に詰める。滝藤は落ち着き払った様子で刀を右手に持ち、間合いに入った幽霊を横に斬る。振るわれた刃は幽霊の身体をすり抜けていく。幽霊がニタァと笑みを浮かべて滝藤に襲い掛かろうとする。
滝藤「霊力を込めてない刃じゃアンタらは斬れないからなぁ……」
襲い掛かろうとした幽霊は滝藤によって首元を脇差で斬られる。幽霊は血を吹き出しながらその場で霧散していく。
滝藤「隙を見せてから斬る。こっちが本命なんだよ」
滝藤が脇差に付いた血を払っていると、背後に巨大な幽霊が現れる。幽霊は切り裂けるほど大きく開いた口で滝藤を飲み込もうとする。
滝藤「……えぇ?」
滝藤がゆっくり振り返ると同時に、幽霊の頭上にウィンドブレーカーを着て刀を持った凪(17)が現れ、幽霊を頭から真っ二つに斬り裂く。凪は落ち着き払った様子で静かに地面に着地する。凪の足元には幽霊の血で満たされている。
滝藤「うわぁ……、すっごいなぁ……」
凪「……多分今のが除霊対象ですね。他のは霊力に当てられた生霊の類でしょう」
滝藤「まったく、凪と組まされると自信なくなるぜホント……」
滝藤はしゃがみ込んで幽霊の残骸にお札を一枚貼り付ける。血液と残骸が仄かに光を放つ。
滝藤「うい、今からでも成仏してくれ」
凪「行きましょう滝藤さん。ここは人が多くて嫌だ」
滝藤「俺は幽霊の方がよっぽど怖いけどな」
幽霊の血液と残骸が霧散していく。

○銭湯月の湯・事務所(夜)
古びた狭い事務所内、半纏を着て笑みを浮かべる九藤(41)がデスクに座っている。デスクを挟んだ九藤の向かいには凪と滝藤が立っている。
九藤「はい、今回分の報酬ね」
九藤が二人に封筒を手渡す。
凪「ありがとうございます」
滝藤「九藤さん、もう凪は一人で行かせた方が早いですよ。俺は仕事を選ばないんで構わないですけど、凪一人の方が早く終わりますよ」
凪「いや、そんなこと……」
九藤「そもそもの話をすればね、凪くんは資格取って正規で除霊師やった方がいいと思うよ? こんな闇バイトじゃなくてさ」
九藤が凪の言葉を遮るように言う。
九藤「正規の除霊師になって、田舎の方で安全な仕事をしたほうがいいんじゃない?」
滝藤「ホント、凪の能力なら資格取るのも簡単だろ。まだ若いんだしさぁ」
凪は困ったように笑う。
凪「……いいんです。ここが楽なんで」
滝藤「ふーん……」
九藤「ま、僕としても仕事ができるなら何でも良いんだけどね」

○同・外(夜)
月の湯から凪と滝藤が出てくる。
滝藤「飯でも行くか? 奢りでもしないとプライドが傷ついたままだ」
凪「……いえ、帰らないといけないので、すみません。ありがとうございます」
滝藤「言ってみただけだ。もう断られ慣れた。また次の仕事でな」
凪「お疲れさまです」
滝藤が去っていく。凪はスマホを取り出し電話をかける。
凪「……もしもし。……うん、今から帰るよ」

○コーポメルシーズ101号室(夜)
八畳程のアパートの室内。壁際にはベッドが置かれており、その上には雪(1
7)が座っている。雪の顔色は悪く、静かな眼差しでテレビから流れる映画を観ている。室内は生活感で溢れており、窓際には赤と紫のアネモネが一輪ずつ、花瓶に活けられている。玄関から買い物袋を持った凪が帰ってくる。雪は凪の方を見る。
雪「おかえり、凪」
凪「ただいま、雪」
凪は靴を脱ぎ、机に買い物袋を置く。
凪「またこの映画観てたんだ」
雪「素敵な映画は何回も観るものなんだって……」
雪が咳き込み出す。
凪「大丈夫か?」
凪が雪の背中をさする。雪の咳が落ち着いていく。
雪「……うん。大丈夫」
凪「ご飯は食べた?」
雪「……え? 何言ってるの?」
雪は怪訝な表情を浮かべる。
凪「……そんな変なこと聞いてないだろ」
凪は不思議そうな表情を浮かべる。
雪「私が料理できないの知ってるくせに」
凪「作っておいたって言ったじゃんか」
雪「……え?」
雪はキョトンとした表情を浮かべる。
凪「……聞いてなかったのか。せっかく作ったのに」
凪は冷凍庫から冷凍されたグラタンを取り出す。
凪「グラタン。雪が食べたいって言うから作ったんだぞ?」
雪は申し訳なさそうに笑う。
雪「へ、へへ、やっぱ私には凪がいないとダメだね……」

×××(時間経過)

雪と凪は食卓を囲んで温めたグラタンを食べている。
雪「それでさ、今のバイトはいつ辞めるの?」
凪「……ん? 辞めるつもりないけど」
雪「えー? なんで? あんな危ないバイト早く辞めなよ」
凪「僕に向いてて、報酬もそこそこ貰えるのはあそこしかないんだよ。正規にはなれないし」
雪「いやー、もう大丈夫じゃない? 神社の人達はもう私のことなんて忘れてるよ」
凪「……少しでも雪に危険が及ぶようなら、資格は取れないよ」
雪「ふーん……、私のことは心配する癖に、私が心配する気持ちは分かってくれないんだ」
凪「心配する必要がないくらい、僕は強いんだよ」
雪「はぁー、なーんも分かってないなぁ!」
雪は声を上げながら椅子からのけ反る。凪はそれを見て柔らかく笑う。
凪「(N)……雪は、神職の血筋の娘だ」

○(回想)伊波八雲大社・本殿前(朝)
大きく荘厳な本殿までの参道で、当時十歳の凪を含む、総勢五十名ほどの黒子が傅いている。
凪「(N)神力ヲ持ッテ霊ヲ遠ザク。雪が産まれた伊波八雲大社は、霊門上に建てられた関東最大の神社だ」
傅いた黒子が両脇を固める参道を、和装姿の四名が歩いていく。四名のうちの一番後ろには、十歳の雪がいる。雪の顔色は悪く、やつれている。
凪「(N)伊波家の人間は、霊を神の御許へと導く者とされており、除霊師の上に立つような存在だった」
雪が傅く凪の前を通る。凪は痩せほそった雪の足元を黙ったまま見つめる。
凪「(N)……だけど雪は、霊を視ることすらできない。霊力を持たずに産まれた子供だった」

○同・地下牢(夜)
ボロボロの地下牢の中、雪が力無く横たわっている。檻の外側には凪と黒子一名が配備されている。
凪「(N)除霊師としての素質が無かった雪は誰にも愛されていなかった。日に一度与えられる食事は、食事とはいえるような物ではなく、許可がなければ日の元に出ることすら許されない。忘れられた子供、それが雪だった」
凪は牢の中を覗き込む。虚を眺める雪の目を見て、凪は決心したかのように息を吐く。
凪「(N)代々伊波家に仕えてきた僕らの一族に個人の意思など存在しない。ただ与えられた役割を全うするのみ。そこにいるのは意思を持たぬ伊波の傀儡。情なんてもっての外」
凪は隣に居た黒子を目にも止まらぬ速さで首元を抑え気絶させる。黒子の体を静かに倒し、背負っていた日本刀を構える。
凪「(N)未熟故の行動。幼い正義感の暴走。そうだとしても、そうするべきだと思った。僕は、僕自身の意思で伊波家に刃向かった」
凪が日本刀で檻を切る。檻に人が通れる程度の穴が開く。
凪「……逃げましょう、雪様」(回想終わり)

○(元の)コーポメルシーズ101号室(夜)
雪と凪が部屋の電気を消して静かに映画を観ている。
凪「(N)……あの環境に居た影響で、雪は逃げ出してからも体調が優れなかった。結局今も、どこにも行けないまま、この狭いアパートの中で過ごしている」
雪「……ねぇ」
雪は映画を観たまま凪に話しかける。
雪「……死んだらどうなると思う?」
凪「……海の話をするんだって言ってたじゃん」
雪「それはこの映画の中の話でしょ? 凪はどうなると思う?」
凪「……分かんない。考えたこともないや」
雪「そう言うと思った」
凪は不満そうな表情を浮かべる。雪は凪の方を見る。
雪「私はね凪、未練なく死ぬことが出来たら……、映画館に行くんだと思うの」
凪は不思議そうな表情。
凪「……映画館?」
雪「そう、映画館。人の少ない映画館で、自分の走馬灯が映画として流れてるの。監督、脚本は私自身。……映画が終わって、劇場内が明るくなった時に、映画みたいな人生だったなって思いながら席を立つんだ」
雪は静かに笑いながら凪を見る。
雪「エンドロールに凪の名前も出してあげるよ」
凪はフッと笑う。
凪「……そりゃね。主演級でしょ」
二人はクスクスと笑い合う。
雪「……本物の海も、本物の映画館も行ったことないんだけどね」
凪「……いつかきっと連れていくよ」
凪と雪はテレビに映し出される海をじっと見ている。

×××(時間経過)

室内に陽の光が差している。窓からは葉桜が見える。外からは蝉の鳴き声が聞こえる。凪は机に向かって家計簿を書いている。雪はベッドの上で横になっている。雪が咳をする。
凪「大丈夫か?」
雪「……うん。なんなら調子いい方だよ。凪今日バイトは?」
凪「二時から三件あるよ」
雪「はぁー、じゃあ今日も遅くなる?」
凪「そうだね。神奈川の方まで行くから……」
雪「もー、凪との会話する時間が日に日に減っていってるよー」
凪「ごめん、すぐ終わらせてくるから……」
凪は家計簿をじっと見る。

○品川区・月島運送・廃倉庫(夕)
薄暗い倉庫内、凪が刀で自分の身長よりも大きい幽霊を縦に切り裂く。凪の後ろには滝藤が退屈そうに立っている。

○八王子市・九重霊園(夕)
人気の無い侘しい霊園内。複数の幽霊が囲うようにして凪に迫っている。全ての幽霊が間合いに入った瞬間、凪は刀を回転しながら横に振り、一振りで全ての幽霊を切り伏せる。凪から離れた位置で滝藤はスマホで通話をしている。

○小田原市・小田原城・前(夜)
暗い小田原城の前、腕と足が複数生えた複合型の巨大な幽霊の前に、刀を構えた凪が立っている。幽霊は呻き声を上げながら複数生えた腕で凪に向かって殴りかかろうとする。幽霊が前傾姿勢になった瞬間に凪は大きく飛んで、幽霊の頭上がら刀で一刀両断する。幽霊の血飛沫が飛び散る。少し離れた位置に停まっている車の運転席では滝藤が眠っている。

○銭湯月の湯・事務所(夜)
半纏を着た九藤が張り付いたような笑顔で凪と滝藤に封筒を手渡す。

○コーポメルシーズ101号室(朝)
凪が机に向かって家計簿を書いている。ベッドの上では顔色の悪い雪が横になっている。
雪「今日は?」
凪「今日もバイトだよ」
凪は家計簿をじっと見ている。

○大宮区・路地裏(夜)
暗く人気のない路地裏で凪が複数の幽霊を目にも止まらぬ速さで切り伏せていく。その後ろを滝藤がめんどくさそうに見ている。

○銭湯月の湯・事務所(夜)
半纏を着た九藤が張り付いたような笑顔で凪と滝藤に封筒を手渡す。

○コーポメルシーズ101号室(朝)
凪が机に向かって家計簿を書いている。ベッドの上では顔色の悪い雪が横になっている。
雪「今日も?」
凪「バイト」
凪は家計簿をじっと見ている。

○銭湯月の湯・事務所(夜)
半纏を着た九藤の前に凪一人が立っている。工藤は張り付いたような笑顔で凪に封筒を手渡す。

○コーポメルシーズ101号室(朝)
曇り空と紅葉した桜の木が窓から見える。凪が机に向かって家計簿を書いている。ベッドの上では顔色の悪い雪が横になっている。
雪「……今日は?」
凪・雪「今日もバイトだよ」
雪が凪の言葉に被せて言う。
雪「はぁ……、もうこの会話しかしてないんじゃない?」
凪は身体を雪の方に向ける。
凪「……雪、話があるんだ」
雪はキョトンとした表情を浮かべる。
雪「な、なんだよ、怖いなぁ……」
凪「……今日出る分のバイト代でさ、貯金が百万円になるんだ」
雪「……え?」
雪は唖然とした表情。
凪「僕が家にいられないからさ、雪を安全な所に入院させてあげられるように貯金してたんだよ」
雪「……うん」
凪「……でも、やめた」
凪は家計簿を閉じる。
凪「引っ越そう。二人で、海が見える家にでもさ」
雪は呆然と凪の顔を見ている。
凪「余裕は無くなっちゃうかもしれないけど、今のバイト辞めて、雪と一緒にいられるような仕事を探すからさ」
雪は呆然としたまま、溢れたような笑いが出る。
雪「最高じゃん……」
凪「でしょ?」
凪が得意げに笑う。
雪「……うん。やっぱ私には、凪がいないとダメだね」
凪「帰ってきたらしっかり話をしよう。なんとなくどこがいいとか考えておいてよ」
雪「えー? どこかな、熱海とか……」

○車内(夜)
薄暗い夜道を一台の車が走っている。運転席には滝藤が座っており、助手席には凪が座っている。
凪「……久しぶりですね」
滝藤「言っても二ヶ月程度じゃねえか?」
凪「……もっと経ってるかと思ってました」
滝藤「働きすぎなんだよ。若いのに生き急ぎやがって」
凪「……滝藤さん」
滝藤「ん?」
凪「……僕、この仕事辞めることにしました」
滝藤は鼻から深く息を吐く。
滝藤「おー、そっか……」
凪「……だから、食事にいきましょう。いつも断っちゃってましたから……」
滝藤「……そうだな。行ければな」

○コーポメルシーズ101号室(夜)
ベッドに座ってテレビから流れる映画を観ている雪。テレビには海が映し出されている。雪はそれを嬉しそうに、かつ泣き出しそうな表情で観ている。

○日野市・廃遊園地(夜)
廃墟と化した遊園地、メリーゴーランドの前で凪が複数の幽霊を相手に一人で戦っている。滝藤は物陰に隠れて電話をしている。
滝藤「……はい。ちょうど今除霊中ですよ」
滝藤の元に凪が吹き飛ばされてくる。滝藤は電話を切る。
滝藤「凪、お前が苦戦するなんてなぁ」
凪「数が普通じゃないんですよ。手伝ってください」
滝藤「手伝う、かぁ……。うーん……」
滝藤は頭を掻きながら迫り来る幽霊の方を見る。
滝藤「……実はな、言ってなかったんだけどな」
滝藤は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
滝藤「今日九藤さんからもらった仕事って俺と凪じゃ別のものなんだよ」
幽霊がぞろぞろと凪に迫ってくる。凪は理解できていないような表情。滝藤は憐れむような目で凪を見る。
滝藤「凪の仕事はここにいる悪霊の除霊……」
凪はゆっくりと立ち上がる。
滝藤「俺の仕事は凪を遠方に引き付け、隙を見て殺害すること」
凪は滝藤と距離を取るため、咄嗟に後ろに飛ぶが、背後には幽霊が大量に集まっている。滝藤は刀を手に取る。
滝藤「悪いな凪、俺は仕事を選ばないんだ」

○コーポメルシーズ101号室・外(夜)
アパートの一室の扉、藍澤と書かれた表札がある。扉の前に腰元に刀を携えた、垣谷(23)と中尾(26)が外を見張るように立っている。

○同・リビング(夜)
荒れた室内、半纏を着た九藤が立っている。九藤の正面には、追い詰められた様子で壁際に立つ雪がいる。
九藤「……僕としてはね、仕事ができるならなんでもいいんだよ。でも、それにしてもこんな大仕事を頂けるとはね」
雪「……誰なの? 神社の人?」
九藤「いやいや、僕は一介の除霊師さ。凪くんにはお世話になってるよ」
雪の手は震えている。
雪「……私に何の様? 神社に連れ戻しに来たの?」
雪は恐怖を隠すように毅然とした態度をとる。
九藤「ははっ、そんなんじゃないよ」
九藤は弱々しい雪の腕を見る。
九藤「……君はさ、あの家族から逃げてきて、今日この日まで追っ手が来ないことに疑問を抱かなかったの?」
九藤はヘラヘラとした表情で雪を見る。
九藤「一向に体調が良くならないのをを不思議に感じたことは無かったの?」
雪の九藤を見る瞳に動揺が走る。
九藤「逃げれたつもりだっただろうけど、いつでも君を殺せたから追わなかったんだ。分かるかい? 君の身体には呪いがかけられているんだよ」
雪「なに、いってんの……?」
九藤「君の父上から聞いたことを伝えた迄だよ」
雪が次第に過呼吸になっていく。
雪「そ、それなら、すぐにでも殺せばよかったじゃん! どうして今になって……!」
九藤「今、だからなのは君も分かってるんじゃない?」
雪の毅然とした態度が恐怖に染まる。
九藤「幸せになることが許されてないんだよ。……そんで僕は僕で、与えられた仕事をしに来たまでさ」
九藤は脇差を取り出す。

○同・外(夜)
垣谷と中尾は退屈そうに玄関の前に立っている。
垣谷「……なぁ、俺ら居る意味あるか?」
中尾「居る意味はある。警備の仕事なんて、仕事をしないで終わるのがベストだろ」
垣谷「はぁー、伊波のガキを殺すっての、そんなに大変な仕事なのかねぇ」
中尾「殺すこと自体が大変なわけじゃない。九藤さんが危険視しているのは……」
中尾の頬に血が付く。中尾が隣を見ると、垣谷の首が宙を舞っている。中尾のポカンとした顔に、刀の影が落ちる。

○同・リビング(夜)
九藤「人間は嫌だね。悪霊なんかよりよっぽどタチが悪い。僕も含めて」
脇差を手に持った九藤が雪の前に立っている。雪は恐怖で動けなくなっている。
九藤「ごめんね。自分勝手で悪いけど、できれば呪わないでくれ」
雪「……ッ!」
九藤は脇差を雪の首元に振り下ろそうとすると同時に、玄関から中尾の死体が吹き飛ばされた様子でドアを突き破ってくる。死体の胸元には刀で斬られた跡がある。開いた玄関から血まみれでボロボロになった凪が現れる。凪は九藤の姿を見て咄嗟に動く。
凪「ゆきッ……!」
凪は雪を庇うべく、九藤の前に立ち、脇差を身体で受け止めようとする。九藤は凪に気付き動きをピタッと止めてフッと笑う。
九藤「……知ってるだろ? 霊力を込めなければ幽霊は斬れないんだよ」
九藤はそのまま脇差を振り下ろす。脇差は庇おうとした凪の身体をすり抜けていき、雪の首元から胸下までを切り裂いていく。
凪「は……? 雪……?」
凪は何が起きたのか理解できていない表情。雪が血を流しながら倒れていく。
雪「あれ……? 凪……?」
雪は僅かに笑みを浮かべながら倒れる。

○霊界・映画館・スクリーン8
真っ白な空間の中、凪が立ち尽くしている。凪の前には映画館の椅子に座る雪がいる。雪は笑みを浮かべながら、正面に流れる映画を観ている。凪は呆然とした表情で雪に近づく。
雪「あれ、ダメだよ。着いてきちゃ」
凪「……なんだよ、ここ」
雪「言ったでしょう? 未練無く死ねたら映画館に行くんだって。観てよ。丁度凪の映画を観てたんだよ」
凪がスクリーンを観る。スクリーンには廃遊園地で幽霊と戦う凪が映し出されている。
雪「仕事してる姿、初めて見たな」
凪「ねぇ、雪……」
雪「でも、ここで死んじゃったみたいだね」
スクリーンに、凪が滝藤に正面から刀で刺される瞬間が映し出される。凪は胸に刀が刺さったまま、滝藤と幽霊との戦闘を続けている。
雪「凄いなぁ凪。死んでも戦ってんじゃん」
雪はふふっと笑いながら映画を観ている。
凪「ねぇ雪。雪は……」
雪「死んじゃったよ。残念だけど」
凪「……未練は、……無いの?」
雪「あるよ! そりゃあたっくさんあるよ!」
雪は声を上げながら悔しそうな表情で、座ったまま身体をのけ反らせる。
雪「でもさ、……なんかね、最期に凪が視えたんだよ。霊力の無い私がだよ?」
雪は凪の顔を見る。
雪「……海が見える家は本当に楽しみだったし、映画館にも行けなかったけどさ、なんか、何でだろうね。……凪が助けてに来てくれたのが視えて、悪くなかったなって思ったの」
凪は自身の手を強く握りしめる。
凪「でもっ……!」
雪「助けられなかった、って凪なら考えるだろうね」
雪は椅子から立ち上がる。
雪「私も知らなかったんだけどさ、私が本当に求めてたものって海でも映画館でもなくて、最期の瞬間に凪が居ることだったんだよ。私には凪がいないとダメだからさ」
雪の身体を弱々しい光が包んでいく。
凪「ごめん……! ごめん雪……! 僕が雪の側を離れてなければ……!」
凪がボロボロと泣き出す。
雪「やめて凪、最期にそんな顔見たくないよ」
凪「あぁ……! ごめん……、ごめん雪……!」
雪は凪の姿を見て静かに抱き寄せる。
雪「泣かないでよ凪。あの牢から私を出してくれた、凪だけが私のヒーローなんだから」
雪を包む光が次第に強くなっていく。
雪「私の世界を変えてくれたんだから。ありがとう、凪」
凪「ごめん……! ごめん雪っ……!」
雪「……じゃあ、私はそろそろ行かなくちゃ」
雪は凪を離す。
凪「え……、待って、僕も、僕も一緒に……」
雪「いつか、また一緒に映画を観よう。今度は最高に笑える映画がいいな」
凪「何言ってんだ! 僕も一緒に行くから!」
雪「二人で息も出来なくなるくらいに笑えるような、とびっきりの喜劇をさ」
雪を包む光の強さが増していく。
凪「雪! 置いて行かないで! だって、雪! 雪には僕が! 雪には僕がついてないと……!」
光の中の雪が凪に向かって笑いかける。
凪「……違う、逆なんだ。僕の方だったんだ……」
光は雪と共に消えてなくなる。
凪「僕には雪がいないとダメなんだよ……」

○コーポメルシーズ101号室・中(夜)
窓際に活けられた紫のアネモネが一輪落ちる。凪は呆然と立ち尽くし虚な瞳で、床に倒れた雪の死体を見ている。九藤はヘラヘラとした様子で脇差を仕舞う。
九藤「いやぁ可哀想に。凪くんだけ幽霊になってしまったみたいだねぇ」
九藤の言葉に凪は反応を示さず、ただ雪を見ている。
九藤「僕の仕事はこれで終わりだけど、見かけた幽霊はしっかり除霊しないとね」
九藤の言葉と同時に、室内に刀を携えた除霊師三名がぞろぞろと入ってくる。
九藤「それじゃ、後は頼んだよ。……さようなら、凪くん」
九藤は依然ヘラヘラとした表情のまま部屋を後にする。除霊師三名はそれぞれ刀を構える。
凪「(M)……なんだ」
除霊師1が凪に向かって刀を振り下ろそうとする。
凪「(M)……雪のいない世界に、何の未練があるんだ」
刀が凪に触れようとした瞬間、除霊師1の腕が刀を構えたまま吹き飛ぶ。除霊師1は状況が掴めていない様子のまま、凪に腹部を横に斬られる。
凪「(M)……雪を護れなかった僕なんかが、何の未練を残したというのだ」
除霊師2は瞬時に凪の背後を取り、背中から斬ろうとするが、次の瞬間には目の前にいた凪の姿がなくなる。
凪「(M)分からない。分からないけど……」
凪は大きく飛び跳ね、除霊師2を頭上から縦に斬り裂く。一部始終を見ていた除霊師3が恐怖から逃げ出そうとする。
除霊師3「あぁ、あああっ……!」
凪「(M)今は、こうすることだけが正しいように思える」
凪は逃げようとする除霊師3の足を斬る。除霊師3が倒れる。
除霊師3「えぇ……? どうしてぇ?」
恐怖の涙で震えた声の除霊師3。凪は逃げられなくなった除霊師3の頭部を刀で思い切り突き刺す。
凪「(M)……間違ってるかな。どうだろう、雪」
血みどろで静かになった部屋の中、凪は雪の元に移動し、その場でへたり込む。雪の死体の横で、凪は声を上げて泣き出す。
凪「(N)……僕一人じゃ何も分からないよ、雪」

×××(時間経過)

Tー六ヶ月後
何も無くなった部屋の中、虚な表情の凪が雪の写った写真を見ている。
凪「(M)……僕らは人生の終わりに映画を観る」

○住宅街(朝)
学ラン姿で腰元に刀を携えた花城夕(16)が緊張した様子で歩いている。

○コーポメルシーズ101号室・リビング(朝)
部屋に風が吹き込み、カーテンが揺れる。凪が持つ写真も風に煽れれる。
凪「(M)……監督、脚本は自分自身。僕らは走馬灯という名の映画を、命を遣って撮っている」
インターホンが鳴る。凪はゆっくりと顔を上げる。
凪「……また来たか」
凪「(M)……僕は幽霊。まるで生きているみたいな幽霊」
凪は静かに立ち上がり、腰元に携えた刀に手を置く。
凪「(M)……僕はここから、雪に観せるためだけの、喜劇の様な復讐を始める」



第2話

第3話


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