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いじめられて人生狂った話。

高校一年生の頃のいじめ


高校一年生の時、自分は多少非常識でおかしな人ではあった。しかし不用意に人を悲しませたり、傷つけるような人物ではなかった。人に期待していたのだと思う。人と人は分かり合える、笑い合えると思っていた。心底から性善説を信じていたのだと思う。それが不味かった。人が無条件で好きだったから、笑顔が見たいと思った。だから人に冗談をよく言っていた。そのために、人と関わるのが楽しかった。しかし、自分は内向的で繊細な一面もあり、そのために傷つくことを殊更に恐れた。仲良く人と過ごしつつも、どこか一線を引くような態度や本音を知られることを恐れていたため、本心を口にできないでいた。それが私の弱さであり、自己愛が強く自分の悦楽の為だけに軽々しく人を傷つける狐のような目と人を内心で見下したような態度が特徴のかりんという女と中学時代は野球部で体格のいい、なぜ特進に来たのかわからない、世渡りのうまそうな熊のように厳つい明という男に目をつけられた。目をつけられる初期段階で何かしらの適切な対応を取ることができていれば、このような日記なんて書いていないかもしれない。覆水盆に返らずという言葉を心の奥底に重要な書類に判子でも押すように、丹念に刻印された。友人と話していた時、明は私たちのもとにやってきた。態度に少し違和感を感じたことと、五月にもなって突然私の名前を聞いてきたことに困惑した。私は教室の中の凡庸な一人として過ごしていて、席も遠く話したことがなかったためたまたま話しかけてみたのではないかと帰りに友人と話したことを覚えている。生活は忙しくそのことをそこまで気にしている余裕もないため心に波立つこともなく納得した。そのあとは変わらない高校生になってから初めての梅雨を経験する以外あまり記憶に残る体験はなかった。日常が奇異に感じ始めたのは紫陽花が咲く六月からであった。他の学校はどうなのかわからないが、私の教室は特進ではあるがユーモアな人が多く、それなりにフランクな雰囲気のためわからないことがあれば、生徒同士でも教え合う姿が見られた。(とはいえ特進ではあるので、疑問が解ければお互いの勉強に戻っていたが。)



気分が不愉快になったので大まかなきっかけと当時の状況の説明のみを書き今日はこれまでとします。次回は6月の出来事を書きます。


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