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日韓外交の暗部となった”慰安婦問題”


東京オリンピック開催が近づき、俄かに緊迫し始めたのが日韓関係である。韓国選手は選手村で横断幕を掲げ、駐韓大使の文大統領についての発言が取り沙汰されるなど、ナショナリズムによる対立が再び激化の傾向を見せている。改めて対立の根本を探る考察が必要な時期にきたといえよう。

そこで「日韓歴史問題を考えるマガジン」の記事第一弾として、「慰安婦問題」のオモテとウラについてレポートしたい。

封印された「慰安婦映像」


ここに一枚のDVDがある。


『ふりかえれば、未来が見える ~問いかける元慰安婦たち~』と題されたドキュメンタリーが収録されたものだ。実はこの映像は、98年の制作以来、20年あまりの間、公開されることなく封印されてきた。日韓関係の狭間で埋もれていたこの作品を、私はある関係者から独自に入手した。

映像は97年1月、ソウル・プラザホテルで行なわれたセレモニーの様子から始まる。

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韓国内では慰安婦への安倍首相謝罪像も作られ物議を呼んだ

チマチョゴリの正装で集まった元慰安婦が7名。彼女らに対して橋本龍太郎・首相(当時)の署名入りの手紙が読み上げられた。

〈私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛な経験され、心身にわたり癒やし難い傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます〉(映像より)
 沈痛な面持ちで手紙の朗読を聞いていた元慰安婦の一人はハンカチで顔を覆って激しく嗚咽したーー。

「慰安婦問題」は長らく日韓対立の原因となってきた。数年前には韓国国会議長の「天皇謝罪要求」があり世論が沸騰した。きっかけは2019年1月30日付の米紙ニューヨークタイムス(以下・NYT)の記事だった。同紙のソウル支局長チェ・サンフン氏が、元慰安婦である金福童さん(享年92)の死亡記事で「(日本政府は元慰安婦の)女性への正式謝罪や補償を拒絶し続けてきた」などと書いたのだ。

日本外務省はこれに即座に反応し、大菅岳士・報道官は「日本政府は数多くの機会において元慰安婦に対する誠実な謝罪と悔恨の念を伝えてきた」との反論を公表した。議長が米メディアで発言したのはこの直後だった。


日本政府は元慰安婦の女性への正式謝罪や補償を拒絶し続けてきた――。韓国の一部の勢力は未だにそう喧伝している。だが、それが“嘘”であることを証明しているのが、冒頭に紹介した秘蔵映像だ。橋本総理大臣の手紙の言葉を、元慰安婦達が真剣な表情で聞き入るシーンは印象的だ。


当時、日本は1995年に設立された「アジア女性基金」を通じ、慰安婦問題の解決を目指していた。償い金の支給や、歴代首相の手紙を元慰安婦に渡す活動に取り組んできたのだ。しかし、和解の動きに対して韓国世論は冷淡だった。

「実はこのプラザホテルでのセレモニーは、参加した元慰安婦の名前も公表せず極秘裏に行なわれた。韓国では女性基金の活動に対して激しいバッシングが起き、韓国の市民活動家達たちからは『日本の汚い金を受け取るな』と口汚い攻撃があったからです」(基金関係者)

そんななか、慰安婦問題の記録と、基金の活動を広報することを目的に『ふりかえれば、未来が見える』の制作は行なわれた。映像には日本語の字幕がつけられており、英語、韓国語版も作られた。

「日本側は当初、映像作品を国際会議などで上映し、慰安婦問題や基金の活動を韓国及び世界に向けて発信する予定でした。作品のプレビュー(試写)には基金のスタッフだけではなく内閣府の審議官なども参加していて政府公認の作品となるはずでした」(同前)
しかし同作品が日の目を見ることはなかった。アジア女性基金のサイトに関連資料としてタイトルだけは記されているものの、上映されることなくお蔵入りとなってしまったのだ。 

「非公開の理由は公表されていませんが、基金を所管する外務省は当時、作品を公開することで、再び韓国内でバッシングを受けることを怖れていたようです」(外務省関係者)

日本の首相の手紙に元慰安婦たちが涙するという貴重な映像は、こうして封印された。


靖国神社を訪れた元慰安婦

映像作品の元慰安婦へのインタビューで明かされているのは、日本軍の暴力や、非情な仕打ちの数々だ。その一方で、これまで語られることのなかった日本兵と慰安婦の“親交”についても明かされている。


例えば元慰安婦のチン・ギョンベンさんは、連行された先で知り合ったタナベアキラという海兵との恋について語っている。戦闘機乗りだったアキラは彼女の写真をいつも持ち歩き、結婚の約束まで交わしていたという。しかし、出撃命令が下りアキラはそのまま戦死してしまう。チンさんはインタビューで寂しそうに当時を振り返っている。

 元慰安婦としていち早く証言者となったことで、日本でも知られている金田君子さん(本名非公開・日本名)は、戦地では看護士の役目もこなしたと語る。

〈負傷した日本兵は痛みで眠れずに、『姉さん。もう一回(モルヒネを)頼むよ』と懇願した。(中略)日本兵は死ぬときに母や子供の写真を見ながら『母さん、俺は死ぬかも知れないけど、死んだら靖国神社で会いましょう』と言った。私も泣いた〉

後年、金田さんは靖国神社を訪れている。戦没者名簿がそこにあると思っていたのだ。そのときのことをこう振り返っている。

〈(兵隊は)靖国神社の花の下に行くといっていた。(でも)靖国神社には何もない。白い鳩しかいなかった〉

 靖国神社を訪れたことで、金田さんは白い鳩に日本兵たちの思い出を投影させるようになったという。

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元慰安婦は靖国神社を訪れ、日本兵の名前を探した

様々な愛憎を赤裸々に語る元慰安婦たち。これは韓国で信じられている元慰安婦を単純に「悲劇の少女」とする物語とは、一線を画すものばかりだ。


こうした真実の記録が封印されてしまったことは、ある意味、慰安婦問題の宿痾を象徴しているといえる。


「基金は一人あたり計500万円を元慰安婦に支給する事業を行なったが、すぐに韓国政府が同額を慰安婦に支出すると公表するなど、嫌がらせのよう(※少し意味が分かりにくいので補足がありますと。このカギカッコ、地の文でもよいかもしれません)な状況が続きました。結局、慰安婦問題の解決を目指したアジア女性基金は07年に解散を余儀なくされた」(外信部デスク)

それでもアジア女性基金は“平和活動”として問題解決を目指した結果、元慰安婦61人が償い金を受け取った。

映像の中でも、前出のチンさんはこう話している。〈一人でもお金は必要でしょう。今は私が食べたいものを食べ、いい薬も買って使えるでしょう。(償い金を受け取る)その前はご飯もよく食べられなかった〉

別の元慰安婦も、こう語った。

〈日本を悪いとは思っていない。戦争のため、その時に私たちが日本人に変えられ、つかまって行ったのだから恨んでも仕方ない。運命だから、私はそう思う〉 

そうした声は、市民運動家や韓国世論の反発の前に封じられた。日本政府にとっても韓国政府にとっても、この映像は“不都合な真実”とされてしまったのだ。


しかしそれにより、問題はいっそうこじれていった。


韓国運動家たちの実像について、詳しく知りたいかたは同書 ↑ を。

「日韓合意について市民団体は『被害者の意見を無視している』と強弁し、韓国世論も同調した。いま財団の残金は国連に寄付する等の案が検討されていると報じられています。さらに文在寅政権は日本に対抗するかのように政府予算から元慰安婦に対して支援金を出すと発表するなど、アジア女性基金の過ちを繰り返す状況になっているのです」(同前)


こうした事態は、日本側が慰安婦問題について努力してきたプロセスを正しく広報できていないがために起きた、ともいえる。「橋本総理の手紙」に元慰安婦が涙する映像を公開していれば、状況はいまとは違っていたのではないか。


「日本国民にも感謝している」


元慰安婦たちの本心が伝わっていないのは、今回解散に追い込まれた「癒やし財団」も同様だ。癒やし財団の現金支給事業では、生存している元慰安婦47人のうち34人が支援金を受け取った。元慰安婦の7割以上が受け取っている計算となる。

私の取材に応じてくれた元慰安婦の女性Aさん(90代)はこう話す。

「日韓合意の話を聞いたときは、『ありがとうございます』という気持ちでした。10億円は日本国民の税金だから日本国民にも感謝しています。辛い人生だったけど、支援金も貰って少しだけ心が軽くなった。
でも、韓国政府や市民団体が反対して癒やし財団を潰そうとしている。それは心が痛いこと。残金を国連に寄付をするというのもおかしい。ハルモニ(元慰安婦)の血の代償をなぜ寄付するのか。元慰安婦に渡すべきだ。日本にも『大事なお金だから慰安婦のために使ってほしい』と促してもらいたい」


今回も元慰安婦や遺族に対して挺対協(現・日本軍性奴隷制問題解決の為の正義記憶連帯)やナヌムの家といった慰安婦を支援する市民団体は「お金を受け取るな」と圧力をかけた。

反日色が強いこうした市民団体は、毎回、和解を阻止するための活動を行なうが、Aさんは意に介さないという。
「多くのハルモニ(元慰安婦)は、市民団体の外にいます。だから多くの方がお金を受け取ったのです」

同じく支援金を受け取った、元慰安婦Bさんの家族にも話を聞いた。
「母は以前のアジア女性基金の存在を知らず、話をしたら『申請したかった』と言っていました。今回は癒やし財団から1億ウォンを受け取りましたが、母は高齢のため使い道がなかった。孫が対中ビジネスで負債を抱えていたので、そっくり孫にあげた。家族が助かり、支給金を受け取ったことを後悔していないし、感謝している」

いずれの証言者も匿名としたのは、名前をあげて親日的な発言をすると韓国社会や市民団体から激しくバッシングを受けるためだ。


「元慰安婦の多くは高齢なので、『いつ死ぬかわからない。生きているうちに間に、納得できる金額なら受け取りたい』と考えていると聞きます。戦後補償としては、世界的に見ても高水準の額を日本側は元慰安婦に支給しているのです」(ソウル特派員)

韓国政府は日韓合意に代わり、元慰安婦の声に耳を傾ける「被害者中心主義」による解決を謳う。しかし、実際は彼女たちの声とは全て違う方向に、動き出そうとしている。


韓国の反日ムードは、機会があるごとに国家的な盛り上がりを見せる。しかし、ゴールポストを動かし常に同じ議論を繰り返すことに未来はあるのか? そう感じているのは元慰安婦自身でもある。映像作品の終幕は元慰安婦の金田さんの言葉で締めくくられている。


〈戦争というのは終わってみれば結局、死と貧しさしか残さない。戦争をしてはダメだ。平和の中で暮らし、死んでゆくと考えるべきです〉

 再び日韓に“災い”を巻き起こそうとする政治家や運動家たちの駆け引きを、元慰安婦たちはどのような思いで見つめているのだろうかーー。

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