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【映画感想レビュー】"リコリスピザ" 70年代に生きる若者の甘酸っぱさ、そして心地良さ

私の一番好きな映画は何か。一つに絞るなら大変難しいがポールトーマスアンダーソン監督のブギーナイツだと思う。
リコリスピザは同監督の最新作であり、予告を見る限りどこかブギーナイツを想起させるようだったので、大きな期待を巡らせ、劇場に運んだ。

一言で言うと本当に素晴らしかった。
永遠にこの世界にいたいと思わせてくれたのはブギーナイツ以来かもしれない。
監督の過去作ゼアウィルビーブラッドやファントムスレッドのような重厚な映画とは異なり、構えて見る必要がないもので懐かしさを感じました。

劇場を出た時、見た印象や感想を言語化することがなかなか難しくて、少しずつ言語化できるようになるという至高の映画でした。
久々にnoteを執筆したくなるような気持ちになりました。
スコア付けするとすれば文句無しの10点(傑作)です。

✳︎この記事はネタバレ有りです。

キャラクター像と構造の妙

まず、この映画を見て違和感を感じた。その後、その違和感がキャラクターの斬新性であるということに気づいた。
ポールトーマスアンダーソン(以下PTA)作品では、通常2人の相対する主人公キャラが登場し、出会い年長者がリードしていく流れとなる。
ザ・マスターでいえばカルト宗教教祖とアルコール依存症の男。
ブギーナイツでいえばポルノ映画監督と新人俳優
といった具合だ。

本作でいえば15歳の男子高校生ゲイリー(俳優)と25歳のカメラマン撮影助手の女性アラナという2人が主人公だ。
15歳の高校生は俳優でいかにも楽しそうなものの、25歳の方は30手前でいよいよ若者の域をそろそろ脱しつつある人生につまらなさを感じていそうな雰囲気である。
常にではないが、年長者アラナが引っ張られている場面がしばしば伺える。
歳の差カップルで片方が社会を知らない学生ならば年上の女性が引っ張っていくような展開がイメージしやすい。本作はその逆をいくという珍しい2人の男女関係である。例えばビジネスの部分である。事業をスタートするのはゲイリーであり、ついていくのがアラナだ。

恋愛ドラマをイメージしていたが、流石はPTA。2人は単純な恋愛関係に留まらない。そして、嫌らしくない。
2人が愛し合うシーンはこれといってなく、恋愛というか保護者と子供にも見えるし、ビジネスパートナーでもある。一括りに恋愛とはカテゴライズできない主人公たちだった。

そんな彼らは狡猾性を欠き、愚直で無頓着だ。
一方彼ら2人を取り巻く周りの大人たちが胡散臭い連中だった。
これもまた斬新性なのであった。

今までのPTA作品を振り返れば、社会構造の隙間をついたズル賢そうな胡散臭いキャラが中心となることが多いとわかる。
マグノリア:自己啓発セミナー主催者(トムクルーズ)
パンチドランクラブ:プリンでマイル稼ぎ社長(アダムサンドラー)
ゼアウィルビーブラッド:油田発掘社長(ダニエルデイルイス)
インヒアレントヴァイス:ヒッピー探偵(ホアキンフェニックス)

セミナー主催者様

本作でいえばブラッドリークーパー演じるジョンピータースやショーンペン演じるジャックホールデンがそれにあたると思う。
彼らのキャラクター描写も細かくて、個性的だった。つまるところはキチガイなんだけども、どこかこの時代にはいたのかなあと思わされるおっさん。
特にショーンペンのキャラであるが、若い女を連れて飲みに行って、そこで内輪ネタしか話さないというクソっぷり。
ウケる。

ヤバイおっさんA
ヤバイおっさんB

胡散臭いキャラ中心ではなく、(個性的だけども)ピュアな主人公を中心に周りに胡散臭いキャラが配置されるという構造も今までとは逆であることに気付かされる。
主人公たちは決して胡散臭い連中にはなりきらずピュアなままである。ブラッドリークーパーやショーンペンがいたからこそ若者らしさが光る。
こういったキャラ配置とその対比によって、若者の瑞々しさを描いていたのだ。
PTAだからこその視点が非常に興味深い。

ストーリー(若者の甘酸っぱさ×暖かさ×笑い)


ストーリーという観点では、
目的やゴールがないし、ぶつ切りな感じだからか、なかなか入り込みにくい物語であることは確か。

監督のフィルモグラフィを振り返ると、ブギーナイツ〜マグノリアまでが群像劇。
パンチドランクラブ〜インヒアレントヴァイスまでが孤独な男の物語。
ファントムスレッド〜が2人の相互依存といった切り口だが、リコリスピザはファントムスレッドの続きにあたる物語だった。

しかし、ファントムスレッドと異なるのは、離れるたびに清々しい再会を繰り返すという明るさと暖かさ、そして甘酸っぱさである。これがとても心地よい。

青春というと同監督のブギーナイツでいえば、70年代という混迷と変化を極めた時代を生き抜く若者の走りを共有した感触があった。
一方のリコリスピザでは、同時代を走る若者を見守る感触が根底にあり、暖かさをひとしおに感じた。
2人の相互依存というタッチだからこそ描けたのではないかと思った。

ところどころ過去映画のオマージュが発見されることは、PTAあるあるだが、引用元がPTA作品からのものがあった。
ジョンピータースにウォーターベッドを売りつけた後のトラックのシーンであるが、あれはブギーナイツの終盤、ヤクを売りつけて逃走するシーンと非常に似ている。エンストという展開やら、暴力的で殺しかねないキャラからの逃走である。
サイコキャラの行動次第では、死ぬかもしれないという緊張感がある中で、同時にこんな狂気的な場面状況がおもしろおかしくて笑わざるを得ないというPTAの魔法である。

70年代の緻密な描き方とその芸術性

撮影、美術、衣装、音楽が本当に素晴らしく、ずっと見ていたいと思わされた。
撮影方法で言えば横移動の長回しやクロースアップが多用されていたと感じた。パンフレットを見て知ったのですが、やはり横移動のカメラワークには彼らの距離感を描く作用があったようです。

衣装や美術も素晴らしい。ジョージルーカスのアメリカングラフィティを思い出した。特に色遣いの部分。
例えば、アラナが階段を登るシーン。うすピンクっぽいズボンの色と薄青緑的なと階段の色の対比よかったなあ。
ピンボール場のシーンはファントムスレッドの風船が飛んでいるシーンを思い出した。
ラストシーンの夜明けのシーン、あれはどうやって撮影しているのだろう。本当に美しかった。
PTAの映像は写真に収めておきたいと本当に思わせられる。

音楽はジョニーグリーンウッドの曲と、But You're Mineが印象的でした。


主役2人の演技に脱帽

まず、クーパーホフマン。彼の佇まいに父親を重ねたのは私だけだろうか。
(終盤のピンボール場のスーツ姿はまさにブギーナイツの時の彼だった。)

ブギーナイツのホフマン(親父)
クーパー

PTAにとってフィリップシーモアホフマンは特別だったと思うんですよね。彼が死ぬまでザ・マスターまで唯一の皆勤賞で、常にどこかで出ていた唯一無二の名役者。
息子の今後とその起用方法が気になります。枕投げ的なシーン面白かったなあ。

次に、HAIMの三女アラナハイム。恥ずかしながら見終わってから彼女が出演していることに気づいたのであるが、演技が素晴らしかった。HAIM自体どこかブロンディ的な昔の音楽を感じつつも、ダークさを感じる好きなバンドの1つ。
彼女達の音楽からもリコリスピザにあってるなと改めて思いました。

おわり

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