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意思表示はしっかりしたい

 こえさんって、思った以上にはっきり言うなぁ。
 と、よく言われる。

 それが良いことなのか悪いことなのかで言うと、私個人的には「悪いこと」だ。
 もちろん、物事はっきり言わんといかん時もたくさんあるだろう。意見を言わんと解決しないことは、大人になってからとてつもなく増えたと感じる。

 しかし、だ。
 いらん事まで言うことが多い。
 「その一言いらんやろ?」って内心思いながら、思わず言ってしまう。無神経だ。

 それに対する周りの反応が読み取れないこともある。
 笑って、「よー言うわ」と言われる。これは、「言ったらあかん事まで言いよったな」という意味なのか。はたまた「ズバッと言いよるんが小気味良い」という意味なのか。
 あまり好かん上司に、「君は空気が読めないな」と言われたことがある。こういうとき、その言葉が頭にちらつく。

 口から出たものは元には戻らない。
 運悪く耳に入れてしまった人をぶん殴れば、ワンチャン無しにできるだろうか。できないだろうな。
 口は災いの元とはよく言う。
 知らず知らずのうちに、私に対して悪い評価がどこかで噂されていないか、時折ふと不安になる。
 ならば口を噤めば良い話。
 できないのだから困ってる。

 私は齢三十だ。結婚適齢期も少しばかり過ぎただろう。しかしながら、結婚の予定も無ければ、それ以前にお相手もいない。
 これでも結婚願望はある。子供だって産みたい。一丁前に「お母さん」をやりたいのだ。
 今日、会社の先輩と上司と空き時間にお茶をしながら、そんな話をしていた。

 昨今はセクハラ、パワハラと言われやすく、なかなか話題には上がりづらいが、会社の先輩は歳の近い若者同士のオフレコ的な雰囲気でこう切り出した。
「こえさん。良い人おらんの」
「おりませんよ。社内では全く」

 うちの会社は社内恋愛、社内結婚が多い。
 会社の会長ご夫妻も社内恋愛からの結婚であるし、その当人らも公の場で「うちの会社は社内結婚を奨励している」とまで言い放った。
 だから当然の如く、独身者は一度社内に目を向けるのだ。歳が近く、独身で、良い人がいないかどうか。

「私と同年代の方はほとんど、結婚してしまったり彼女がいらっしゃったりするので」
 既にリサーチは済んでいる。三十前後の男性で、言葉は悪いが手頃な相手はいない。
 先輩は笑った。
「おるやん。別の部署やけど」
 すぐにピンときた。この先輩と仲が良くて、私と同年代の独身男性は確かにいる。
 もう一度言うが、リサーチは済んでいるんだ。「手頃な相手」はいない、と。
「誰のことか分かりますよ。でも、遠慮しておきます」
「お互いのこと、よく知らんやろ。中村(仮名)とお茶でも行ったらどう?」
 私は手の平を向けて、「ノー」の意を示した。
「結構です」
「こえさんって、思った以上にはっきり言うなぁ」
 ここで冒頭に戻る。

 その場にいない中村さん(仮名)に対して、私は失礼なことを言ってしまったのではないか、と後々反省した。
 けれど、この意思表示をはっきりしておかなければ、後で面倒なことになるのも目に見えていた。
 この面倒見の良いお節介な先輩が、何やら画策して、思わぬ場を設ける可能性がある。(今までの経験上、それは大いにある)
 そして私は思ったことが顔に出やすい。
 嫌な顔をして、当の中村さんにお会いするのは申し訳なさすぎる。
 だから、あの時ははっきり言うしかなかったのだ。
 そう、自分に言い聞かせる。

「結婚なんて考えなくてええやん。まずは適当に過ごしてみて、合わんかったら振ったらええんやし」
 それでも中村さんの友人か?と、疑ってしまうほど先輩はあっけらかんと言った。加えて、
「一緒に過ごす人って、気楽な人がええで。その点、中村はめちゃくちゃ優しいし、強制力とか頼り甲斐はてんで無いけど、お金も持っとるし、こえさんの言うこと絶対聞いてくれるし、楽やで」
 と、言われた。

 分からなくはない。
 共に過ごすなら、気兼ねなく隣にいられる人が良いに決まっている。
 ティーンエイジャーではないのだ。いつまでも、心掻き乱されるような恋愛に身を委ねるような、精神的余裕も体力も無い。
 ふと、中村さんの顔を思い浮かべる。
 害のなさそうな、へらっと締まりのない笑顔を浮かべる、一つ年上の男性だ。
 私は首を横に振る。個人的な見解で申し訳ないけれど、中村さんとの未来などあり得ない。

 本人のいない場で、非情な会話が繰り広げられた結論は、やはり非情である。申し訳ない。
 せめて仕事上では、親切に接しようと思った。ついでに、中村さんに良い縁が舞い込むことを祈ろう。自分のことは棚に上げて。

 おわり。

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