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【ラジオそして読書】言葉の横溢、夏

少し前の話になるが、3月24日の日曜日、ラジオを聞くともなく聞いていたら、それは爆笑問題の番組「爆笑問題の日曜サンデー」だった。来れなくなったゲストの代わりに急遽呼ばれたゲストが小説家の道尾秀介さんだった。道尾秀介さんの作品はほぼ読んだことがないのだが、話が面白くてつい聞いてしまった。

輪袈裟

リスナーからの質問のコーナーで、集中力を保つにはどうしたらよいかという質問があった。よくある質問だが答えは突拍子もないもので、「輪袈裟を買う」だった。道尾さんの買った輪袈裟はそれなりに高価なものだったらしく、「高かったのだから効果が出てくれなければ困る」という心情で頑張れるらしい。なるほど、輪袈裟の直接の効果というよりは自己暗示だ。でも確かに、お金をかけたという事実を一つの重石にすることで、引きずり落ちる自分を止めるというのはよい方法だ。なんでも安ければよいというものではなく、例えば勉強して何かを身に着けるとか、目的があるときはあえてお金をかけるべきかもしれない。

シーグラス

もう一つ印象的だったのは、収集癖について。道尾さんはかつては松本清張の初版本を集めようとしたこともあったが、インターネットで簡単に買えるようになった瞬間つまらなくなり、コンプリート直前で蒐集をやめたのだという。私はスタンプラリーとかが好きなので収集癖はあるほうだと思っていたが、ラーメン屋のスタンプをため終わる直前にもういいやとなって諦めてしまった。ゴール目前で断念するというのは悔しい気持ちになりそうなものだが、スンと気が抜けた感じになったから、案外諦めがつくものなのかもしれない。道尾さんは初版本はやめたものの、今はシーグラスの蒐集にハマっているらしい。シーグラスは浜辺に漂着するガラスの欠片である。ビンなどが割れて小さくなったものが多いので、青や茶色がほとんどである。その中で、めったにない赤のシーグラスを見つけたいと思っているということだった。現実的であることに執着しなければ推理小説は書けないのではないかと想像するが、一方でめったにないものへの出会いを夢見ているところがギャップがあって素敵だなと思った。

酢のトリック

また、「酢」を使ったトリックは考えられるかという質問もあった。なかなかパッと出てくるものでもないだろうと思ったが、するすると答えることには、毎日同じ場所に酢をかけ続けることでコンクリートが破壊するというものだった。ただし、酢は匂いがあるのでばれてしまう可能性があり、実際に物語の中で使うのはハードルがあるとのこと。爆笑問題の2人もそんな知識が即答される様子に驚いていた。生放送であることを疑ってしまうほどどんな質問にも鮮やかに答えていく様子はすごかった。そもそもの知識量が多い上に、常に頭がものすごい勢いで回転して、脳内で言葉が洪水のように流れているのだろうと思った。そして溢れる言葉を氾濫させずにしっかりキャッチアップできているのだろうなと思った。

向日葵の咲かない夏

そんな人の小説、一度読んでみなければならないと思ったので、番組中でも言及されていた『向日葵の咲かない夏』を読んでみた。

読み始めたら止めることができず、生活を犠牲にして一気に読み終えた。そうなったのはミステリだからというのもあるかもしれないが、「濃い」からだと思った。ラジオのときの道尾さんの口調そのままに勢いよく紡がれていく物語は情報量が多くて謎や伏線が緻密に織り込まれていた。大きな悲しみが人をいかに歪めてしまうかが登場人物たちから伝わってきたが、そう言って片付けてしまうには彼らの輪郭があまりにも濃かった。

そして、この小説は主人公を一人称として語られる「物語」である。このことを最大限に利用して読者を混乱させつつ深みに連れて行く作品だと思った。最終的に知らされる真実に納得しつつも、それだと説明できない部分もある(例えば、S君が犯罪に遭っていたときの心の内はさすがに小四の想像力ではまかなえないと思う)ので、読み終わってから考え込んでしまった。すごいものを投げつけられて受け止めきれない感じだ。

心が壊れてしまうのは簡単で、誰もが紙一重で彼らのようになってしまうのだ。そう思うと腹にズンと来て、読んだことを少し後悔さえした。でも読んだからには、この世界にたくさんの悲しみが落ちていることに心を向けられる人間でありたいと思う。

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