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【祝2周年】今こそメトレンジャーへの愛を語りたい

『みをつくし戦隊メトレンジャー』なる小説をご存知だろうか。これは万城目学作品の中でも異色の一冊で、ライトながらもむんむんと深い香りを放つ作品である。

その名から想像がつく通り、大阪メトロを戦隊ヒーローに見立てるというところからこの物語はスタートしている。御堂筋レッド、谷町パープル、中央フォレストグリーン、長堀鶴見緑地イエローグリーン、今里オレンジの5人からなるこの不思議な戦隊ヒーローは、大阪の街を悪の組織トクガ1の怪人から守っている。

今となっては大阪の書店で購入できるようになっている作品であるが、この小説を巡ってこの2年で色々なことがあったので、その個人的思い出についてつらつら書いてみたい。

2022年春、大阪メトロ

2022年3月18日、大阪メトロの企画で、5つの駅にそれぞれ短編が置かれた。冊子の配布のほか、ポスターに貼られたQRコードを読むとQRコードで入手することができるようになっていた。デジタルな仕組みを使っているのに、その場所に自らの足を運ぶことが必須というアナログ具合で、そのちぐはぐさも含めて素敵な企画だと思った。この企画は5月末までやっていたから、都合をつけて期間終了間際に大阪に向かった。

中津駅

新幹線で新大阪に着くと、梅田に移動して喫茶店に入った。腹ごしらえをしたら、大阪メトロの1日乗車券「エンジョイエコカード」を駅の券売機で購入、気を逸らせながら中津駅へ向かう。ガランとした駅に降りて、改札の外に出ると御堂筋レッドを発見した。QRコードを読み込むと、一旦地上に出てみたが、ビルが並ぶばかりだったので早々に駅に戻った。

発見したときの感動たるや

メトロに乗りながら早速読んでみる。「御堂筋レッド」では、いきなりメトレンジャーが集結して怪人と戦うシーンが描かれている。イチョウ並木の御堂筋を舞台に5人が力を合わせる様子が疾走感があって、メトレンジャーとは何たるかをドンと示してくれている。単にバトルシーンというだけでなく、四ツ橋ブルーの引退や今里オレンジの新規加入といったドラマがあるのもわくわくさせるものがある。

御堂筋レッドは、1600年前に大阪に来て今はすっぽん料理屋で働く人物。やはり大阪メトロの中でも中核といえる御堂筋線沿いに住んでいる。戦隊モノで筆頭になりがちなレッドが御堂筋線というのは大阪メトロ狙ってやがるのか、と思ってしまうくらいだ。御堂筋レッドが持っている力を戦隊の他の構成員に注入することで、ヒーローやヒロインは日常ではあり得ない力を発揮できるという仕組みだ。御堂筋レッドがこの戦隊の中でいちばんどういう人かよく分からないが太陽のような人で、戦隊の中心にふさわしい感じがする。

朝潮橋駅

御堂筋線から中央線に乗り換えて西へ向かう。途中から地上に出て高架になった。降りてみると港区らしく埋立地の広々した感じがやはり梅田周辺とは違う雰囲気を醸している。近くの八幡屋公園に行ってみると多すぎない家族連れが遊んでいて、のどかな空気に眠くなりそうだった。でも5月とはいえ30度くらい気温が上がったこの日、暑さにすぐに耐えられなくなったので駅に戻ることにした。

フォレストグリーンって好きなネーミング

中央線で東に戻りながら中央フォレストグリーンを読んでみる。中央フォレストグリーンを務めるコンタは、漫才コンビ「たまき」のボケ担当だ。一代で財を成した金持ちが造った巨大建造物がかつてあった港区に心惹かれ、朝潮橋駅に住んでいる。築港大潮湯とかは知らなかったが、朝潮橋駅まで行って港区の雰囲気を見たことでコンタの気持ちが少し分かる気がして、訪れたことに意味はあったなと思った。大阪湾を眺めつつのコンタとタイジの会話はナチュラルに漫才風で、今は泣かず飛ばずだとしてもこれから弾ける未来があってもいいと思わせる。

四天王寺前夕陽ヶ丘駅

谷町線に乗り換えて天王寺駅へ。大阪市立美術館の展示が面白そうだったし、暑さに限界を感じていたので寄り道した。休館直前のタイミングで行けてよかった。

素敵建築
大丈夫
サンカク!
素敵吹き抜け

充実の展示に長居してしまい疲れ果てるが、あと3つの短編を入手しなければならない。四天王寺前夕陽ヶ丘駅まで大通りを歩いてみたら想像より遠かったし、外から行ったせいでどの出口に設置されているか分からず迷った。手間取ったが無事に谷町パープルをゲットする。

たくさん歩いたから見つけられて嬉しい

谷町パープルは御堂筋レッドとともに1600年前に大阪にやってきた。底知れぬ不思議な魅力のある人物で、年の功というべきか安心感がある。メトレンジャーのメンバーを柔らかく見守り、さりげなくサポートする様はとてもかっこいい。そして、大阪が難波津と呼ばれていた頃の、今とは似ても似つかない風景が思い出として語られるのはスケールが大きくて、短編の中でこともなげに1600年をギュンと遡らせる引力はすごい。

蒲生四丁目駅

長堀鶴見緑地線で蒲生四丁目駅に着く。中央フォレストグリーンは線の名前が短い分、色の名前が長め、長堀鶴見緑地イエローグリーンは線の名前が長くて色の名前が短め、とバランスがとれていて漫才コンビにぴったりな感じがする。駅の外に出ると交差点の反対側にカフェがあったので休憩することにした。期間限定メニューの青りんごの飲み物がコンビの色合いになっていて一人でテンションが上がった。

本体が長堀鶴見緑地イエローグリーン、ストローが中央フォレストグリーンにしか見えない

長堀鶴見緑地イエローグリーンは漫才コンビ「たまき」のツッコミであるタイジが務めている。不器用に生きてきたタイジの、漫才やコンタへの想いが語られるのが愛しい。もう「たまき」のファンになってしまっていて、漫才を見てみたいものだなと思う。

がんばれ、たまき

清水駅

小休憩で元気を取り戻したので、最後の清水駅へ向かう。同じくメトレンジャー目的で訪れている人を見たのはこの駅だけだった。

谷町パープルの台詞

今里オレンジは結城朝日という素敵な名前の大学生で、就活真っ最中だ。つらかった就活が記憶に新しかった私には最も感情移入できた。就活もメトレンジャーも飾らない等身大の自分で挑み、地道な努力をしている彼女は「分け入っても地味」であっても私には眩しいし好きだ。メトレンジャーの先輩たちに見守られながら成長していく彼女を見ていたいなと思った。

一日がかりで駅を巡る変な旅は終わった。大阪の人ならもっとこの物語の魅力に気づけるのだろうなと悔しい気持ちもありつつ、訪れたからこそ分かった部分もあって、来てよかったなと大満足で家路についた。

2023年3月、神田明神にて

メトレンジャー目当ての大阪旅から1年弱が経ち、2023年3月に神田明神で『ぼくらの近代建築デラックス』絡みのイベントがあった。楽しみな気持ちが強い一方で、イベント終了後のサイン会でサインを書いてもらう短時間に何を話すかという難題にぶち当たる。万城目さん本人に対面できるのは私にとって3年ぶりだった。考えた末にメトレンジャーのために大阪を訪れた話にした。期間終了間際だったから紙媒体では入手できずデータのみでのゲットと相成ったと伝えたら、「実は今年動きありますよ。紙でゲットしてください」と教えてくれた。本人の口からそんなふうに言ってもらえると嬉しいしわくわくするものである。門井さんとも直接お話できて心から嬉しく、またイベントの中で大好きな二人のやりとりを生で見ることができた喜びでほくほくしながら帰ったのだった。そしてメトレンジャーが発売しようものなら絶対に手に入れようと気合いをたぎらせていたのである。

神田明神が鉄筋コンクリート造と初めて知った夜

2023年9月 文学フリマ大阪

3月のサイン会で話を聞いたときは当然、普通にどこかの版元から書籍化・刊行されるものと思っていた。しかし、ある日の万城目さんのツイートではひとり出版社を始め、文学フリマ大阪にて販売するとのこと。目から鱗、予想だにしない展開であった。それは文学フリマが盛り上がりすぎるのではないか、大丈夫だろうかなどと勝手すぎる心配を抱く。しかし、本が仕上がっていくにつれ小出しにされる情報を見ていると、本人がとても楽しそうである。これはなんとか都合をつけて行くべしと思ったのだが、どうしても前後のスケジュールで大阪日帰りをするしかなくなるということと、11月の文学フリマ東京でも販売されることが発表されたことから、体力面と金銭面を考えて今回は遠征はやめる決断をした。でも、大阪の物語を大阪で買うということはちょっとやってみたかった気もする。

2023年11月 文学フリマ東京

そして来たるべき文学フリマ東京。11月は京大での講演会もあり、こんなにしょっちゅう万城目さんに会えてよいのだろうかと夢見心地であった。文学フリマ大阪の盛況を踏まえて在庫はたっぷり用意しているとのことだったが、心配だったので午前の予定を返上して文学フリマ開始時刻頃に会場に着くように向かった。

実は初めて行った

行ってみると、なるほどたくさんの人が万城目さん目当てで来場しており、会場の角に用意された万城目ブースから搬入口に向かって列が伸びていて、外の空間で待つようになっていた。折しも『ヒトコブラクダ戦争』が発売になったばかりだったので、それを読んで待った。でも緊張で集中できないので、文学フリマ入場時にもらえる不織布のトートバッグは4色あってどれもかわいくて悩んだから、みんなどれをもらったのだろうと列の人々を観察した。普段、その作家の読者層は書店でレジに立ちでもしなければなかなか分からないのでこの機会にどんな人が来ているかも観察する。老若男女という感じだが、イベントの性質もあってか若い人が多めに感じた。そして列はあっという間に短くなった。ブースには万城目さん以外にも数名のスタッフがおり(後に山本さほさんと島田潤一郎さんがいらっしゃったと知り仰天した)、先にお金を渡して万城目さんからは本を受けとるだけという流れだった。サイン会に慣れていると本を受け取るだけというのは超短時間である。なんとかしゃべろうとしたが一瞬であった。

文学フリマを一通り見て回ったところでもう一度万城目さんブースを遠目に見てみると、行列はなくなっており暇そうである。これはチャンスだと思い、緊張と闘って深呼吸で心を落ち着けてから再びブースへ向かった。一冊でよいと思っていたが、実家に持っていくなりするだろうということでもう一冊買うことにした。万城目さんとしゃべれることに興奮してあわあわしていると、「今、人いないんでゆっくりしゃべってもらって大丈夫ですよ」と本人に落ち着かせられた。『ヒトコブラクダ層戦争』のことについて質問するとすごく丁寧に教えてくださったので感激した。聞きたいことはたくさんあったし、時間もあったのになぜか早々に退散してしまった。でもそれでも、春から楽しみに待っていた作品を手に取れて、本人ともゆっくり話せて最高に興奮する一日だった。余談であるが2回目にブースに行ったとき、私の前にいたおじさんのリュックにヨーロッパ企画の25周年記念グッズのストラップがついていたのもプチシンパシーポイントだった。

やっと紙媒体でのゲットが叶った本作品、表紙が最高にイケていて細部まで見逃せない。各短編の扉も、それぞれの路線の形が白く抜かれていてシンプルながら秀逸なデザインだ。そして重要なことに新たに2編が追加になっている。この作品では「言わずもがなのことなれど、」という書き出しでメトレンジャーのメンバー紹介がなされるシーンがある。この一言があることによって、私たち読者は日常から「メトレンジャーが活躍しているパラレルワールド」へとスッと誘われる。こんな素敵なヒーローが当たり前のように街を守っていたら嬉しいなと思う気持ちを後押しするような一言だからすごく好きだ。当初の大阪メトロの企画のときは人々がどの駅から作品をゲットするか分からないし5つ全て読むとも限らないことから、全ての短編にこの言葉が出てくるのは仕方ない。5編が一つの本にまとまっても毎回この言葉が出てくるのはしつこい気もするが、やっぱりこれはこの物語に入っていくための合言葉みたいなものなのだと思う。

単行本化で追加された千日前ピンク&堺筋ブラウンは、小学生とおじいちゃんというかわいい組み合わせだ。御堂筋レッドの手の甲の前方後円墳マークがパワーの源であるという設定が追加されていて、単行本表紙でひときわ力強く握られた御堂筋レッドの拳の意味を知る。そして、イチョウ・グライダーで空を飛ぶのが夢のよう。谷町パープルは海から望む難波津を見せてくれたが、今回は空から見下ろす現代大阪である。大阪で生活する人々とメトレンジャーが交わることでまたメトレンジャーを近くに感じられる短編だった。

もう1つ、最後に「メトレンジャー、なんば大決戦!」なる短編も追加になっていた。これまでもスケールが大きい物語だったが、この短編はそれを超えてきた。戦隊のメンバーの人生が一歩前へ進んだある日、いつもとは一味違う怪人が現れ、戦いは一筋縄ではいかなくなる。そして衝撃のラスト。メトレンジャー、これからどうなっていくのだろう?とこれまでにないゾクゾク感があった。

この作品自体が1つの冒険であり、今の大阪も昔の大阪の景色も見れて、これでもかというくらい大阪要素の詰まった愛のある作品だった。そして、1つの作品を巡ってこんなに色々な出来事が起こることもなかなかない。旅から始まって、期待を込めて単行本を待ち、作者本人の手から受け取って、加筆された短編でより物語に奥行きを感じた。何度も楽しませてくれてありがたい限りだ。次に大阪に行くなら、法善寺と高津神社でお参りして大仙陵古墳に行って、ラピートに乗ろうと思う。いや、それだけじゃ足りないかもしれない。物語に紐づく楽しみはまだまだ続く。

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