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鴨川ホルモー、ワンスモア 初日観劇レポート

昨日は舞台「鴨川ホルモー、ワンスモア」の初日だった。初めて『鴨川ホルモー』を読んだのは12年前に遡る。ずっと心を捉えて離さなかったこの作品が舞台化する、それもヨーロッパ企画の上田誠によって、というのは期待しかなく、情報が出てから心待ちにしていた。場所と時間を間違えないよう慎重に会場へ向かった。

着いてみると、グッズ販売コーナーは長蛇の列だった。階段を数階分上まで伸びていて、並んでいたら開演に間に合わないのではないかと思ったが、買わないという選択はない。並んでいる人たちのこれから見るものへの期待感が狭い階段に充満していた。無事グッズを買い、席を探した。

この舞台の最速先行受付に申し込むためだけに、イープラス派の私はチケットぴあに会員登録した。その結果、1階席と2階席の間の通路に面した、かなりいい席が取れていた。座るときに周囲を見回すと、同列の10席くらい向こうに万城目さんがいらっしゃるではないか!あまりにも普通にそこにいてパンフレットを読んでいる姿に、心臓が跳ね上がった。私にとって万城目学は安倍にとってのさだまさしだ。これから2時間も同じ空気を吸うのかと思うと耐え難い気持ちになった。あっという間に開演時間となり、私の心臓の大暴れをよそに、物語は始まった。

率直な感想としては、素晴らしかったということに尽きる。舞台は鴨川河川敷になり、安倍の家になり、吉田グラウンドになり、四条烏丸交差点になった。キャスト全員が輝いていたし、『鴨川ホルモー』と『ホルモー六景』の要素が、これでもかと詰まっていた。原作から変えている部分があるのは仕方ないにしても、あの濃い世界2冊分を詰め込めるのはすごい。原作へのリスペクトとキャストの個性の最大活用の両立に成功した、文句のつけようのない傑作だった。


登場人物たちについて

本記事ではネタバレはなるべく控えたいと思っているので、物語自体にはあまり触れずに登場人物たちについて書いてみたい。

まず、主演の中川大輔氏。ドラマ「モアザンワーズ」で繊細な演技をしていた印象が強かったが、今回はあまりにも安倍だった。めちゃめちゃかっこいいのになんかダサかった。ダサくて青くて痛い京都のアホ大学生だった。思えば、最後に『鴨川ホルモー』を読んだのは大学生のときだった。彼らの年齢を超えてしまった今、彼らはどこまでもアホであり愛おしかった。小説を読むとき、主人公には顔がない。大好きな物語の主人公に顔がつくことに耐えられるだろうかと思っていたが、全くもって杞憂だった。それくらい、あまりにも安倍だった。そしてかっこよかった。

早良京子役の八木莉可子さんは、はまり役だろうなと思っていたがやはりそうで、主人公が彼女から受ける清楚なイメージと、内なる激しさが両立していた。芦屋にデレデレなアホな感じと、芦屋と喧嘩して空気が悪くなるときの感じがうまく表現されていてよかった。

楠木ふみ役の清宮レイさんは、私の中ではいちばん原作から遠かった。でもそれは悪い意味では決してない。原作の凡ちゃんはかなりボサっとした印象が強いところ、清宮さん版楠木ふみは最初から最後まで可愛くて魅力的だった。コミュ障でもじもじしてしまう感じを大きい演技で表しているのはすごいと思ったし、数学の話が止まらなくなる理系オタク具合が短いシーンでしっかり伝わるようになっていて、彼女の魅力が濃縮してそこに存在していることにときめきが止まらなかった。

そして高村である。鳥越さんはヨーロッパ企画の映画「リバー、流れないでよ」に出演していて、主人公の片思い相手役だった。そのときのイケメンな雰囲気はゼロで、やはりあまりにも高村だった。万城目さんの小説に必ず一人出てくる愛すべきアホポジションである高村は、舞台上でも突飛行動を繰り広げ、ヨックモックの食い方は最高だった。

三好兄弟はヨーロッパ企画の角田さんと、男性ブランコの浦井のりひろさんだ。浦井さんは初めて見た一方、角田さんはヨーロッパ企画作品で何回も見ているのに、たまにどっちがどっちか分からなくなった。双子役とはいえ、そこまで似ていなくても舞台作品としては成り立つと思うけど、登場人物たちが双子の見分けがつけられない気持ちを客席でも共感できるというのは物語の精度をぐんと上げている要素だ。もちろんそれは2人の見た目だけではなく演技力によるもので、ユニゾンも枝分かれもすごく好きだった。

主人公と犬猿の仲になる芦屋は、リーダー気取りのいけ好かない感じが最初からむんむんしているところがすごくよかった。それなりにクズでなんだかんだモテる感じもよく出ていた。京大青龍会の青を着たときの腕まくりが似合っていて、芦屋のイメージそのものだった。

同じく京大青龍会の松永は、原作では存在感がなかったが舞台では楠木ふみに一目惚れする役柄として描かれていて、新たなアホが誕生していた。なんども楠木ふみに冷たくあしらわれる姿が不憫で最高だった。

紀野と坂上は、小説では京都産業大学玄武組に属する二人静が京大青龍会のメンバーにスライドしている。藤松祥子さんもヒロシエリさんもヨーロッパ企画作品でおなじみだ。まさに二人静の「姦しい」を体現していた。女同士の友情に亀裂が入る。そしてホルモー。気が合う人との出会いは幸せで、その分失う悲しさは大きい。この濃いサブエピソードが力強く物語の中に存在していることが嬉しかった。

ここまでが京大青龍会一回生だ。三回生の先輩としては四百九十九代会長の菅原がいる。かもめんたるのう大さんだ。演技していないのではないかと思うくらい、普通にそこにいて普通にしゃべっていて、先んじてホルモーを知ってしまっているゆえの倦怠感を湛えた先輩だった。後輩たちを煙に巻くスガを自然体で成し遂げていて、細かいところも色々面白かった。

同じく京大青龍会の先輩である大江役として出てくる片桐美穂さんは、しっかり者でありつつ呑気な先輩として存在していて、いいスパイスになっていた。歌のシーンでは歌唱力が炸裂していて、スッと出てきて歌ってスッと帰っていったところを三好弟がチラチラ見ていたのが細かくて面白かった。

ヨーロッパ企画メンバーのうち3人は三回生役として出ていた。京大の清原として石田さん、京産大の清盛は土佐さん、立命館の柿本赤人は酒井さんだ。石田さんは胡散臭い空気を出すのがうまいから、新入生勧誘のシーンがすごくハマっていた。土佐さんは大学生活で燻って渋い上回生になってしまった感が出ていた。酒井さんは謎の小道具を発明していたし、ホルモー実況が堂に入っていた。

残る龍大フェニックスの先輩としては、かもめんたるの槙尾さん。初の女性役とのことだったが、全然違和感なく、飲み会で話を聞いて欲しがるめんどくさい奴の感じとかもよかった。彼女は原作の立命館白虎隊の珠美がスライドしている。彼女の恋のエピソードはダイジェストで風のように過ぎていき、無理やり押し込んだ感は否めなかったが、一箇所でエピソードを語って終わりではなく、そこここに要素を散りばめることで最後まで丁寧に扱っていて、彼女の想いもちゃんと伝わってきたのがよかった。

同志社に通う芦屋の元カノ、巴を演じるのは日下七海さん。想像以上にがっつり登場して、最後まで刺激を与える存在だった。原作では憧れの教授に学ぶべく浪人して同志社に入学したら、教授は定年退職間近でがっかりしてしまうエピソードが好きである。舞台でも好奇心で駆けずり回り、恋敵には牙を剥く様子がすごく弾けていてよかった。

最後に居酒屋べろべろばあ店長のことを書こう。ヨーロッパ企画の中川晴樹さんである。べろべろばあ店長は謎に満ちていて、物語のキーとなる存在だ。開演前のアナウンスに登場すると早速笑わせに来ていて、劇中も登場時点で笑わせ、さらにパフォーマンスで笑わせていて最高だった。

店長に倣い、早速ピックを収納した

みんなの物語

鴨川ホルモーは安倍が主人公の物語で、原作の文章がそのままモノローグで出てくるが、そのモノローグに茶々が入って、「これはみんなのストーリーでしょ」と言われてしまう。まずモノローグの前提が崩れる演出に衝撃を受けた。そして、観終わってみてこのシーンが作品を象徴していると思った。確かに安倍が主人公だけど、大学生たちにはそれぞれのストーリーがあり、一人ひとりの想いがある。個を主軸に描かれる小説が群像劇として形を変えて目の前に出現している事実に感動を覚えた。前日に読んだ万城目さんのエッセイでも、思い残したこととして京大青龍会メンバー10人全員に役割を与えられなかったことを挙げていたが、舞台では18人全員が明確に個を持ちつつ絡み合い、躍動していた。原作から17年経っている今、話される語彙も令和にアップデートされ、今の物語としてそこに存在していた。初日からばっかんばっかんウケて、終演後は鳴り止まない拍手とスタンディングオベーション。最初のお客さんの絶賛の反応に少し驚きながら、嬉しそうに客席を見回すキャストたち。このとき特に八木莉可子さんがはにかみながらキョロキョロしていたのが忘れられない。

↓本読みに同席した万城目さんのエッセイはこちら


終演後、物語世界から現実に引き戻されると、思い出すのはすぐ近くに万城目さんがいることだ。みんな気づいているのかいないのか、お客さんたちはそそくさと帰っていく。話しかけたい衝動に駆られたが、いきなり感想を聞くのも不躾だろうし、気の利いたことは言えそうにない。結局、同じ舞台を観たという幸せを噛み締めて家路についた。

とにかく素敵な夜だった。

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